第3話 お姉さんに養われる生活本格スタート

「ん……ふわああ……」


 朝になり、ムクっと起き上がって部屋を見渡す。


 あれ、ここは……そうか、昨日から佳織姉さんの家に厄介になる事になったんだっけ。


「はっ! やべ、遅刻……って、学校ないんだったよな……」


 スマホの時計を見ると、既に九時近くになっていたので、学校に遅れてしまうと焦ってしまったが、もう学校は卒業して行く事もないのを思い出した。


 はあ……そうだったな。昨日から、俺はもう高校生ですらない『無職』


 この現実がズシっとのしかかり、気が重くなる。


 まさか、無職になるとはほんの数ヶ月前まで考えもしなかった……大学受験は全力を出したので、悔いはないつもりだったが、やっぱり泣きたくなってきた。


「はあ、佳織姉さん、起こしてくるか」


 昨夜、遅くまで仕事をしていたから、まだ寝てるだろうと思い、起こしに行って、何をすれば良いか指示を仰ぐ事にした。




「佳織姉さん。朝だぞ」


「んーーー……むにゃむにゃ……」


 ベッドにくるまって心地よさそうにシースルーのキャミソールの寝巻きで、寝ている佳織姉さんを起こすが、一向に起きる気配がない。


 参ったな……彼女の世話をすると言う条件付きで、この家に住むことになっているのだが、肝心の佳織姉さんが起きないと何をしていいのかわからんので困る。


 しかし、目のやり場に困る格好だな……大人の女性って、寝るとき、いつもこんな格好なのか?


 色っぽくて、年齢=彼女いない暦の十代には中々、目に毒だ。


「もうちょっと寝かせて~~……昨夜は、七時まで作業してたから、まだ寝たばかりなの」


「七時って徹夜してたんですか? まあ、それならもう少し寝ますけど、朝御飯とかどうするんです?」


「パンかコーンフレークでも適当に食べててー……私はもうちょっと寝るのだ……」


「はあ……じゃあ、そうしますね」


 パンかコーンフレークか……まあ、あるだけマシって事で、適当に頂いておこう。




「冷蔵庫の中は……うーん、何かあんまり入ってないな」


 冷蔵庫を見ると、ビールやジュース、牛乳などの飲み物の他に、要冷蔵の加工食品や調味料くらいしかなく、冷凍庫には冷凍食品やアイスがビッシリ詰まっており、肉、魚、野菜など生鮮食品などが皆無に近かった。


 これを見てもわかるように、ほぼ間違いなく佳織姉さんは自炊はあまりしてない。


 ま、一人暮らしで仕事が忙しいのなら、こんな物かもしれないと諦め、パンとコーンフレークで朝食を摂った。




「まだ起きないのかな……」


 朝食を済ませた後、風呂掃除や部屋の掃除、洗濯を済ませたが、それ以外、やる事も思いつかず、部屋でテレビを見たり、スマホでゲームをやったりして時間つぶしをしていたが、昼過ぎになっても、佳織姉さんは起きる気配はなかった。


 徹夜していたらしいが、何時まで寝てる気なんだ……フリーランスだから、時間に拘束されず、自由に活動は出来ると言っても、まさかいつもこんな生活してるんだろうか。




「佳織姉さん、まだ起きないの……げっ!」


「ふわあ……あ、おはよー、裕樹君」


 佳織姉さんを起こそうと、彼女の部屋に行くと、バッタリとキャミソール姿のまま寝惚けなまこで歩いていた佳織姉さんと鉢合わせする。


「おはようって、もう昼過ぎなんですけど」


「あ、もうそんな時間か~~……つか、まだ頭、ボーっとする……おトイレ行ったら、もうちょっと寝るね」


「まだ寝るんですか!」


「良いじゃない。昨夜、頑張って、仕事片付けたんだし。あ、掃除と洗濯してくれたんだ。ありがとお」


 と、呂律が定まらない口調で、俺に礼を言うが、いくらなんでも無防備すぎやしないか?


