第4話 大丈夫、次はぼくの番だよ

いつの時代も、好事家マニアックというものは存在する。

彼もその一人だ。

ほとんどのものが原子力で動くこの時代。錆びた鉄と油の匂いを愛し、その油で唸り声をあげる錆びた鉄の動力源をそれ以上に、こよなく愛した。

太陽の光をその額で跳ね返し、鼻歌を歌いながらアクセルを踏む。

そう、彼は……


「おりゃあ"ルドルフ・オットー"ってんだ。そこの犬っころ連れた坊主!こんなところでなにやってる!」


鋼鉄におおわれ、ミオ並みに大きなタイヤを取り付けられたピックアップトラックを停めてこちらを見下ろす彼は、けたたましく稼働するエンジン音に負けず声を張り上げる。


「ぼくは、ミオ!そしてこの子はアノン!向こうにあるおっきなまちを目指して旅をしてるんだ!」

「そうか!そいつは結構。ところでその犬っころ、大人しくできるかぁ!」

「はい!アノンはとってもいいやつですよ」

「ハッハッハ!そうか、いいやつか!2人ともまとめて前に乗っけてやりてぇがなにぶんスペースがない。相棒殿は荷台でも良いか!」

「ワフッ!」

「……なるほど、確かにこいつは"いいやつ"だな。乗れ!」


そういうと、ミオには助手席に山ほど積まれたガソリン缶と自分の隙間を、アノンには荷台に残された僅かな隙間を指し示した。


「さぁて、行くぞぉ!」


どうにかこうにか乗り込んだ一人と一匹を見届けたあと、勢いよくドアを閉めたオットーはハンドルをもう一度握り直す。


「よっしゃいくぞー!」

「お、おー!」


咄嗟に反応したミオの声をかき消すかの如く8リッターV10エンジンが咆哮をあげる。

長らく使われていなかったアスファルトに積もる土を吹き飛ばし、ミオとオットーを座席に押付け、アノンを振り落としかけながらピックアップトラックはグングン速度をあげた。

回転数があがり、重低音が腹の底まで響く中、過給器の甲高い音が響く。

かと思うとオットーはクラッチを踏み、ギアを替え、再びアクセルを踏む。

速度計は180を超えて、なお振れようとしている。

直線とはいえ、一般人には恐怖を感じる世界だ。


しかし、警戒せず乗せてくれたのはありがたいが、この人何者なんだ?

予測しようにも情報が足りない……

時間もないし、急いで集めなければ。


「それはそうとオットーさん、めずらしいですね。今どきガソリンエンジンなんて」

「ハッハッハ!今どきガソリンエンジンなんて知ってるのがいるたあ驚きだなあ。こいつは俺が砂漠で拾って創り上げた相棒なんだ。潮で錆びちまうのが玉に瑕だが金音しか鳴らねぇ最近のやつよりずっといい代物さ!そうだろ?」

「はい!車にはあまり乗ったことありませんが、動いている感覚がしっかりあって面白いですね。それに……このお腹の底に響いてくる音、いいですね!」


「……」

「……オットーさん?」


まずい、なにか選択を間違えたか。


「……フクククッ、ハーッハッハッハ!」


違う?


「ますます気に入ったぞミオ!俺のことはルーと呼んでくれ。ミオは俺の同志だ」


よし。嫌われてないなら、まだやりようはある。


「じゃあ……ルーさん」

「なんだミオ?」

「これ、なんです?」


そういうとミオはバックミラー越しに映る不自然な盛り上がりをさした。

つい先程まで自分たちが走り抜けてきたはずの道、地平線の向こうから少しずつその盛り上がりは近づいてきていた。


「なっ!うっそだろ、おい。ここまで追いかけてきやがったのか!」


ルーさんの車に乗りこむ少し前、探知した敵性反応。

UG型殲滅兵器、記録によればプロトタイプ含めても百機も製造されていない大型戦闘兵器。

重機関銃はもちろん対戦車火器さえ弾く正面装甲を有し、地中貫通爆弾さえも突破できない深深度から侵攻、その質量を持って人を引き潰し、周囲の敵も機関銃で引き裂く。

最終的には小型ミサイルに搭載した核兵器によって都市を壊滅させることを目標にし、過去、戦線に投入され人の核で壊滅したという。

その残機のうちの一機の反応が、今真後ろから接近してきている。


「あいつはデスワーム!まあとにかくやべえやつだ。やるだけやってみるが、自慢のこいつじゃやべぇかもな……」


人には、デスワームと呼ばれているらしい。

実際、この車では逃げきれない。一般の車両なんて簡単に轢き潰される。

『デス』の名にふさわしいやつだろう。

一時分析対象変更。


「ルーさん、なにか、武器はありませんか?」

「あるにはあるが……ミオ、戦う気か?」

「心得はあります、それにルーさんもこんなところで相棒を壊されたくないでしょう?」

「……わかった。おっさんに密着させちまって悪いが、窓から荷台に移れ。拾ったのが色々あるが何を使うかは任せる」

「わかった。ありがと」

「いいってことよ。

……そっちの相棒が、驚いて落っこちねぇようにな」


「大丈夫です。アノンは強いですから」


「そうか、あいつは強いか!ハッハッハ、そいつは心強い!」


そういうとルーさんは腕の下をくぐり抜け、窓から出ようとしていたミオの背中を叩いた。

危うく落ちそうになりながらも荷台によじ登ったミオは着々と距離を縮めている隆起の道を計測しつつ、周囲の武装を改めて確認する。


ブローニングM2重機関銃、弾薬2000。

FGM148ジャベリン128mm対戦車ミサイル、4発。

203mm榴弾砲砲弾、2発。

フラググレネード、10個。

EMPグレネード、3個。

フラッシュバン、4個。


どれも古い。でも、いい武器だ。


「さてアノン……アノン?」

「ヲフ……」


アノンが鼻、首をこすり付けてくる。

心配、しているのだろうか……


「大丈夫、次はぼくの番だよ」


不安要素を押しつぶすかのように、わしゃわしゃと手をアノンの頭にうずめた。

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