第8話 お姉さんの奢りでのデートが日常的に


「ふわあ……おはよー……」


「もう、午後の三時半ですよ……」


 イベントの翌日、佳織姉さんは夕方近い時間になってようやく起きて来た。


 昨夜は日付が変わる頃に、泥酔した状態で帰ってきたので、今日は好きなだけ寝かせてあげるつもりだったが、それにしたって、よくこんなに寝れた物だ。


「ムニャムニャ、ちょっとお風呂入ってくるねー。あ、昨日は来てくれてありがとう。嬉しかったよ」


「いえいえ。すみません、並ぶの遅れたせいで、グッズ売り切れて、新刊一冊しか買えなかったです」


「良いんだよ、わざわざ並んで買ってくれただけで、凄く嬉しかったから」


「いやあ、佳織姉さん、あんなに人気あったんですね。知らなかったですよ。いつも、あんな行列出来てるんですか?」


「ここ二、三年位かなあ。壁に配置されたの。昨日は特に忙しくてさあ。新刊は出来る限り、用意したつもりだったけど、ちょっと足りなかったよ。裕樹君が来た時は、もう新刊もなくなりかけていた頃だから、ギリギリだったよ」


 マジか。結構、山積みされていた気がするけど、あれでも足りなかったのかよ。


(一体、いくら稼いでるんだ……?)


 あの行列を見る限り、千人か二千人ではないと思うが……売り子さんが三人だったので、三列に並んでいたが、何人くらい居ただろうか?


「あ、ちょっとお風呂入ってくるね。昨日の話は、その後で」


「はい。今すぐ沸かしますね。多分、入るだろうと思って、あらかじめ沸かしておきましたから、すぐに入れると思います」


「サンキュー、やっぱり気が利くなあ」


 昨夜、風呂に入ってる気配がなかったので、昼頃に既に湯を沸かしていたのだが、正解だったな。


 俺も良い主夫になれるかなあ……まあ、そんなのはまだ早いか。


 


「んーーー、少しさっぱりした。んしょっと。あー、昨日は疲れたよ」


 三十分ほどしてお風呂から出た佳織姉さんがリビングにやってきて、ソファーに腰をかける。


 つか、やっぱり風呂上りは色っぽいなあ……タンクトップにホットパンツって言うのが、ちょっと刺激が強い。


 しかも胸大きいんだよなあ。流石大人の女性と言ったスタイルだが、あまりジロジロ見るのは失礼だろう。


「昨日は、同人誌どれくらい買った?」


「五冊くらいですかね。よくわからなかったんですけど、表紙見て、絵が上手いなって思うのを何冊か。あの、昨日のお釣り……」


「ああん、もう釣りはいらないって言ったでしょ。それはお小遣い代わりに使って。お姉さんの命令」


「いや、結構あまってるんで」


「あまるくらい持たせたんだよ。でも、使う人は一度に十万、二十万使ったりするよ。八万なんて、まだまだ」


 マジかよ? 二十万って、何を買うんだ?


 確かにグッズとか同人誌って結構高かったけど、それにしても何十万も使ったら、持ちきれないのでは……。




「んーー、今日はのんびりしようかな。夕飯、どうする?」


「リクエストあります?」


「出来れば軽い物が良いかな」


「じゃあ、うどんにしておきますね」


「わーーい♪」


 と言うと、佳織姉さんは俺に寄り添って、腕に頬ずりしてくる。


 ちょっと、そんな甘えてこられたら、ヤバイって……シャンプーの香りも良いし、理性が削がれていく。


「これ、昨日の打ち上げ」


 スマホを取り出すと、昨夜の打ち上げの時の写真を佳織姉さんが見せてきた。


「二次会までやったんだあ。最初はイタリアンの店に行って、その次は居酒屋。あ、この子も凄いんだよ。私より一個上なんだけど、めっちゃ売れてる絵師さんでさあ。Vもやってて凄い人気なの」