 親戚とは言え、俺だって年頃の男子だってのを忘れてもらっては困る。


「あのー、昼飯、どうするんですか?」「今日は、適当にカップめんでも食べるよ。夕飯、何か作ってくれる?」


「はあ。良いですよ。何かリクエストありますか?」


「カレーか炒飯が良いなあ」


「カレーか炒飯ですね。なら、材料買ってこないと」


「あ、それじゃあお金渡すね。ちょっと待ってて」


 そう言うと、佳織姉さんは、部屋に戻って、お金を取ってくる。




「はい、これで足りるよね」


「どうも」


 一万円札を俺に差し出し、俺も受け取って、財布に入れようとすると、


「お釣りはいらないから、材料買ったら、何か好きな物、買って良いよ」


「いらないって、俺が貰って良いんですか?」


「うん。小遣い代わり。へへ、どうせお金ないんでしょう?」


 確かにお金はあまりないが、同居してすぐに、いきなり万札を豪快に俺にあげるとは中々の太っ腹ではないか。


 一万円じゃ、大した物は買えないが、佳織姉さんが良いというなら、ありがたく頂いてしまおう。


「それじゃあ、良いんですね?」


「うん。買い物、気をつけてねー」


 佳織姉さんからもらった一万円札を手にして、近所のスーパーに夕飯に使う食材を買ってくる。


 何だか、主夫みたいになってきたが、こんなのも悪くはない気がした。




「ありがとうございましたー」


「こんな物で良いかな」


 買い物を済ませ、スーパーを出て、しばらくその辺をブラつく。


 案の定、お釣りはかなり出てしまい、七千円以上、手元に残ってしまったが、本当に貰っても構わないんだよな、これ?


 まあ、返せと言われたら返せば良いか。


「んにしても……」


 まだ春休みの時期なので、俺くらいの若者も町を歩いているが、平日になると、真昼間から歩いていたら、確実に浮いてしまう。


 こんな毎日を送るのはきつい……と思うが、まあ今は考えるのはよそう。


 だが、時折、部活帰りと思われる、高校生とすれ違うと胸が痛んでくる。


 俺もほんの一ヶ月前までは、高校生だったんだよな……大学に受かっていたら、今頃、自動車教習所にでも通っていたんだろうか。


 つか、免許どうしよう……欲しいんだけど、親にせめてとねだってみようかな。


 何て考えながら、家路に着いていった。




「へえ、美味しそうじゃない。いただきまーす」


「どうぞ」


 カレーライスとサラダを作り、テーブルに並べると、佳織姉さんも目を輝かせて、俺の手作り料理に食いつく。


「うん、美味しいー♪ やっぱり、裕樹君、料理上手なんだねえ」


「いえ、普通ですけど……と言うか、おつり、本当に良いんですか?」


「良いって言ってるでしょ。お金必要なら、いつでも言って。お姉さん、ドーンと出しちゃうから」


 と、胸を張って言ってくれるが、佳織姉さんってそんなに稼いでいるのかなあ?


 流石に年収いくらとストレートには聞けないが、売れっ子のイラストレーターの稼ぎはどれくらいかはちょっと気になる。


「ふふ、ありがとう、裕樹君、ウチに来てくれて。家事、炊事やってくれるだけで、本当に大助かりだよ」


「いえ……何か、まだ実感なくて」


「慣れだよ、慣れ。あ、私、結構、生活不規則なんだけど、大丈夫かな?」


「佳織姉さんの好きにしてください。俺はあくまでも、お世話係っていうか、家政婦みたいなもんなので」


「へへ、うん。良い子、良い子」


「ちょっ……」


 佳織姉さんが満面の笑みで俺の頭を撫でていき、彼女の笑顔を見て、胸が高鳴る。


 その穏やかな目は、昔、俺に向けてくれたやさしいお姉さんだった佳織姉さんと全く変わらない優しさで、見ているだけで、惚れてしまいそうなくらい可愛いらしいものであった。

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