【02】捜査会議

翌日午前9時。

〇〇県警本部の会議室で、富〇町で発生した変死事件の捜査会議が催された。


正面の席には捜査一課長の高階邦正たかしなくにまさと班長の熊本達夫に加えて、捜査四課長の鵜飼圭祐うかいけいすけの姿もあった。

それは被害者が、<雄仁会>の構成員という理由によるものだった。


「これより捜査会議を始める。

先ずはガイシャの身元から報告してくれ」

会議の進行を務める熊本の指示に、捜査一課の刑事が席を立った。


「ガイシャは<雄仁会>構成員の小谷剛おだにたけし48歳、西岡哲夫にしおかてつお32歳、角谷学すみやまなぶ36歳と判明しました。


四課の安藤刑事の協力を得て、<雄仁会>若者頭杉谷耕造すぎたにこうぞうによる確認を得ております。


三人とも妻帯しておらず、家族はおりません。

いずれも〇山市内で独居していた模様です。

以上です」


「ガイシャの死因は?」

熊本の質問に別の刑事が立ち上がった。


「小谷、西岡、角谷のいずれも、死亡推定時刻は昨日の午前一時から三時の間。

死因はいずれも急性の心停止と、これも共通しています。


三人とも外傷は一切認めらていません。

解剖医の見解によると、何らかの原因によるショック死ということです」


その報告に会議室内にざわめきが起きた。

昨日遺体の顔を見た刑事たちにとっては、腑に落ちる見解だったからだ。


「何らかの原因とはどういうことだ?

毒物の可能性はないのか?」

高階が厳しい表情で問い質すと、担当刑事は手帳を繰りながら報告を続けた。


「解剖医によると気道、食道、胃から毒物投与の痕跡は検出されていないとのことです」

その報告を小林鑑識課員が補足した。

「ガイシャ三名の血液や唾液からも毒物その他の薬物反応は出ておりません」


刑事たちの報告を聞いた高階は、さらに厳しい表情になった。

「毒物以外の原因は考えられないのか?

