第25話 やちよことのはの記憶
千代の話を聞いて、母さんは泣いていた。あの夏のことを思い出したんだろう。
それに僕の父のことは、母さんが知るはずもないから。これで母さんも、僕のことを全て知ったことになる。
「そうか、千代、さっき僕たちは大きな霊気を出しながら手を繋いだ。だから大きな力が出て、あいつを吹き飛ばすことができたよね。でもそのとき、僕たちは霊気を共有したんだ。混ざってしまったって言ってもいい。でもね、僕はこういう経験って、2度目なんだよ」
僕は千代にそう言った。すると千代は、さも当然という顔で応える。
「分かるわ。安座真監督でしょ?漆間を卓球部から引き抜いたとき、自分の過去を見せてたわね」
それを聞いた母さんが安座真さんを睨む。安座真さんは慌ててそっぽを向いた。
「うん、そうだ。でね、と言うことは、僕も千代のこと、見たんだよ」
「っ!!私の夢って、そういうこと?」
「うん、そういうこと。話していい?」
千代はずいぶんと迷っていたが、結局、ここではダメ、ということになった。それもそうだ。ここには太斗もいる。幸や友達もいる。安座真さんや母さんも。知られたくないことも、あるだろう。
僕たちは明日、ふたりきりで会うことにした。
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翌日の放課後、マグドの奥の席。
今日は漆間が私のことを話してくれる。私の過去、きっと私が知らない私のことも、漆間は知っている。
Lサイズのドリンクを頼んで、私たちはいつもの席に座った。
「それでさ、うるま、私のどんな記憶を見たの?」
-ああ、あんなことやこんなこと、漆間に見られたっていうの?もう、どうしよう。
私はドキドキしながら漆間の答えを待った。
「うん、千代の記憶ね、はっきり言って、全部見た」
「ぜ、ぜ、ぜんぶぅ~~?」
「うん、全部」
-わぁ、どうしようどうしよう!私、全部漆間に知られちゃってるんだ!
でも漆間の顔色はあまり優れない。少し心配になってきた。
「ねぇ、もういっそのこと、すっぱり言っちゃってもらえませんかね。もうこんな状況、私、限界かも」
心配のあまり私の口調も変になる。でも真剣な顔の漆間は、覚悟を決めたように、私の目を見ている。
「じゃ、千代、話すよ?」
漆間が話してくれた内容は、私が小さい頃の思い出でも、最近経験したことや考えている事でもなかった。
それはあの日、私がリビングで過ごした、数時間の記憶だった。
「千代、僕は千代の、お父さんが亡くなった日のことを全部見た。千代は小学4年生、これは前に聞いたね。そしてリビングでお父さんを見つけて、そして呆然と数時間を過ごした・・・」
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私はお父さんの亡骸のそばで、ずっと泣いていた。
鳴り止まないRINGの着信音、ディスプレイに次々と表示されるメッセージの切れ端、その全てに悪意を感じた。
恐ろしかった。怖かった。そして、憎かった。
涙が溢れて見にくかったけど、私はお父さんのスマホを両手で掴み、震える手でそのメッセージをなぞっていた。
憎い、憎い憎い!私の大好きなお父さんを、この人たちは貶め、蔑み、晒し物にした。
そしてお父さんは、自ら命を絶った。私を置いて、自分だけ、たったひとりで。
私の手には、知らず知らず霊気が宿り、スマホに向かって叩き込んでいた。霊気の色は、真っ黒に染まっていた。
憎しみの黒だ。
そして私は、お父さんの側に寄り添い、ランドセルから小さな彫刻刀を取り出した。私は、お父さんと一緒にいたかったんだ。
私は右手に握った彫刻刀の刃を左手首に当てた。このままスッと引けば、私はすぐにお父さんに会える。そう思っていた。
そのときまた、父さんのスマホの着信音が鳴った。RINGのようだが、初めて聞く着信音だ。
送られてきたメッセージは、空白だった。
私は怖くなって、早くお父さんのところへ、って考えた。そして右手に力を込めようとしたら、なにかが私の右手を押さえた。
見上げると、私の後ろから私を抱きしめるように、真っ白な影が覆っている。その影が腕を伸ばし、私の右手を止めているんだ。
それは人型には見えなかったけど、顔のところにある染みには見覚えがあった。
それは、お父さんの顔だった。
耳ではない、頭の中にお父さんの声が響いた。
「だめ、だめだよことちゃん。そんなことしちゃだめだ。おとうさんはよわかったから、にげてしまったけど、ことちゃんはにげないで。それからね、ことちゃんはまっしろなんだから、こんなくろいのは、すてちゃおうね」
その声を聞いた瞬間、私の全身から真っ黒な霊気がほとばしって、スマホの中に消えた。
「ほら、きれいになった。ことちゃんはまっしろ、かがやくしろさ、だよ?」
「でも、ことちゃんはこんなふうに、だれかにねらわれちゃうみたいだね」
「だからおとうさんがまもってあげる。ことちゃんをおいてにげたから、ごめんなさい、でね」
「そのうちね、ことちゃんをまもってくれるひとに、かならずあえるから、そのときまで」
「ことちゃんは、ひとにやさしく、そしてつよく、いきなさい」
「おとうさんは、いつもそばにいる。じゃあね、ことちゃん」
私はそのまま、気を失った。
それからの私は、絶対にいじめを許さない、誰であっても、それが先生であっても、自分がいじめられようとも、絶対に許さない子供になった。
いつしか私は、みんなに頼られる人にも、なった。
本当は、違うのに。
そして私は、RINGが怖くなっていた。
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漆間の話はそれだけだった。
私の目から、ただ涙が流れていた。涙は止められない。尽きるまで止められない。
だって、あのブギーマンは、大人の花子さんは、私が作り出したんじゃないか。
それに私は、お父さんに守ってもらってるから強くなれただけなんだ。
「千代、もういちど思い出して。お父さんが千代に言ったこと」
漆間の言葉に、私は初めて涙を拭いて顔を上げた。
「おとうさんが、言ったこと?」
「そう!千代のお父さんが、言ったことだよ」
「えっと、私の気は、真っ白?黒いのは、捨てちゃおうって」
「そうだよ!千代の霊気は真っ白、輝く白さ!そして黒いのは、千代の気じゃない。あれがすでにネットに巣くっていたブギーマンの瘴気なんだ」
「そして、千代のお父さんはこうも言っていた。千代は狙われるから、お父さんが守るって。何か気付かない?」
「・・・なんだろ?不思議な雰囲気を感じることはあったけど・・・」
「昨日、ブギーマンが千代を狙ったとき、千代の体を真っ白で濃い霊気が覆った。気付いたろ?」
「ん、うん。でもあれが私の霊気じゃないの?」
「いや、違うんだ。あの日、リビングで千代の手を止めた霊気、あれと同じものだ」
「え!じゃあ、あれって」
「そう、千代のお父さん。お父さんが千代を守ってたんだよ。あのリビングでも、昨日の闘いでも」
「そう、なのかな。じゃ、お父さんは、ずっと側にいてくれたのかな」
「そうなんだよ。でもね、こんなふうにも言ってたよね。千代は怪異に狙われるから守る。つまりね、普段の千代が強いのは千代の力で、お父さんの力じゃない」
「だからね、千代、千代は今のまま、今までのようにしてて、いいんだよ?」
漆間の言葉を聞いて、私の目からまた涙が溢れ出した。
なにかが堰き止めていた自分の感情が溢れ出すように、それはやっぱり、止めることが出来なかった。
漆間は私の涙が止まるまで、何も言わず側にいてくれた。
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つづく
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