(8)古文の授業②

立花隼人は教壇に立つ前に阿部講師に一礼、さらに、教壇に登りクラスメイトに一礼してから、自分なりの分析を述べ始めた。


「清少納言と、紫式部の直接の交流の有無は不明です」

「清少納言は、中宮定子の女房であって、紫式部は中宮彰子の女房です」

「その中宮彰子の御所は、賀茂の斎院の女房や、殿上人から、中宮定子の御所と常に比較され、『仕事を頼める適切な女房がいない』『情趣も面白みも、何もない』と批判されていました、これは紫式部日記を読めば、彼女自身が嘆き気味に書き残しています」


「つまり、紫式部は『中宮定子と清少納言の御所』が褒められ、中宮彰子と紫式部の御所が批判されることに、心の負担と申しましょうか、実は清少納言への屈折した敗北感、嫉妬の思いもあったと思われます」


「紫式部は、清少納言のように、才女として、才気煥発、当意即妙の対応をするべく、道長にスカウトされました」

「しかし紫式自身の極端な引っ込み思案が災いし、その求められた役目を結果として、果たせなかったのです」

「だから、悔しくて仕方がない」

「嫉妬のあまり、悔しさのあまり、清少納言の細かな『アラ過ごし』をしてまで批判するのです」

「清少納言に対する漢文、漢字批判は、いわば、『後だしジャンケン』でしかありません」

「清少納言は、紫式部が読むと知っていれば、ミスなく書いた可能性もあるのだから」



「確かに『源氏物語』は、現代では、世界でもトップクラスの文学作品です」

「それを書いたのだから、紫式部のほうが清少納言より『偉い』という学者や人が多い」

「しかし、源氏物語が書かれた時代は、漢文がトップ、次いで和歌などと続き、『物語』などは、『単なる面白読み物(現代の風俗小説に近い)』でしかなかったことは事実です」


「枕草子は、キレと含蓄の深い文でありますが、言葉葉足らずの感も、確かにあります」

「対して、この紫式部日記、そして源氏物語の文は、長文傾向で、主語も不明確、かなり文意を補わなければ、意味が不明確になります」

「紫式部は、万が一の他人の批判を恐れ、『スパッと』言い切らない(ある意味、思わせぶりの文)を書いてしまうので、ストーリーは、それに沿って複雑化し、なかなか終えられなくなりました」

「源氏物語の最後の文は、え?と言うほどの文で終わるけれど、そうしなければ、終えられなかったのが、実態ではないでしょうか」

「これは、ひとえに、非常に明晰な頭脳と知識、感性を持ちながらも、常に他人の目を気にして引っ込み思案の紫式部ならでは、と思うのです」


「いろいろと考えますが、紫式部には、『枕草子』は書き得なかったと思われます」

「また、清少納言も、あのような長大で複雑な『源氏物語』を書く気は、持ち得なかったと思うのです」


阿部講師は、立花隼人の「分析」に、実際聴き惚れていた。

「目から鱗が取れるような」

「紫式部日記が書かれて以来、千年も日本人を迷わせて来た、固いトゲが抜かれたような気がする」

「うん、この子は面白い、弟子にして育てたい」

「ビジュアルも可愛い、先細りの古文学会の救世主になる」


その立花隼人が、阿部講師を見た。

「阿部先生、キリがないので、ここで終わります」

「判断ミスと言うより、紫式部の清少納言に対する嫉妬が、最大原因です」

「人間としての性格、物書きとしての性格も、異なる二人です」

「それと清少納言は中宮定子に恩義を感じ、中宮定子は清少納言の気品と面白さにほれ込み、風情あふれる理想の中宮御所を一緒に作り上げた」

「しかし、中宮彰子は、そこまで紫式部を使いきれなかった」

「優秀と思い、彼女から講義を受けたこともあるけれど、中宮全体の質向上までには、至らなかった」

「そんな嫉妬と、モヤモヤが、清少納言への個人攻撃の形を取った、そう分析しています」


(生徒たちは、口をポカンと聴いているのみ)


阿部講師は、立花隼人に、満面の笑顔で拍手を送った。

「納得しました、実に面白い分析、解釈です」

「おそらく、それが実態と思います」

「普通に考えれば、そうかもしれないわね」


生徒たちは全員立ちあがり、立花隼人に拍手を送っている。

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