第7話:陽葵と晴翔

【うーん、陽葵と悠人がまさか付き合うことになってしまうとはね。オレは将来陽葵と付き合うものだと1ミリも疑っていなかった。


 だって、この幼馴染ポジション、周りのみんなも茶化しながらも応援してくれてるように感じてたし、これで付き合えないとかオレってどんだけなん?


 それがまさかオレがキューピットになって陽葵の応援するとは思わなかったよ。マジでなんなんよ。まさに道下、ピエロじゃん。


 しっかし、陽葵は出会ったころから本当に可愛かったんだよ。天使だったんだよ。本当の本当にどうしてこうなったんだよ………。】





 晴翔。幼少期。


 晴翔はもともといわゆる港区のタワマンに住んでいた。父親は弁護士、母親は会計士とお堅い職業でかつ、収入にも恵まれた家に生まれて育っていたのだった。


 そして、両親がもう少し田舎に家でも買いたいと希望していて、晴翔にもお伺いを立てていた。


「ねえねえ、晴翔くん! ママたちそろそろ引っ越ししたいなあって思ってるんだけど、どう思うかな?


 今度は一軒家がいいなあって思ってて。」



「ええ、別にここで良いんじゃないの? 景色も良いし。」



「いや晴翔、ここら辺は騒がしいじゃん? 最近は外国人も多いしちょっと心配で。


 お父さんテレワークで出勤は月1の報告会の時だけになったからね、もっと田舎のほうに住みたいかなって。


 あ、そうそう、ずっと言っていた晴翔の個室! 新しい家では準備しようと思ってるんだけどなぁ?


 チラッ!」


「なっ!? こ、個室だと!?


 まあ、パパもママもそこまで言うんだったらしょうがないかなー! なんて思うけどね。いいと思うよ?」



 なんだかんだあっさりと陥落する晴翔であった。父親の煽りもうまいが、それ以上にチョロい晴翔である。


 そして東京都と神奈川県の境にある都市で、進学校の高校が出来ていて、さらにその近所に土地の分譲があったので、両親は一目散に応募⇒当選となった。


 そして晴翔が小学5年生のときにそこへ引っ越した。



「ぐふ。グフフフ! 長かった。本当に長かった! ようやく、ようやくですよ!



 個室ゲット!



