第3話「悪魔が消える別荘②」

「俺が?持っていれば良いのか」

「預かっていて欲しい」


拾った小さな針。誰か所有者を探しもせず、秘密裏にレイラはザガンに

手渡し、預かってもらうことにした。受け取ったザガンはレイラに不思議な

質問をする。


「これは普通の針か?」

「え?うーん、分からないけど…。私よりもザガンさんに持っていて

貰った方が良い気がして…。それに、針を持ち歩くなんて出来ないし」

「…俺に渡されても、なぁ…。だが分かった。俺が責任をもって

預かっておこう。で、他に何か聞きたそうだな」


部屋で見つけた鏡の事だ。魂を映す鏡。これについてザガンは知っているのか。

答えはイエス。彼も知っている様だ。


「お前にも恥ずかしい事があるだろ。無かったことにしたい恥ずかしい記憶、

それみたいなものさ。お前は何が見えた?」

「自分に似た男の人だった」

「嫌じゃないのなら、お前には何の問題も無いだろう」


この別荘で更に何か騒ぎが起こりそうだ。レイラは熟睡している。だが悪魔たちの

中にはまだ起きている者がいる。


「ひ、ひぎゃぁぁぁぁぁっぁ!!!!」


悲鳴は別荘の中に木霊した。熟睡していたレイラすら飛び起きて、何事かと

悲鳴が聞こえた場所にやって来た。既に別荘に来ていた悪魔たちが全員

集まっていた。息を呑んでいる。エントランスホール。中央には血だまりがある。

だが誰もいない。天井に穴が開き、満月の光がスポットライトのように照らす。

ステンドグラスが無残にも砕け散っている。


「やっぱりだ…」

「やっぱり?」


一人が腰を抜かした。わなわなと震えながら、呟いた。


「嵌められたんだ…もうおしまいだ!!!アバドンが来る!!」


そう叫びながら、何処かに行ってしまった。ここに集まった悪魔たちには招待状が

送られていた。甘い誘惑だ。自分の地位を固めたい、もっと上へ行きたい、誰かを

蹴落としたい、そういう悪魔たちばかり集まっていた。


「ベヒーモスさん、ザガンさん、部屋をもう一回念入りに探しましょう!」

「良いけど、具体的に何を探せば良い」

「失踪した人たちは何の前触れもなく姿を消した。私は今、失踪した悪魔の部屋を

探してみる。招待状が何処かにあるかもしれない。それっぽいものを探して!」


誰もが困惑する中、レイラは信頼する二人にそう指示を出した。それぞれ部屋に

戻る。それを横目に見ている悪魔がいた。彼は特に彼女たちを訝しむ様子も無い。

何をするのか興味を示している様だ。レイラは先ほど失踪したばかりの悪魔の

部屋に入り込んだ。やはり、荷物はそのまま放置されている。自分の荷物を整理整頓

するような人では無いらしい。人の事だから、とやかく言うつもりは無い。

荷物を漁ってみる。仕事で使うような書類が沢山ある。


「パソコンも魔界では使うんだ…。携帯があるから、当たり前かな」


履歴を見ようとしたが、レイラは誤って通話ボタンを押してしまった。慌てて

切った。通話履歴があった。レイラが誤って通話した相手だ。不在着信に

なっているが…。それにしては履歴が沢山残っている。


「ほんの数分前が最後になってる…」


この携帯をそっとレイラは懐にしまった。後ろ髪を引かれる思いもあるが、事件を

解決するためと自分に言い聞かせる。探していた招待状を発見した。名前は無い。

だが特徴的な紋章が封筒に大きく刻まれている。名前を出せない相手が出した

招待状。自分なら怪しく思う。無視するだろう。既に封が開いている。


『あなたを招待します。良き交流の場になることを祈ります』

「あれ?そもそもこの別荘って…」


静かな部屋。外から物音が聞こえた。薄暗い部屋、密室、一人、そして外から

聞こえる物音。怪しい。できれば外に出たくない。ゆっくり扉を開いて外を

確認したが姿が見えない。だが確かに誰かがいる気がする。姿は無いが、

気配がある。靄のようなものが見える。二人いるように見えるのは気のせいか。

探し物は見つけたのでレイラは自分の部屋に戻った。

部屋だけでなく別荘の廊下も薄暗い。



先にベヒーモスとザガンが招待状を発見していた。


「見覚え、ありますか。この紋章」

「家紋か…。名前を書いていないな。こんなモンを信じるのはどうかしてる」


ザガンの手に力が籠る。彼はこの紋章に見覚えがあるようだ。今にも怒りが

爆発しそうな勢いにベヒーモスは息を呑む。だが漏れ出す怒りが引っ込んだ。

というのもレイラが気になるのだ。人間である彼女が元居た世界に戻るまで

責任もって面倒を見ると決意している。


「大変だ!」


走って来たのはアズールだった。彼は焦っている。彼の伝えた内容で焦っている

理由を理解した。


「何!?」



正しく部屋を出てから。廊下を歩いていたレイラは不気味な足音が聞こえ、

徐々に足早になった。次第に速度を上げて、走り出していた。


「きゃっ!」


巧妙に隠されたトラップに足を取られて、転倒した。背後から手を回され、

何かがあてがわれる。鼻と口を覆う。この臭い…何か変だ。それだけは分かった。

耳元で聞こえる声。恨み言を吐いている。


「お前が邪魔なんだ」

「私が…?―」


レイラは何処に連れ去られたのだろうか。

彼女はせめてもの思いで掴んだものを投げ捨てた。犯人は思いも寄らなかった。

それが自分に繋がる証拠になろうとは。そしてあまりにも早く彼女が

失踪者を見つけ出し、姿を現すことも。

この夜は立て続けに二人も失踪した。



「ザガン様?」


アズールは首を傾げる。ザガンは何の変哲もない小さな針を取り出した。


「そう言う事か…!」


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