第3話 おいしいよ、アノン

宇宙が多くの残骸に覆われ、月も割れ、空を覆い尽くす星の数が格段に増えた時代。

多少は霞んだかもしれない。それでもこの星には変わらず朝がやってくる。


人で言う睡眠の状態を解除したミオは自らの横で丸くなっている白銀の狼、アノンを撫でる。昨日設置したテントは結局使っていない。

アノンが入らなかった。まあ、周辺に雨の予兆はなかったから構わないだろう。

睡眠とは言っても余計な演算と合成筋肉の稼働を停止するだけで周辺の警戒は続けていた。

周囲2kmに敵性個体は検知していない。


「ごめん、アノン。起こしちゃった?」


問題ないとでもいいたげに首を振ったあと

しっかりあくびをする。

そんな様子を観測しながらミオは思考する。


……そうだ、朝食を摂取しないと。

用意されていた糧食は4日、12食分。移動速度は緊急生存プロトコルに従い通常行軍時は時速4km目標地点までは480km少々、一日10時間移動するとしても12日……

食事の量と回数を減らして誤魔化せば足りるか。最悪、残り数日は飲まず食わずの状態で行動すればいい。


「ヲフ」

「あ、それは食べものじゃない。食べちゃダメ」


いつの間にかバックパックから取り出したエネルギーセルを咥えてしっぽを振っていたアノンからエネルギーセルを取り返し、バックパックから缶詰を取り出す。


そうか、アノンの分も必要か。


「アノン、これ、食べる?」


缶詰の中に入ったバーガー、さらにそれに挟んであったベーコンを取り出しアノンに差し出す。

アノンは一瞬匂いを嗅ぐ仕草をした後にベーコンを頬張った。


おいしそ


「それじゃあぼくも、いただきます」


その後も時折残ったベーコンに野菜を少し巻いてアノンに渡しつつ最初の食事を終えた。


「アノン、いこう」

「ワフッ」


食事を終えた一人と一匹は森の中を歩き出す。

ミオより大きい木の根を乗り越え、けもの道を歩き、苔の生えた岩場を渡る。


数時間に1度水分を体内に入れ、アノンにも飲ませながら平均時速4kmで東に進む。


一人と一匹の耳に届くのは土や石、枯れ枝や草葉を踏む音と虫や鳥の声だけ。


ただひたすらに、東へ、東へ。

日はとっくに頭上を越え木々の合間からそっと行先を照らすようになった。


その光がだんだん朱に染まり、視界を赤外線に頼る面が増えた頃。


「今日はこの辺にしようか」


数時間前に捉えていた流水音、沢と呼ぶ方がふさわしいそこは、少しだけ開けており野営に適していた。

今日も降水の予兆はない。テントはいらないか。


さて……沢を利用するのは何も人間だけではない。

むしろその多くは自然界の生き物たち。


火器管制システム、オンライン。

グロック17損傷なし、マガジン装填よし。

薬室内への装填、よし。


「アノン、ちょっとまってて。すぐ終わるから」

「ウゥ……」

「いや、なの?」


座ったままスライドを引き右手にグロックを握っていたミオの組んだあぐらの上にアノンが乗っかる。

アノンはどうするべきか判断できないミオの腕を掴み……


「ダメだよアノン!銃を離して!」


銃を咥えていた。


思いのほかしっかり咥えてて離れない。

このままだと銃が暴発する可能性さえ……

アノンから敵性反応は検知できない。

争わない方が、安全か。


「ウフ」


ゆっくり力を抜くと、アノンはそのまま銃を咥えてバックパックの方へ寄った。


一度銃を離したアノンは、今度はファスナーを咥えてバックを開け、その中に銃をしまい、ファスナーを閉じた。


「ワフ」

「……わかった」

「ワフッ!」


大人しくしとけということだろうか。

何を行う気なのだろう。

一吠えしたあとアノンは森の中に入った。

なにも行動予定がなくなってしまったし、何をするか観測してみるか。


……これは、なるほど。ありがたい。




しばらくして、アノンはミオの元へ戻った。その歩みは少しばかり遅くなってはいたもののその口に吊り下げたものを落とさないためには仕方のないことだろう。


「ありがとうね、アノン。ごはん、採ってきてくれたんだね。」

「ヲフッ!」


アノンは立派なうさぎを咥えて、そう応えた。


己の食い扶持くらい稼ぐ、このくらい任せろと、そう言いたいかのようだ。


その日、ミオとアノンはサバイバルキットに入っていたナイフでうさぎを捌き、同様に入っていた着火装置で火を炊いてうさぎのステーキを互いに頬張った。


「おいしいよ、アノン」




翌朝、ミオとアノンはうさぎ肉の残りを消費し、飲み終わったペットボトルに煮沸した沢の水を入れて出発した。

数時間も歩くと、森をぬけ舗装された道路に出た。

道はもう少し北に行ったあと東へ続いている。


「ここからは、道沿いに北へいこうか」


少し道を逸れる、しかし歩き続けても行動時間は1時間と変わらない。

それに……このまま歩いた方が早く着けそうだ。


ミオは再度数十分前に観測した高速で移動し続ける物体を確認しつつ思考した。


時速換算で150kmを超える速度で巡航する生物なんてこの辺には存在しない。

一瞬追手かと推測したが全てのAI軍機がこちらを探知可能な範囲内に入っても戦闘速度に切りかえたり攻撃行動が観測されたりしないことから敵ではない。

つまり、あれは……


数十秒後、ミオの答えがあっていることが判明した。


「ワフッ?」

「アノン、どうしたの?

……あれ?」


地平線の奥から土煙を巻き上げ激走する鋼鉄の装甲を張り巡らせたピックアップトラックをミオとアノンの目が捉えたのだ。

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