 やったー! やった―――――!」


 晴翔はまだ何もない部屋にひとり両手を上げて立っていて、興奮気味にひとりごとを言っていた。


 その後、引っ越し業者の人がどんどんと荷物を運んで来てくれたのをにこにこしながら見ていた。


 今思えば、引っ越し業者の方はやりにくかったに違いない。



 そして家族で車にて近所のホームセンターに日用品を買い出しに行って、その帰り、今度は向かいの家に引っ越しのトラックが停められていることに気づいた。


 庭先に母親と子供がいたので、晴翔たち家族はご挨拶をするために近寄った。


「わたしもちょうど先ほど向かい側の家に引っ越してきた藤枝と申します。ご近所同士よろしくお願いしますね。」



「あらあら。これはご丁寧に。こちらこそ、よろしくお願いしますね。私たちは大谷といいます。


 あら? お子さんがいらっしゃるのね? 年も近そう。」



「はい。今年で小学5年生になります。ほら、晴翔、おまえも挨拶。」



「藤枝晴翔です。よろしくお願いします。」


 そう言って晴翔はお辞儀をした。



「うわ! とても礼儀正しい子ね。こちらこそよろしくね。ほら、陽葵も挨拶しなさい!」



「ひ、陽葵です。小学5年生です。」


 あたふたしながら挨拶する陽葵であった。おっとりとしたしゃべり方は今も変わらないが、この頃はまだちょっとおどおどとしている様子のある子であった。



「あらあら、とても可愛らしい子ですね。女の子はやっぱり可愛いですわね。家の子は生意気盛りになってきちゃってね。」


 晴翔の母親も話に入ってきた。



 おどおどとしていたが、終始にこにこも崩さない陽葵であった。


【か、可愛い。】


 その笑顔はとても可愛らしく、晴翔としても意識せざるを得なかったし、たぶん顔も赤くなっているという自覚もあったくらいである。



 そして5分ほど会話をして、次はゆっくりとお茶をしましょうということでその場は解散となった。




 陽葵の父親は外科医であった。新しく出来ていた病院の外科医として勤務することになりこの家を購入、そして引っ越してきたということであった。


 母親は元格闘家で世界選手権にも出場したことがある選手であった。その後は警視庁に勤務をしていたが、家族の引っ越しを機に退職しようとしたのだが、優秀な人材過ぎて、上司や上官から激しく引き留められていた。


 なんでも良いから関わってほしいとなり、そして、近所の交番勤務になったという経緯がある。



 両親同士の年齢も近い、お互いしっかりした職業、子供が同級生。すぐに家族ぐるみの付き合いになるのは当然のことであった。晴翔も陽葵もお互いの家に行き来することも良くあったのである。



【陽葵のおっとりほがらかなところはお父さんに似たんだよな。陽葵のお父さんお医者さんで患者さんに心配させないようにってのがあるみたいなんだけど、いつもニコニコしててあったかい人だもん。


 そんなふんわりおっとりで、いかにも運動できなさそうなのに、その逆でめちゃくちゃ運動神経良いんだよな。これは間違いなくお母さんに似たんだと思う。陽葵のお母さん格闘家って言ってたし。


 あと、正義感があって芯が強いところもあるよな。これはご両親の良いところそのままだよね。


 こんな可愛くてゆるふわで、人としてもすごい女の子。好きになっちゃってもしょうがないよね?】


 晴翔としてはすぐに陽葵のことが好きになっていた。それは当然のことであろう。しかし、陽葵のほうはというと………。





 そして二人が中学生になったときである。周りの人たちも噂が絶えない。


「ねえねえ、藤枝君と大谷さんってやっぱり付き合ってるのかな?」


「うーん、大谷さんは付き合ってないって言ってるけどね。でも、あの状態で付き合っていないって言われたら、世の中のカップルはどうなるんだって話だけどね。」


「でも、ほんとに顔面スペックも能力スペックもケタが違うふたりよね。私はもちろん藤枝君が好きなんだけど、大谷さんにならぜひとも付き合ってもらいたいって思ってる。


 ホントにお似合いのふたりだよね。」


「そうだな。オレも大谷狙い。マジで可愛いよな。ふんわり穏やかな癒しオーラが凄いし、それでいて運動神経は抜群というギャップ。あとついでに胸も大きい!


 全男子の好きが全部詰まっているような女子だよ。


 で、付き合いたいとは思うけど、あの藤枝にはどうやっても敵わないよ………。


 悔しいが認めるしかないよな。」


「ちょっとあんたたちは何をそんな下衆なこと言っているのよ! あの二人の尊みがわからないわけ!


 少し距離を置いて拝見させて頂くのが我々の役目でしょ!」


「いや、お前のほうがよほど下衆だろうが………。」





【なんとなくオレと陽葵のことを噂していることは知っている。めっちゃ恥ずかしいんだけど、でも悪い気はしないよな。


 あと、噂するように陽葵はどんどんと可愛く、人間的にも素敵女子に成長しているよな。子供の頃に感じたオレの気持ちは間違いじゃなかったな。


 オレとしては小学校の頃からなんとなく好きアピールはしているし、陽葵はオレの気持ちに気づいているはずだ。


 しかし、今のところなんだかんだではぐらかされている。いちおう、好かれているとは思っているんだけどね。


 まっ、これも時間の問題だと思っている。どこかでオレがしっかりとすれば良いだろうね。ただ、今ではないのはわかる。】





 ある日、晴翔と陽葵は一緒に帰ることになった。


「ねえ、陽葵! オレ達って付き合ってるってことで良いんだよね?」



「えー、晴翔―。またその話―? だから付き合ってないっていってるでしょうー。」



「え? でも、オレのことは好きなんでしょ? 周りのみんなも言ってるけど、この状態で付き合ってないとかどうかと思うよ?」



「好きかぁ、嫌いかで言ったら、そりゃあー、好きになるよ。もちろんじゃん!


