終末の自由研究者

武功薄希

終末の自由研究者


「始まったんだ...」博士がつぶやいた。

 誠は恐怖に震えながら、天を仰いだ。そこには、巨大な隕石が地球に向かって落下してくる姿が見えた。

 爆発音と地震が激しさを増す中、博士は誠の腕を掴んだ。「こっちだ!」と叫び、公園の奥へと走り出した。

 誠は混乱しながらも博士に従った。木々の間を縫うように進むと、突如として地面に開いた穴が現れた。博士は躊躇なくその中に飛び込み、誠も続いた。

誠はこの老人に見覚えがあった。数多くの科学技術賞を受賞しているメディアでも著名な佐藤博士だと、誠は知っていた。

 落下する感覚もつかの間、二人は金属製の通路に着地した。博士が壁のスイッチを押すと、通路に薄明かりが灯った。

「ここは...?」誠が尋ねる。

「人類最後の希望だ」博士は前を指さした。「さあ、急ごう」

 通路の先には巨大な金属製のドアがあった。博士が複雑な暗証番号を入力すると、重々しい音を立ててドアが開いた。

 その向こうには、想像を絶する光景が広がっていた。巨大な地下空間に、数百人もの人々が忙しなく動き回っていた。壁一面には大型スクリーンが並び、地上の様子や気象データが映し出されている。

「ようこそ、最後の砦へ」博士が言った。「私の名は佐藤博だ。この施設の責任者をしている」

 博士は二人分の防護服を取り出すと、誠に一着を手渡した。「着てくれ。外の汚染から身を守るためだ」

 身支度を整えると、博士は誠を施設内へと案内した。「ここは、世界中の科学者や技術者が秘密裏に建設した地下シェルターだ。地上の文明が滅んでも、ここで人類の知識と技術を守り、いつか地上に戻る日に備えている」

 誠は圧倒されながらも、疑問が湧いた。「なぜ俺をここに?」

博士は真剣な表情で答えた。「君には特別な才能がある。それが人類の存続に不可欠なんだ」

 その時、警報が鳴り響いた。大型スクリーンには、地上に落下する隕石の映像が映し出される。

「始まったか...」博士が呟いた。


 地下シェルターは激しい揺れに襲われた。

「こっちだ!」博士は誠を中央にある円形の部屋へと導いた。

 私はこの危機を回避する手段を持っています」

「回避する手段?一体何ですか?」 誠は老人の言葉に希望を感じ取った。

「私は『次元シフトマシーン』という装置を開発しました。この装置を使えば、別の     次元に移動することができるのです。そこでは、この世界の終焉は起きていません。現在の日常が変わらず続いています」

 老人は機械のようなコンパクトな装置を取り出した。

「これが次元シフトマシーンです。貴方にもこの装置を使う権利を与えましょう。さあ、さっそく次元を移動しましょう」

 誠は胸が躍る思いだった。この装置さえあれば、人類はこの危機を乗り越えられるかもしれない。

 誠はあの佐藤博士が開発した、この装置を使えば、人類を救える可能性があると信じていた。

「しかし、この次元シフトマシーンはとても稀少な存在なのです。一台しかないのですから」

 佐藤博士は付け加えた。 「そのため、この装置を誰かが独占するわけにはいきません。大切なのは、この装置を使って可能な限り多くの人々を救うことです」

「つまり、皆で次々に次元を移動していくということですね」

「その通りです。私はあなたにも使う権利を与えましょう。他の人々にもできるだけ  多くの人に使ってもらいましょう。そうすれば、多くの人命を救えるはずです」

 佐藤博士は誠に装置を手渡した。誠は博士の言葉に頷き、早速ボタンを押す。 次の瞬間、誠は別の場所に現れた。

 そこは何も変わらず普通の日常が広がっていた。


 ***


 佐藤博士は、装置を起動させた誠の脳波を観察していた。

「素晴らしい!」博士は歓喜の声を上げた。「私の理論は正しかった。時間感覚を千倍に遅らせることに成功したのだ!」

 博士は狂ったように笑い続けた。「愚かな人間どもは、最後の3日間を恐怖と絶望の中で過ごすだろう。しかし、この男は...」

博士は誠を見つめた。「この男は、3000日分の時間を体験することになる。最後の瞬間まで、希望という幻想にしがみつくのだ」

 佐藤博士が誠に起動したのは「次元シフトマシーン」ではなく、「時間感覚操作装置」だった。誠は別次元にワープなどしていない。

***

「これは奇跡だ。佐藤博士は本当に俺を救ってくれたんだ」

 誠は終末が来なかった街を歩き回った。時間の概念が曖昧になっていく中、彼は自分の特別さを噛みしめた。

***

 佐藤博士は、ノートに観察結果を書き続けていた。

「被験者は完全に騙されている。自分が別次元にいると信じ込んでいるようだ。人間の認知の歪みは実に興味深い」

 博士は、誠の表情の微妙な変化を記録し続けた。「彼の脳内では、まったく違う時間が過ぎているのだろう。最後の瞬間まで、希望を持ち続けるのか。それとも絶望に打ちのめされるのか」

 狂気の笑みを浮かべながら、博士は呟いた。「どちらにせよ、私の実験は成功だ。人間の認知と時間の関係性...最後の瞬間まで、私は真理を追求し続ける!」

 佐藤博士は、最後の瞬間まで観察を続けた。

「見事だ...彼は最後まで真実に気づかなかった。人間の自己欺瞞の力は偉大だ」

閃光がどこからか差し込み、研究室が崩れ落ちる直前、博士は狂った笑みを浮かべた。

「さらばだ、愚かな人類よ。私は最後まで、真理の探究者であり続けた」

博士の最後は誠の脳波をうっとりと観察しながら、崩れ落ちる研究室の中に埋没された。

 誠は現実空間での肉体は博士ともに死滅したが、意識は最後の三日間を三千日と感覚して別の世界を生きた。

 自分の実験の結果にしか興味のない佐藤博士は誠が最後に生きた別の世界での三日間、いや、三千日間に興味もないし、どんなものかも知ったことではない。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終末の自由研究者 武功薄希 @machibura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る