第1話 NEZDACと消えた親友

2030年に入ったころから、エネルギー研究者の間である噂が広がり始めていた。「ついにNEZDACネズダックが試験運転を開始するらしい」というものだった。当然、第一線の研究者である新海もその噂は知っていた。しかし、それがどのような発電方式であるのかについては、全く情報が伝わってこなかった。


NEZDACが開発しているという全く新しい発電方式については、研究者の間でも見方が分かれていた。学会では、定期的に話題になる常温核融合を開発しているのではないかという見方が主流を占めていたが、新海はNEZDACに関して、異端ともいえる独自の見解を持っていた。


新海の友人に、国立大学の獣医学部で教鞭をとる村山崇むらやま たかしという学者がいた。彼は、齧歯類、特にモルモットを専門とするユニークな男だった。


「あらゆる場面で実験台とされているモルモット自体を研究するとはお前らしい」


高校時代からの友人である新海は、村山を評していつもこう言ったものだった。


その村山が、5年前、突然姿を消したのだ。村山が失踪の直前に、親友である新海に告げた言葉は、「研究に没頭したい。国の機関から声がかかっている」というものだった。


5年前。それはNEZDACの設立時期に一致していた。しかも、失踪後1度だけ、彼が妻宛に出した手紙の消印は、NEZDACの本拠があると噂される若狭湾沿いの寒村だった。村山がNEZDACにいることは間違いなかった。それではなぜ、新エネルギー研究機関が、村山のような動物学者を必要としているのだろうか?


「NEZDACはネズミ力発電を開発している」


これが、新海が導き出した答えだった。


ネズミ力発電については、二人の研究の接点として、新海と村山が酒の席で議論を戦わせたことがあった。


「モルモットは一生懸命回し車を回しているけど、あれ、相当な労力だよ。いっそ、発電器をつけて発電でもさせたら役に立つのに」


村山が冗談で言った一言が発端だった。


「それは可能ではあるな。一匹一匹の力は大したことはないが、塵も積もれば山となるだ」


新海が話に乗ると村山は、


「しかも、ネズミは繁殖力がある。建設コストも安くつくし、急速な拡大も可能だ」


と楽しそうに答えた。


「しかし、制御はどうする?」


「さてな。猫でも放り込むか」


それからしばらく、二人はネズミ力発電の可能性について、熱っぽく語り合ったのだった。


「若狭湾でネズミ揚がる」


この日の新聞記事に、新海はますます自説への確信を深めた。


「NEZDACは間違いなくネズミ力発電を開発している。しかし、なぜネズミが海から揚がる必要があるのか...」


新海の胸に、漠然とした不安感が去来した。

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