 でも、付き合うとかそんなんじゃないって言ってるじゃんかー!


 私はー、もっとお世話をしたいんだよー! 晴翔はー、ひとりでなんでもやっちゃうじゃん。私は必要ないじゃーん。」



「そんなことないよ。オレだっていろいろと陽葵に助けて貰ってんじゃん!」



「晴翔とはー、お兄ちゃんっていうか、出来のよい弟っていうか、まあ、そんな感じだよー。


 もう本当の家族だと思ってるよー。」



 とまあ、こんな感じの会話は常日頃繰り返されているようであった。晴翔的にはそうはいっても照れ隠しなんだろうと話半分くらいしか聞いていなかった。





 そして、この話が現実を帯びてきたのは高校に入ってからであった。


 いつものファーストフード店で凪咲と陽葵、そして晴翔のとある会話である。


「で、陽葵はいつになったら晴翔君と付き合うわけ? まあ、実質付き合っているようなもんだとは思ってるんだけどね。


 えっと、ふたりには仲良くしてもらってこんなこと言うのも悪いんだけどねぇ。


 この3人でいる状況だけど、一部の人からは私がふたりの邪魔をしているっていう人もいるわけよ。あ、もちろん圧倒的ほとんどの人はそんなことは無いって思っているよ?


 でもね、私としてもちゃんと二人が付き合っているという状態で、そのうえでふたりと友達として付き合ってるっていうポジションが欲しいわけよ。」



「えー? 凪咲までそんなこというのー? もう!!


 何回も言ってるじゃーん! 晴翔とはそういうのは無いってー。家族みたいなもんなんだから!」



 そして晴翔も会話に混ざってくる。


「じゃあさあ、具体的に陽葵のタイプって誰なの? オレじゃないっていうだったら教えてよ。この際! はっきりと!」



「だからー、二人にもいつも言ってるけどー、私自身はー、両親やみんなにいっぱい愛を貰って満たされているの。


 だからー、今度は私が愛に飢えている人をー、めいっぱい愛したいわけねー!


 いっぱいお世話したいのよー!」



「え? それってダメ人間が好きってこと? これはこれで陽葵の将来が心配だわ。変なヒモ気質のホストみたいなのに引っかからないかしらね?


 そ、それなら私と結婚したほうが良くない?」



「もう、ダメ人間じゃないよー!!! それに結婚もしないよー! ほんとにー、凪咲は何言ってんのよ―――!」



「いやー、心配しか残らないわ………。


 陽葵ったら見た目もめちゃくちゃ可愛いから、ほんと、変なのに引っかからないようにして欲しいんだけどね。


 ってことで、晴翔君、早くなんとかしてよね!」



「おう! 任された! と言いたいところなんだけど、陽葵の様子がこんなんじゃなあ………。」



「ちょっとしっかりしてよ! 晴翔君がもたもたしているんだったら、私が陽葵を貰っちゃうんだからね!


