第5話:勅使河原兄妹

 翌日、晴翔は自分の部屋にいていろいろと考えを巡らしていた。まずは昨日のデートのことである。



【そういや、昨日の結愛はめっちゃオレに感謝してたよな。感謝され過ぎでちょっと怖いくらいだったし。普段は何かとオレを下に見てて隙あらばマウントを取りたい!って、思っているくせにね。


 いやー、なんだったんだろうね。ちょっと気になってきたよ。


 結愛とお母さんの間でうまくいっていない、いや、実際にはちょっとギクシャクしてるだけだと思うけど、このまえ無理やり家にぶち込んだけど、想像以上に良い結果になったんだろうってことは理解できるけど………。


 結愛とお母さんについて、そこまで詳しくは知らないんだけど、それでも複雑な家庭環境ということは見て取れる。


 まず、日本の一般的な普通の家庭には家政婦といったお手伝いさんはいない。共働きの家庭だっていってもお手伝いさんがいるっていったら相当金持ちの家庭だよ。


 オレの家だって両親の仕事柄かなり裕福なほうだと思ってるけどそれでも家政婦は雇っていないしね。


 まあ、結愛や悠人の勅使河原家はお金持ちのレベルが違うってのはまああるし、それにご両親は基本的に海外にいるから、フルタイムで働いてくれる家政婦さんでも雇わないと子育てできないだろう。】


 晴翔がそうこう考えているうちに、今度は結愛そのものや悠人についても思い出す。



【確か、ご両親は結愛も悠人もずっと小さいころから海外だって聞いたことがある。そうなると悠人はなんとなく吹っ切れて、ゲームで解消してるってわかるけど、結愛としてはどうなんだろう。


 お兄ちゃん依存と、一時期ギャルだったけど、その辺が捌け口なのかな?


 ここらへんまでは結愛と悠人の家に遊びに行くようになってなんとなく感じ取れたところだけど流石にこれ以上はわからないな。】



 かなり過大、拡大にそうこう考えにふけっている晴翔であった。



 実際に勅使河原家はとても複雑な事情を持っている。晴翔も言っていた通り、ご両親は基本的に海外に、オーストリアを拠点としてヨーロッパ諸国を転々としている。


 父親はバイオリニスト、母親はピアニストでヨーロッパではとても有名な人である。CDやDVD、動画サイトにもたくさんアップされているような人だ。


 両親は、結愛が2歳までは日本で子育てを優先していたようだが、その後はまたヨーロッパに戻ってしまった。


 そして、日本へは年末年始か、結愛か悠人の誕生日などのイベントで一時的に戻ってくることがあるくらいになってしまったのである。


 実際にご両親は仕事でほとんど休みなく演奏や講演を行っていて、めちゃくちゃ忙しい毎日を送っているのである。


 そんな環境で育ったのが理由かは不明瞭だが、悠人はゲーマーとして、結愛はギャルとして尖って成長したのだと推測できる。





 とある結愛の誕生日。今日はパパとママが帰ってくる。


「パパ! ママ! もう遅いよ! 待ちくたびれちゃったよ!」


 玄関に入った結愛のご両親だったが、いきなり結愛が母親に飛びついていった。



「結愛ちゃん! 会いたかったよ! あー、仕事の頑張りが報われる瞬間だわ!」


 そう言って結愛の母親も結愛をギュッと抱きしめた。



「はい。結愛が欲しいって言ってたテディベアのぬいぐるみとミッキーのぬいぐるみだよ! もちろんテディベアはドイツの限定品なんだからね!」


「わーい! ママありがとう! 大好き!」


 結愛はさらにお母さんに抱き着いた。




「おかえり!」


 悠人も一言ふたりに言った。


「ただいま!」


 父親は笑顔で悠人に応えたのである。



 この頃はまだ結愛も悠人も全く擦れてはいなかった。





 しかし、ふたりとも小学校に行くようになり、他の子どもとも触れあうようになり、世間というものをだんだんと知っていくことになる。


 お友達1

「結愛ちゃんのおうちって、すっごいお金持ちなんでしょう? 欲しいものとかもいっぱい買ってもらえてうらやましいよね!」


 お友達2

「結愛ちゃんちのパパとママって、ずっと外国でお仕事してるんでしょ? がっき弾いてるんでしょ? かっこいいよね!」


 お友達3

「結愛の家って、メイドさんがいるってマジ? すっげーんだけど?」



 この頃の結愛や悠人の周りはまだ善悪の判断無く、周りから言われることだけであったが、それでも結愛として自分は普通じゃないと理解するには十分であった。


 そして、父親も母親も一緒に帰れるときは良かったのだが、そのうちどちらかしか帰ってこないということもちらほら増えてきた。


 さらに加えて、誕生日もしっかり祝えない状態にもなっていた。




 そんなある日、結愛の母親が帰ってきていて、結愛が質問をする。


「ねえ、なんで私の家は、お手伝いさんがいて、パパもママも毎日家に帰ってこれないの? ほかのみんなはいないときも1日とかなんだって?