例えば、大量のアルコールとか」


「ガイシャ三名とも、かなりの量のアルコールを摂取していたことが、血液中の濃度から確認出来ますが、それによって同時にショック死することは考えにくいかと」

高階の雰囲気が険しくなるのをひしひしと感じながら、恐る恐る小林が答える。


「ヤクザ三人が、枕を並べてショック死というのも考えられんのだがな」

隣の席で鵜飼四課長が呟くのを横目で見て、高階が彼に訊いた。

「死因は一旦置くとして。

鵜飼さん、ガイシャが抗争に巻き込まれたということはないんですか?」

すると会議に参加していた、捜査四課の安藤恭一あんどうきょういちが立ち上がって口を開いた。


「それについては、四課の安藤から説明します。

現在も含め、直近の一年間で<雄仁会>と、直接抗争を起こしている組はありません。


<雄仁会>の上部組織である指定暴力団〇〇組は、各地で小競り合い程度の抗争を繰り返していますが、それに<雄仁会>が巻き込まれているという情報もありません。

つまり外部との抗争は、今のところないということです。


次に<雄仁会>内部の争いですが、こちらも可能性は低いと思われます。

もちろん<雄仁会>は、それなりの規模の組織ですので、構成員間の出世争いがないとは言い切れません。


現に二年前に直参になった、元<阿奈魂蛇アナコンダ>リーダーの鶴岡康夫つるおかやすおを巡って、組内から不協和音は聞こえてきます。

しかしそれは鶴岡の出世を、小谷ら古参組員が妬んでいることが原因ですので、鶴岡側から小谷に仕掛けることは考えにくいですね」


彼の説明を聞いた高階の表情は、益々険しくなった。

昨年来続いている原因不明の事件の数々が、彼の頭を過ったからだ。


「課長、次に当日のガイシャたちの行動について報告してもらおうと思いますが、よろしいですか?」

熊本が高階の心中を察して話題を転換すると、彼は無言で肯いた。

その様子を見て、一人の刑事が席を立つ。


「ガイシャ三名は一昨日の夜、富〇町のラウンジ<マチルダ>で酒を飲んでいます。

小谷はその店の常連客らしく、頻繁に通っていた模様です。


事件当夜は、夜の10時頃に店に現れて、1時の閉店時間まで居座っていたようですね。

来店した時点で、三人ともかなり酔っていた模様です。


閉店後は店にタクシーを呼ばず、流しのタクシーを捕まえるために大通りに向かって歩いて行ったのを、三人を見送った店員が目撃しています」


「ガイシャ三人の死亡当時の状況を目撃した者はいないのか?」

高階がその刑事に問い質すと、天宮が鏡堂に促されて席を立った。


「周辺の訊き込み結果について、取りまとめて報告します。

ガイシャ三人の死亡推定時刻、昨日の午前1時頃から早朝にかけて、付近を通行していた者は確認されていません。


その時刻は、既に周辺の殆どの店舗が閉店しており、通常でも人通りが少ないようです。

従って当時の状況を目撃した者は、現在のところ確認されていません」


「目撃情報以外に、何か現場周辺で異常はなかったのか?」

熊本の質問にも、続けて天宮が答える。


「特に異常があったという、訊き込み情報はありませんでした。

一点だけ、午前1時頃に悲鳴のような音を聞いたという情報があるだけです」


「悲鳴?被害者のものか?」

「そこまでは確認されていません」

そう結んで天宮は席に着いた。


「報告は以上か?」

高階の言葉に、刑事たちが肯いた。

それを見た高階が、全員を見渡すようにして指示を出した。


「現状では事件性があるかどうかも確認出来ん。

先ずは四課の協力を得て、ガイシャ三人の周辺を徹底的に洗え。

いいな」

その檄に、刑事たちは無言で肯くのだった。


***

同日午前10時頃。

占い師六壬桜子りくじんさくらこの<占い処>を、一人の男が訪れていた。

扉を開けて入って来たその男を見た彼女は、一瞬険しい表情になる。


「お久しぶりですね。

相変わらず妖しげな<言霊>を駆使して、人を惑わしておいでですか」

開口一番皮肉な笑みを浮かべて、そう言い放つ男に、桜子も微笑を返す。


「高遠様でいらっしゃいますか?

そちらこそ怪しげな術で、人様から金銭を巻き上げておられるのでは?」

しかし彼女の皮肉に動じることなく、高遠と呼ばれた男は彼女の前の席に着いた。


男の名前は高遠純也たかとうじゅんやといい、風水師をなりわいとする者だった。

桜子と彼は、古い知り合いであった。


「さて挨拶はこれくらいにして、本題に入りましょう。

この町で、一体何が起こっているのです?」

単刀直入なその質問に、桜子は思わず笑ってしまった。


「相変わらずですね。

そしてあなた様も、この地に湧く瘴気に引き寄せられたのですね」

「その様ですね。

さて最初の質問に戻りますが、この町で、一体何が起こっているのです?」

そう言って高遠は、桜子の顔を覗き込むような仕草をした。


「私の情報をお示しする、見返りは何でございましょう?」

それを聞いた高遠は、少し鼻白んだ。

「やれやれ、一筋縄ではいかない人ですね。

分かりました。

見返りに私の情報もご提供しますよ」


それを聞いた桜子は、「おたがいなきよう」と一言釘をさすと、静かな口調で言った。

「わたくしの知る範囲では、<雨神うじん>と<の神>が顕現しておるようでございます。

そのせいかは存じませんが、不穏な者共が集い来たっている気配があります」


彼女の言葉を聞いた高遠は、少し驚いた表情を浮かべた。

「なるほど、<雨神>と<火の神>ですか。

それで合点がいきました」


その言葉に桜子が小首を傾げる。

「合点がいったとは?」

「この町は、他でも見られるように、四方に封印が施されていたようですね。

そのうちの二つがほどけていました」

彼の言葉に、桜子は「ほう」と興味を示した。


「一つは北の玄門。

<雨宮神社>なる社にある封印でしたが、随分以前に消えてしまったようです。

その際に<雨神>が解き放たれたのでしょう」

桜子は無言で肯く。


「二つ目は南の朱門。

そこには<フォーゲートスタジアム>なる、建造物がありました。

元の地名から採ったものでしょうが、笑止千万な名前ですね。


恐らくそれを建造する際に、知らずに封印を壊したのでしょう。

愚かな話です」


「そしてそこから<火の神>が生まれたと。

しかしご安心なさいませ。

<雨神>も<火の神>も、既に依り代を得て安定しておるようです」

桜子が高遠の話を引き取って、笑みを浮かべた。


それを聞いた、高遠は興味深げに訊いた。

「もしやあなたは、その依り代とお知り合いなのですか?」

その問いに桜子は、謎めいた笑みを返すだけだった。


「まあいいでしょう。

しかしあなたが言われたように、二門の封印が解けたことで、町に瘴気が湧き始めているようですね。

残る東西の青門、白門のみでは、封印の力が弱まっているようです」


「あなたはもしや、玄門、朱門の封印を元に戻すお積りですか?

あるいは青門、白門の封印を壊すお積りですか?」

「まさか。私にその様な力はありませんよ。

ただ、この地は興味深い。

暫く留まってみようとは思っています」


「また何がしか、あくどい商売を企てておられるのですね?」

「あなたのように、趣味で人々を惑わすような、非生産的な真似はしませんよ」

占い師と風水師は、そう言って笑い合った。


「さて、貴重な情報も得られたので、おいとましましょうか。

これからも時折お訪ねしますので、情報交換と洒落込みましょう」

そう言って立ち上がる高遠に、桜子が思い出したように告げる。


「そう言えば先日、<鬼哭の器>を見かけました」

その言葉に高遠は、驚きの表情を浮かべた。


「それは珍しい。

あれは地に滅んだ亡魂が宿る者。

恐らく南北の封印が解けたことで、中央の后土の力が弱まっているのでしょうね。

益々興味深い」

そう言って立ち去る風水師の後姿を、桜子は謎めいた笑みで見送った。

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