「へえ」


 佳織姉さんと一緒に写ってピースサインしている、長い栗色の髪の女性をさしてそう言うが、イラストレーターなのにVまでやってるのか。


「トークが凄く上手で、私もチャンネル登録して見ているんだあ。イラストレーターとしてだけじゃなく、Vでも人気なんて凄いよね」


「佳織姉さんはやらないんですか?」


「私はやらないよ。喋りとかそんな上手くないし」


 そうかなあ? やれば結構、人気出そうだけど。




「くす、まあ今はお絵かきの仕事が楽しいから、それに専念したいの。漫画も描きたいしね」


「漫画家になりたいんですか?」


「実は、商業誌で4コマ漫画の連載持った事あるんだよね。二巻で打ち切りになったけど……」


 なんと。既にデビュー済みだったのか。


 でも、二巻で打ち切りとは、不遇だったな。


「絵が上手ければ良いって物じゃないからね、漫画は。でも、諦めないよ。いつか、ヒット作出してアニメ化まで行ってやるから」


 と、力強く拳を握って、そう宣言するが、まだまだ漫画家の夢も諦めてないのか。


 あれだけ売れてるのに、贅沢だなと思いつつも、更なる高みを目指している佳織姉さんと、今の俺はもう天と地ほどの差があり、情けなくなってきてしまった。


 俺もやっぱりもう一回大学を……でも、流石に学費まではねだれない。


「んじゃ、明日、一緒に映画でも観に行こうか」


「は? 何ですかいきなり?」


「昨日、来てくれた御礼。お姉さんがまた奢ってあげるから、デートしよう♪」


「またですか……いや、良いですよ、うん。行きましょうか」


「やったーー♪ じゃあ、明日、楽しみだね」


「うわあっ!」


 即了承すると、佳織姉さんが俺に抱き付いて、思わずソファーに転倒しそうになる。


 ちょっと、こんな事をされたら、俺の理性が……


 だが、こんな生活も悪くはないと思い、明日の佳織姉さんとのデートがとても楽しみなのであった。




「まだかな……」


 翌日、佳織姉さんより一足先に、駅前に行き、ローターリーで彼女を待つ。


 一緒に行こうって言ったのに、別々に行って、待ち合わせした方がデートの雰囲気が出るとか何とか言われて、彼女より先に行ったのだが、出来れば一緒に行きたかったなあ。


「ごめん、待ったー?」


「あ、佳織姉さん。待ちましたよ、三十分も」


「へへ、ごめん。ちょっと支度に手間取って」


 ようやく佳織姉さんが待ち合わせ場所にやってきて、定番とも言える台詞を言って、俺の前に小走りにやってくる。


 春らしいセーターにスカート、そしてお気に入りなのか、ベレー帽を被っており、実に大人の女性らしい綺麗な姿で俺の前に姿を現したのであった。


「今の台詞、ちょっと憧れていたんだ」


「ですか。はあ、じゃあ行きましょうか」


「うん」


 まさか、この台詞が言いたいが為に、駅で待ち合わせしたのかと苦笑してしまったが、二人で並んで電車へと乗り込む。




「平日の昼だから、やっぱり空いてますね」


「そうだねー。まあ、良いじゃない。フリーランスの特権って事で」


 フリーランスで働いているのは佳織姉さんで、俺はそのお姉さんのヒモな訳だが、傍から見ると、どういう関係に見られているのだろう?


 二人とも年齢的に大学生くらいに見られると思うけど、大学生なら平日の昼に出歩いていても不自然はないか。


「裕樹君、電車通学だったの?」


「ええ、一応。佳織姉さんって高校の時は自転車?」


「うん。地元の高校だったしね。上京して専門学校に行った時は電車通学だったよ」


 と、他愛もない会話をしながら、二人で閑散としていた平日の電車の中でまったりと過ごしていく。


 五歳違いだから、中学や高校は一緒に行ける年齢ではないのだが、もし年齢がもう少し近ければ一緒に学校に……いや、考えてもしょうがないか。

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