 あと、お友達の誕生日会に呼ばれるんだけど、わたしのお家はお誕生日会ってできないの?」


 残酷な言葉となるが、これは別に誰も悪くなく、結愛としても純粋な疑問からくるものである。

 結愛の母親も思わず回答に困ってしまう。




 これに助け舟を出したのは悠人だった。


「結愛、しょうがねえだろ! ママたちは仕事で外国いんだから! 毎日飛行機で行ってたら大変だろ!」


「だったら毎日、飛行機で帰ってくればいいじゃん。」



「毎日飛行機乗ってたんじゃ大変だし、お金も掛かってしょうがないわ!」


「え? だって、家ってお金持ちなんでしょ? それくらい大丈夫なんでしょ?」



「もう、わがまま言うなよ!」


「ええ? わかんないよ! わかんなーーい!」


 そう言って結愛は大泣きしてしまった。



 普段、あまり感情を出さない悠人だがちょっと声色が怖かったこともある。結愛もいつもはニコニコしていて大泣きすることはなかったのだが、これが初めてなくらいな勢いで泣いていたのであった。


 結愛の母親は結愛をギュッと抱きしめてあやしていた。





 そして、すでに自分の世界に籠り気味の悠人と結愛だったが、より一層自分の世界に入り込むようになったのである。


 悠人はゲームに没頭していき、自分にも他人にも興味が無くなり、関わりもほぼ拒絶していた。そんな中、



「ねえ、お兄ちゃん!


 お兄ちゃんってめっちゃゲーム上手いよね? 隣で見てていい?」



「ええ? めんどくさいな………。」



「ダメなの?」



「ったく、しゃあないな。その代わり、絶対に邪魔するんじゃないぞ? 少しでも邪魔したら追い出すからな!」



「うんうん。絶対に邪魔しない! 約束ね! お兄ちゃん大好き!!


 ねえねえ、邪魔はしないんだけど、お兄ちゃんと一緒のゲームがしたい! これ一緒にやろう?」



「ああ、音ゲーか? 確かに結愛はこれうまいもんな。別に垢作るくらいは良いけど、そんなにうまくないからな。」



 本当はゲームに集中したい悠人だったが、物理的にも感情的なところも行き場所がない結愛について邪見にすることはできず、邪魔しない程度なら見ているのを許容していた。


 そして、おそらくこれが、結愛がどんどんと悠人に依存していくことになるというのは容易に想像できるであろう。





 結愛が中学に上がる頃。


 悠人と結愛を語る人は羨望から神格化するグループと妬み嫌味からくるグループに完全に2極化していた。


 そして、結愛はすっかりとギャルになっていた。



 神格化グループ


「結愛ちゃんって本当にかわいいよね! おしゃれがバッチリ決まってる!」


「そうそう! 素材も良くて、おしゃれも手を抜かないなんて鬼ツヨじゃん!」


「ネイルも髪もとってもかわいいよ! 結愛ちゃんにとっても似合ってるし!」



 妬みグループ


「勅使河原って、何かと調子に乗ってるよな。なにあの頭。レインボーかって!」


「ちょっと家が金持ちだからってマジで調子に乗ってると思う。家はお金ないから苦労を知らないって本当にいいよね。」




 これは小さいころとは違い、皆、明らかに敵意悪意、好意といった感情が含まれていて、それを感じ取れる悠人と結愛でもあった。


「え? あっ。うん。そうだね。」


【ってか、早く家に帰ってお兄ちゃんとお兄ちゃんがプレイするゲーム見たいんだけど………。】


 そんな好奇な目にさらされていても、結愛としてはいつもこんな感じでいたのである。




 そして自宅では。


「ねえねえ、お兄ちゃん! 見てみて!」


 そう言って両手の甲を見せた。



「結愛ってば、またコテコテに盛ったな。どんな爪してるんだよ。ってか、よくその爪で音ゲーなんてできるよな。それは素直に感心するけど。」



「えへへ! すごいでしょ!


 でね、そろそろ私もピアスをしようと思うんだけど、どうかな?」



「ちょっと待て! ピアスって確か穴開けるやつだよな? それは絶対にダメだ!」



「え? なんで?」



「見てるだけでこっちまで耳が痛くなる。本当にピアスするっていうならもうこの部屋には入れない。ってか、口も訊かないぞ! マジでやめろ!」



「え? そ、そこまで全拒否に全否定??? ちょっとびっくりしたよ。で、でも、わかった。


 おにいちゃんにそこまで言われてピアスする理由も無いしね。」



「そうそう、あと、タトゥーっていうんだっけ? 肌になんか書くやつ。あれもダメだからな。」



「え? タトゥーもダメなの? 最近はシールで貼るだけのやつもあるんだよ? それもダメ?」



「ダメ! 絶対!


 結愛ってばせっかくキメ細やかなきれいな肌してるんだから。そんなことやったら肌が汚れていくでしょ?


 おしゃれが綺麗や可愛いを追及するんだったら確実に逆行してんじゃん。」



「そ、そうかな? 私の肌、綺麗かな?」



「そこらへんにいるやつに比べてもダントツだと思ってる。」



「ぐへへぇ。そうなんだ。お兄ちゃん、嘘も冗談もほとんど言わないし本当なんだね!じゃあ、それも止めておくかな。


 私、綺麗か! しょうがないなぁ! そうなんだ。ふーん。ぐへへへぇ。ムフフフ。ふーん♪」


 最後のほうが悠人の意図と明らかに違っていると思わるのだが、想像以上のところまで褒められて上機嫌の結愛であった。









 意図はいろいろとあるのだろう。もともと好奇の目で見られてた周りの目をさらにごまかす。


 両親に向けても、反抗と興味を惹くの両方あったと思う。しかし、父親も母親もギャルになってもそもそも外見が可愛かったのでそれはそれで喜んでいた。


 結愛としては、意図はちょっと違ったが、興味を惹くという目的は達しているので結局このままとなっていった。


 多感な年ごろとなった結愛であるが、自分が何やっているんだ? とか、両親との距離感とかがどんどんとわからなくなる。


 そんなこんなでより悠人へ依存していくことになっていくのであった。




 そして結愛の転機が訪れることになるのが、そう、晴翔が家に来てからとなるのである。


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