 ああー、陽葵可愛いよ陽葵ぃ!」



 晴翔と凪咲、そして周りの二人推しのファンたちもずっとヤキモキしている状態であった。




 さらに雲行きが怪しくなる晴翔が高校2年生になったときである。


 晴翔はひとりクラスが別になってしまったが、GWのあとらへんにたまたま陽葵と凪咲を見かけたので声を掛けた。いつものファーストフード店でおしゃべりすることにした。




「ふたりとも久しぶりだね! って、別に1か月ほどしか経ってないけどね。」


「晴翔―! 私がいないからって―、寂しがってない―?」


「ちょっ! 陽葵の奴め! そう思うんだったらもっと一緒に帰ろうぜ? 家はお向かいさんなんだからよ!」



「あー、ちょっとここでイチャつかないでくれますか! めっちゃ羨ましいんだけど。あっ、思わず本音がダダ洩れてしまったわ。」


 凪咲もいつものように会話に混ざる。



「で、晴翔―! この一か月―、なんか変わったことあった?」



「あったもあった。めっちゃあった! これは二人ともびっくりするよ。」



「え? 晴翔君がここまで言う? い、いったいなにが!? つづく。」



「いや、凪咲さん。変な予告編みたいなのは良いから。


 で、何があったかというと、なんと実はですね!」



「実はですね?」


 陽葵と凪咲はハモッておうむ返しをした。




「あの悠人とお友達になりました!


 あ、悠人って勅使河原悠人ね! たぶんふたりも知ってるでしょ? それなりに有名人だし。」






「えええええええええ????? 晴翔―! ほんとにぃぃぃ―――――!?!?」







「え? いや、こっちがめっちゃびっくりした!」



「わ、私もめっちゃびっくりした。まさか陽葵がここまで喰いついてくるなんて?


 晴翔君のびっくりよりもびっくりしたし、なんなら、その友達になったっていう件よりもびっくりしたよ?


 そして、驚き方もめっちゃ可愛いな!」



「そりゃー、驚くよー! あの勅使河原くんだよー? 友達はおろか、先生ともまともにしゃべったところなんて見たことないよー?」



「た、確かに、そりゃあそうだよな。あの悠人だしな。でもでも、それはわかるけどそこまで反応する?」



「もう、晴翔はわかってないなー! 私、実はずっと勅使河原君のこと気になってたんだよねー! もっと話したいと思ってたんだよねー。」




「えええ―――!?」




 今度は晴翔と凪咲がふたり声を揃えて陽葵に言った。





 そして晴翔はあからさまにダメージを受けた様子でヘロヘロになりながら、残りカスを絞って陽葵に質問する。


「そ、その気になるっていうのはどういう意味? も、もしや異性としてとかもあったりなかったり???」



「そうねー? そういう気持ちもあるかなー? でもまずは勅使河原君と仲良くなっていろいろとおしゃべりしたいなー。なんて思ってるよー!」


「ううう、陽葵ちゃーん! めっちゃ女の子の顔してんじゃん。晴翔君以外にそんな顔しちゃダメだよ―――。」


 こちらもダメージを受けている凪咲。悲壮な表情で陽葵に言った。




【確かに陽葵は陰のあるような悠人のタイプが好きなのかもしれない。陽葵としても、愛し隊、甘やかし隊みたいなところがある。


 ここで言われて初めて気づいたよ。そして、これはオレ、なんかのボタンを押しちゃったやつ?


 いや、しかし、まだ決まったわけじゃない。】





 晴翔はこの時はそうごまかそうとしていた。しかし、流れはどんどんと向こうへ流れ出していく。


 晴翔は陽葵と会うたびに悠人のことを聞かれることに。そしてとうとう陽葵から悠人を紹介してほしいと頼まれてしまった。


 流れはどんどんと加速していく。



 そんな陽葵に頼まれて断るわけにはいかない。そして、晴翔はそれとなく悠人に聞いてみた。


 晴翔がもうひとつ驚いたのは悠人の反応である。絶対に嫌がるまではいかなくても反応が薄いものだと思っていたからだ。


 それが、なんとまんざらでもない反応をする悠人であった。



 この頃、学校内でも風が変わっていた。そう、晴翔と陽葵が本当に付き合わない可能性があるのかもとなっていた。



 その後はいったん結愛の抵抗にあうのだが、それも大した障害とはならず、そしてバレンタインへのイベントに続いていくのであった。


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