第7話 お姉さんのお金で初めての同人誌即売会に


「んし、もうすぐ締め切りだ。気合入れるぞー」


 夕方になり、今度の即売会に出す同人誌の締め切りが迫ってきたので、佳織姉さんも気合を入れて、ペンを走らせていく。


 液晶タブレットに描かれている絵を見る限りでは、版権物やオリジナルのイラスト集っぽいが、聞いた話では、ポスターやタペストリー、Tシャツなどのグッズも販売するらしく、全部買ったら、五千円以上するらしい。


 俺、全部は買えないな……佳織姉さんなら、タダでくれるかもしれないが、それではお世話になったお礼にはならない。


「裕樹君、どうしたの、じっと見て?」


「いえ。頑張ってくださいね」


「うん、がんばる。今度の即売会、来てくれるともっと頑張れる」


「はい。あの、夕飯、トンカツでも良いですか?」


「トンカツ。うん、めっちゃ好物。いやー、ご飯作ってくれると、本当に助かるよ」


 と、絵を描きながら、佳織姉さんがそう言ってくれ、俺も張り切って、夕飯の準備に取り掛かる。


 今まで、誰かの為にご飯を作る事なんて、殆どなかったが、こうやって喜んでくれるとなると、張り合いが出てくるって物だ。




「んーー、美味しいねえ。手作りの揚げ物、食べたの、久しぶりかも」


 夕飯の時間になり、俺が作ったトンカツや味噌汁、サラダなどを本当に美味しそうに佳織姉さんは食べていく。


「佳織姉さん、自炊してないんですか?」


「自炊はあまりしないなあ。忙しくて、やってられないって言うか」


 やっぱりか。でも、在宅の仕事でも中々出来ない物なんだろうか。


 どんな物でも良いから、佳織姉さんの手作り料理も食べたいなー……なんて思ったり。


「家事をやってくれるおかげで、仕事の専念出来るから大助かりだよ。来てくれて、ありがとう」


「どういたしまして」


 そこまで喜んでくれるなら、佳織姉さんとの同居生活も悪くはないが、それでもやっぱり素直にこの状況を受け入れられない気持ちもあった。


 実際、ヒモってのはちょっとなあ……今、スマホの料金も佳織姉さんが払っているらしく、いつの間にか引き落とし先が、親から彼女の口座に切り替えられていたらしい。


 何から何まで、彼女に頼らないといけないってのはちょっと……。




「即売会って、今まで行った事ある?」


「ないですよ。友達にそういうの好きな人居ますけど、俺はちょっと行く気にはなれなかったです」


 その好きな友達ってのが松川の事で、あいつはコミケにも何度か行った事があり、俺も一昨年、誘われたのだが、丁重にお断りした。


 俺もアニメや漫画は結構好きなんだが、とてもそこまでのめり込む気にはなれないからであった。


「そっか。即売会って入場するには一応、カタログが必要なの。後で渡すけど、私のサークルブースには印を付けておくから遊びに来てね」


「はい。でも、手伝わなくて大丈夫ですか?」


「大丈夫。お手伝いしてくれるスタッフさんはちゃんと居るから、何の心配もなし。あ、お金渡しておくね。当日、会場までの交通費と、同人誌とか買う為の費用」


「いや、そこまでは……」


「良いから受け取る」


「はい」


 と、ビシっと指差して命じられたので、俺も渋々、頷く。


 まあ、これは佳織姉さんからのお誘いなので、ありがたくお金も頂いておこう。




 そして即売会当日――


「つか、佳織姉さん、持たせすぎ」


 打ち合わせがあるとかで、佳織姉さんは朝一で家を出たので、彼女が渡した封筒を開けると、万札が八枚も入っており、いくらなんでも多すぎだろと、首を傾げながらも、もったいないので、財布に入れて会場へと俺も向かう。


 しかも、釣りはいらないとか言っていたが、流石にそれはと思い、どうにか返そうかと思っていたが、まあそれは後で考えよう。




「えっと、会場は……げっ! 何だこの行列は」


 電車を乗り継ぎ、会場へと向かうと、既に長蛇の列が出来ており、異様な熱気に包まれていた。


「マジかよ、こんなに並んでいるのか……」


 話には聞いていたが、ここまでとは。ちょっと甘く見ていたので、列に並ぶと、


「すみません。最後尾は、あっちです」


「え?」


 と腕章をつけたスタッフらしい男性にそう言われて、彼の指差した先を見ると、歩道を挟んで更に列が出来ており、とんでもない人数のオタ共が蠢いていた。


 ま、マジかよ! まだ居たのか?




「うっひゃあ、やっと入れたよ」


 それから何時間か経ち、やっと会場に入ると、もう今まで体験した事もない人だかりで、目が回りそうになる。


 こんなに人が居るとは……佳織姉さんのブースは。


「302のB25って、この部屋かな?」


 佳織姉さんのサークルがあるらしい場所に行き、人を掻き分けながら、彼女のサークル、『いっかくうさぎ』のブースへと足を運ぶ。


 壁際にあるっぽいが、どこだろう?


「最後尾はこちらでーす」


「ん? うおっ! ま、まさかここが?」


 スタッフが『いっかくうさぎ、最後尾はこちら』と掲げたボードを掲げながらそう言っているのを見て、列を見ると、凄い行列が館の外にまで続いており、凄まじい熱気を伴っていた。




「新刊、二限。グッズは一限でーす」


 と、女性の売り子さんが言いながら、次々とやってくる客に新刊やグッズを売っていき、その後ろ でベレー帽を被り、眼鏡をしていた佳織姉さんが封を開けて、新刊を売り子さんたちの前に積んでいく。


 な、何人居るんだよ、これ……とんでもない人気じゃないか、佳織姉さん。


 確かに絵も上手いけど、だからと言って、ここまでとは彼女の何に惹かれているんだ。


「これ、並んでもまだ買えるのかな?」


 めっちゃ忙しそうにしているので、佳織姉さんに声をかけるのは躊躇いがあり、かと言ってする事もないので、いっかくうさぎの列の最後尾に並ぶ。


 おい、これ何時間かかるんだ?


 とても買えそうになかったが、思ったより列が進むのは早かった。


 


「いらっしゃい」


「あ、あの。これ一冊ください」


「一冊ですね。千五百円になります」


 ようやく順番になり、売り子さんに佳織姉さんの新刊を一冊差し出して、お金を渡し、俺もバッグに新刊を受け取る。


 佳織姉さんは俺に気づいたのか、軽くブースの後ろで一礼し、俺もうんと頷いた後、ブースから去っていった。




「はあ……」


 イベントが終わり、疲れてしまったので溜息を付きながら、袋を持って家路に着く。


 佳織姉さんは売り子さん達や同人友達と打ち上げがあるらしく、今日は帰りが遅くなると言われたが、まさかあんな人気があるとは……。


 何だか遠い存在に思えてきてしまい、少し憂鬱な気分のまま、初めての同人誌即売会を終えたのであった。


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