(9)昼食

午前中の授業が終わり、昼食の時間となった。

クラス委員長の伊藤恵美が、立花隼人に声をかけた。

「立花君、お昼は学食?パンも売りに来ているよ?案内します」

(周囲の学生も、立花隼人に注目している)


立花隼人は、軽く頭を下げた。

「お弁当を持って来ましたので、ご心配なく」

(そのまま、鞄から弁当箱と水筒を出して、机の上に置く)


途端に、何人かの「お弁当組」のクラスメイトたちが弁当を持って集まって来た。

つまり、「お弁当ご一緒しましょう」の意思表示である。

(伊藤恵美は、弾き出され、涙目でパン売り場に向かった)


立花隼人が弁当箱を開けると、立派な幕の内弁当だった。(作ったのは官邸の厨房)

さわらの西京焼き、ちくわの磯部揚げ、だし巻き卵、さつまいものレモン煮、かぼちゃの煮物、ぬか漬け(胡瓜、大根)、サラダ等が美しく並べられ、白いご飯の上には、黒ゴマがかけられている。


当然のように、クラスメイトたちから、質問が飛んだ。

「立花君、和食好きなの?」

「それにしても、美味しそうだなあ」

「スタンフォードにも和食あるの?」

「お母さまが作ってくれたの?」


立花隼人は、可愛らしい顔で、丁寧に答えた。

「和食は大好きです、日本は食材と調理法には恵まれた国です」

「確かに美味しい、ありがたいことです」

「スタンフォード付近にも、和食店は多くあります、ただ、日本ほど美味しくはなく、値段も高い」

「最後の質問は、個人情報なので、ごめんなさい」


なごやかに「お弁当ご一緒」が終わった時だった。

クラス委員長の伊藤恵美が、顏を蒼ざめて、戻って来た。

「学食の前を通ったら、また、あいつらが」


クラスメイトたちは、すぐに察した。

「相撲部?」

「また、騒いだの?」


伊藤恵美は頷いた。

「米が少ないとか」

「ちゃんこ鍋を作れとか」

「無理難題ばかり」

「学食の料理人もオロオロしてさ、できませんって」

「何しろ、あいつら身体は大きいし、力は強いでしょ?」


立花隼人が、伊藤恵美の顏を見た。

「相撲部には、特別扱いを要求する、そんな権利があるんですか?」


伊藤恵美は首を横に振った。

「校則的にはないの」

「でも、相撲部は全国大会の常連で」

「主将の親が、都議でPTAの会長なの」

「だから、相当なことをしても、お咎めなし」


立花隼人は、更に聞いた。

「相当なこととは?」


周囲のクラスメイトが答えた。

「器物損壊、レストランの食器を割ったり、机に穴をあけるとか」

「他の生徒からカツアゲしたり、密告しようにも、怖くてできないの」

「それを昔やった生徒が、逆に退学処分になってね」


立花隼人は、椅子から立ち上がった。

「その相撲部は、まだ学食にいるの?」


伊藤恵美は頷いた。

「あいつら、時間ギリギリまで騒ぐの、マジに迷惑」


立花隼人は軽く頷き、教室を出て、歩き出した。

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