第四章:続く夜々の物語 - 砂漠の都の二人の姫君

 第三夜、蓮華は新たな物語を紡ぎ始めた。星々の光が広間に満ち、砂漠の風景を描き出す。


「今宵は、砂漠の都に渦巻く宮廷陰謀と、それに立ち向かう二人の姫君の物語をお聞かせいたします」


 嫦娥は、いつもより身を乗り出して聞き入る姿勢を見せた。


「遥か西方、灼熱の砂漠の中心に、黄金の都サハラがありました。その都を治めるのは、美しくも孤高の女王サフィアでした」


 星々が織りなす光の中に、サフィアの姿が浮かび上がる。黒檀のような肌に、サファイアの瞳。その美しさに、嫦娥は思わず息を呑んだ。


「サフィア女王は、幼い頃に両親を失い、若くして即位を果たしました。しかし、その孤独な境遇ゆえに、誰も信じることができずにいたのです」


 この言葉に、嫦娥の表情が微かに曇る。自身の姿と重なったのだろう。


「ある日、宮廷に一人の美しい踊り子が現れます。ナイラと名乗るその踊り子は、実は隣国が放った影の暗殺者だったのです」


 星々の光が渦を巻き、優美に舞うナイラの姿を描き出す。その動きに、嫦娥は目を奪われた。


「ナイラの目的は、サフィア女王を暗殺し、サハラの王権を簒奪することでした。しかし、女王に近づくうちに、ナイラの心に変化が訪れます」


 光の中で、サフィアとナイラが言葉を交わす様子が映し出される。互いの目に、かすかな温もりが宿っていく。


「二人は次第に惹かれ合っていきました。しかし、その一方で宮廷内では、サフィア女王を陥れようとする陰謀の渦が巻き起こっていたのです」


 星々の光が暗く渦巻き、宮廷の闇を表現する。嫦娥の瞳に、緊張の色が浮かぶ。


「ある夜、サフィア女王の寝室に毒蛇が放たれました。ナイラは自らの命を顧みず、女王を庇います」


 光の中で、ナイラがサフィアを抱きかかえ、毒蛇の攻撃から守る様子が描かれる。嫦娥は思わず身を乗り出し、息を呑む。


「瀕死の状態で、ナイラは自らの正体と、本来の目的を告白します。そして、サフィアへの想いも」


 星々の光が二人を包み込む。サフィアの瞳に、驚きと戸惑い、そして深い愛情が宿る。


「サフィアは、初めて誰かを信じ、心を開くことを決意します。二人は力を合わせ、宮廷の陰謀に立ち向かっていきました」


 光の中で、サフィアとナイラが背中合わせに立つ姿が浮かび上がる。嫦娥の目に、感動の色が宿る。


「激しい戦いの末、二人は陰謀の黒幕を打ち破ります。そして、サハラに新たな統治体制を確立したのです」


 星々の光が明るく輝き、新しいサハラの姿を描き出す。人々が笑顔で暮らす様子、サフィアとナイラが共に統治する姿。


「かくして、サフィアとナイラは永遠の愛を誓い合いました。二人の愛は、砂漠に新たな命を吹き込み、サハラは未曾有の繁栄を迎えたのです」


 物語が終わりを告げ、星々の光が静かに消えていく。広間に沈黙が訪れる。


 嫦娥の表情には、これまでにない感動の色が浮かんでいた。


「信じることの難しさ、そして、信じる勇気を持つことの大切さ……」


 嫦娥の言葉に、深い思索の跡が感じられる。


「貴様の物語は、癪なことだが私に多くのことを考えさせてくれる」


 蓮華は静かに頷き、嫦娥の言葉を待つ。


「明日も、また新しい物語を聞かせてほしい」


 嫦娥がそう言って立ち去った後、蓮華は星々に微笑みかける。


(少しずつですが、確実に陛下の心が変わっていっています。これからも、導きをお願いします)


 星々が柔らかく瞬き、蓮華の言葉に応えるかのようだった。月華帝国の夜は、新たな希望とともに明けていくのだった。

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