第4話「悪魔が消える別荘③」

「おや、これには名前が無いんですね」


アズールは三つの手紙の共通点の一つに気付いた。もう一つは共通して同じ紋章が

名前代わりに刻まれている事。


「ここはアスモデウス卿の別荘だ。ならば招待状に堂々と彼の名前が

書かれているはず。そうでなくてもこれは彼の家紋では無い。彼を示すものが

何も記されていない」


そしてもう一つは携帯だ。誰かに電話をしようとしていたらしい。不在着信の

電話番号にかけ直そうとしていたのだろうか。履歴の多くが不在着信、連絡先が

登録されていない。そしてこの携帯の持ち主が失踪する数分前の後、それが

最後の通信履歴。数秒だけ、こちらから電話をかけたようだ。


「慌てて止めたんだろ、レイラが」

「分かるんですか!?」

「なんとなく。かけ続ければ分かるさ」


躊躇なく電話を掛ける。静かな別荘ゆえに物音が確かに聞こえる。その音を追う。



一方、レイラは何処とも知らない場所で目を覚ました。

この場所が何処なのか、密室。失踪した悪魔たちは今も眠り続けている。全身を

ぐるぐる巻きにされた状態だ。そして同じようなバッジを身に着けている。


「この紋章…手紙のものとは違うみたい…」


手紙の差出人ではない。このバッジの紋章は家紋だろうか。何人かは何処かの

使用人と思われる制服を着ている。


「その紋章はアスモデウス傘下の証拠さ。使用人みたいなものかな」


ショッキングピンクの髪の男が突然現れた。状況なだけあってレイラは警戒心を

剥き出しにする。


「待って待って!僕は味方だよ。君たちを助けに来たんだ。でも、手が離せない。

本体は外で色々動き回ってるんだ」

「本体?」

「そうそう。幽体離脱って言えば分かりやすいかな。…彼らは皆、

アスモデウスの傘下って言ったでしょ。七柱の悪魔は超高位だから

会うのが難しいんだ」


常にアスモデウスのもとにいるわけでは無い。彼らが狙われた理由は?


「あ、もしかして!」


国の上層部、貴族と呼べる悪魔たちも招待を受けていたようだ。もしかすると

彼らはアスモデウスを一目見たくてここに来ていた。他の招待状は見ていない。

だが少なくとも失踪したばかりの悪魔の手紙にはバッジとは異なる紋章が

刻まれていた。


「頭が良いようだね」

「誰かがアスモデウス様に会えると騙って人を集めたのかも…。でも、どうして

そんな人を集めたんだろう?」

「アスモデウスに会いたいんじゃない?知らないけど」


そうか。難しく考える必要はない。眠っている悪魔の体を揺すった。するとすぐに

目を覚ました老人。


「アンタは…」

「レイラと申します。あの、話を伺っても良いですか?」


その老人はアスモデウスの紋章のバッジを身に着けていなかった。



外ではザガンたちが犯人を追い詰めていた。怪しい容疑者の前に来た。


「用心深い容疑者では無かったようだな」


二つの携帯の着信音がけたたましく鳴っていた。容疑者は逃走するでもなく、

言い訳するでもなく襲い掛かって来た。


「く、クソッ!!」


すぐにベヒーモスが取り押さえた。だが異変が起こる。彼の力をしたから

押し上げようとする力。


「オイ、これ!」

「こんな薬を服用したのかい!?」

「ベヒーモス、遠慮はいらねえ。気絶させろ」


怪物のようだ。確かに遠慮はいらないようだ。拳を握る。


「すみません、よォッ!」


顔面陥没しかねない勢いで振り下ろされた鉄槌。それでも黙らないなら、彼は

首に腕を回した。しっかり締まっている。どれだけ藻掻いても、引き剥がそうと

してもベヒーモスの怪力の前には無力に等しい。数秒して、容疑者の力が

抜けた。


「どうしますか」

「こうする」


金属が手足を拘束する。身元が分かるものを探す。携帯に連絡先が残っているはず。

失踪した人々に連絡をしていた。彼は失踪事件に一枚噛んでいる様だ。


「出て来たぜ、コイツ…アバドンの構成員だ」

「何を狙っていたんですかね」

「アスモデウス卿を狙ってたんじゃないのかな。あわよくば上層部に属する

悪魔を懐柔しようとも思ってたんだろう」


狙われたレイラに関しては洒落にならない推理が出来る。彼女は探偵ファウストと

して名が通っている。自分たちの犯行を隠したいのに彼女が来てしまった。彼女の

存在はこれから先も邪魔になる可能性がある。

ベヒーモスは鼻をひくつかせる。


「あの香水がこういう形で役に立つとは…」

「居場所は分かりそうだな」


レイラが身に着けていた香水。それと、彼女が拾った針を改めてザガンは

取り出した。この針はただの針では無いようだ。最初に失踪が起こった場所。

鏡の前に立った。ザガンにも醜い姿が見えている。鏡には小さな傷がある。まだ

出来たばかりの傷だとすぐ分かった。


「この針で付けた傷だな」

「分かるんですか?」

「鏡と言ってもこれは特殊だからな。表面の加工に使ったものが針の先に

付着していた」


彼は鏡に手を掛けた。横へスライドさせる。目を丸くする。


「へ?」

「…」


レイラも同じように鏡に辿り着いていた。そして奇しくも同時に動かしたのだ。

互いに暫く沈黙した。だが互いに状況を伝え合う。



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