加速(制御不能なー)

高倉晃平

プロローグ

「若狭湾でネズミ揚がる」


この小さな新聞記事が、すべての発端だった。若狭湾で漁を行っていた漁船の網に、数十匹の死んだネズミがかかったというのだ。「ここで30年漁をしているが、こんなことは初めてだ」という地元漁師のコメントで、記事は締めくくられていた。


いつものように、コーヒーを飲みながら新聞に目を通していた新海翔太しんかい しょうた(41歳)は、直感的にこの記事に惹かれた。大学でエネルギー問題について教える彼にとって、若狭湾は特別な場所だった。


2030年秋、日本のエネルギー不足はいよいよ深刻になっていた。世界中から原油や天然ガスを何の不自由なく調達できた幸福な時代は過ぎ去り、中東からの化石燃料の輸入割当をめぐって日本は中国と外交的に微妙な関係にあった。


1970年代のオイルショックを契機に始まった日本の新エネルギー開発計画は、ことごとく失敗に終わっていた。環境保護の気運が高まるにつれ、原子力発電所の新設や再稼働は困難になっていた。資源エネルギー庁は5年前の2025年、「2030年代のエネルギー供給に関する長期構想」と銘打った報告書を発表したが、内容は原発の再稼働と再生可能エネルギーのさらなる開発の必要性を訴える抽象的なものにとどまっていた。


しかし、表面的な停滞の裏で、この時、NEZDACネズダック(National Energy Development Agency)と呼ばれる新エネルギー開発プロジェクトが、極秘にスタートしていたのだ。2030年の暮れを騒がせた大事件は、ここから始まっていた。

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