第24話 うるまたちの初陣 ⑮

「うるま、うるまっ!!」

「はぁ、あ、母さん、安座真さんも」


 床に仰向けで倒れている僕の目の前に、母さんと安座真さん、ふたりの顔があった。


 僕はブギーマン、大人の花子さんが消えた後、少し気絶したのかもしれない。だけど僕は、その間にある光景を見ていた。それは夢なのか、それとも現実にあったことなのか、それは分からない。


「太斗は?幸は?」

 僕は頭を少し上げて、太斗と幸を探した。

 ふたりは、いた。床に横たわるふたりの側には、廊下で待っていた友人たちが付いてくれている。

「うん、大丈夫だよ。あいつにほとんどの霊気を吸われてたけど、私と雄心でちゃんと補っておいた。おかげで私らもスッカラカンだけど」

「ああ、こんなの初めてだ。子供たちの小さな悪意も、長い時間積み重なれば、とんでもない化け物を産むんだな。これからこんなのが増えるのかと思うと、ぞっとするよ」

 母さんと安座真さんはそう言って笑いあっている。


「ところで漆間、いつまで握ってるつもり?」

 母さんが意味ありげな事を言う。

「そうだぞ?お前、誰かのこと気にならないのか?」

 安座真さんも同調する

「え?あ!千代!!」


 僕と千代は、まだしっかりと手を握っていた。


「ん、うん、うるま?」

 千代が目を開けた。そして僕と握った手を見て、叫んだ。


「やだっ!」


 僕たちはようやく手を離した。



「あら、ことのはちゃん、泣いてるの?」

 しばらくして体を起こした千代は、泣いていた。母さんたちにはその理由は分からないだろうけど、僕には分かる気がした。


「あ、はい、気を失ってる間に、なんだか今の今までいろんな光景を見た気がして、すっごく悲しくて、涙が、止まんない」

 そう言いながら千代は僕の顔を見る。きっと千代も、僕と同じような光景を見たんだ。僕は、千代に話すことにした。さっき見た、遠くの世界の光景のことを。


「あのさ、千代、俺さ、気絶してる間にお前の夢みたいなのを見たんだけどさ、それ、話していい?」

「ううん!私が先に話すわ。じゃないと私、涙が止まらないかもしれない。いい?漆間、そして、お母さん」

 僕と母さんは目を合わせる。考えは、母さんも同じのようだ。


「いいよ、ことのはちゃん、話してごらん?」


 母さんが優しい声で、千代を促した。

「私、うるまのお母さんに、会いました。ううん、うるまのお父さんにも」

「え?・・・うるまの、父親?」

 母さんが愕然としている。それはそうだ。母さんは、真鏡優梨は、僕の本当のお母さん、名城明日葉なしろあしたばの事しか知らないから。


 千代はそれから、幼い僕、つまり名城漆間なしろうるまと名城明日葉の暮らし、小学1年の担任、真鏡優梨のこと、そしてチーノウヤとミミチリボージとの闘いのことを話した。

 お母さんと優梨先生は僕を命懸けで守り、優梨先生はチーノウヤを取り込んだ。そしてお母さんはミミチリボージを封印するために、自分の命を使った。

 その後、優梨先生が僕の新しい母となり、東京に移り住んで高校生になるまでの暮らしのことも。


「うるまのお母さんの心に、私は触れてしまった。それに、優梨さん、今のお母さんの心にも。あの怪異たちの恐ろしさ、激しい闘い、そしてその後のこと。それだけで私は、涙が溢れて止まらないの。でもね、私、うるまのお父さんにも、会ったのよ?」

「うるまはね、まだ赤ん坊。私が見たのは、赤ん坊のうるまの、記憶」


 うるまはまだ2歳になってない。ようやくよちよち歩きを卒業したくらいだったわ。

 その日、あなたたち家族は海にいた。お父さんがうるまに、海の波や、ビーチの砂や、生き物たちを見せたいって、お母さんは反対したんだけど、お父さんがどうしてもって。


 そこでね、うるまのお父さんは亡くなった。


 お母さんには強い霊力があったから、予感していたのよ。でもその予感は、お父さんが亡くなるんじゃなくって、うるまに危険があるっていう予感だったの。

 お父さんはうるまを抱いて、腰くらいの深さまで歩いて行ったわ。あなたはお父さんに海の水を掛けられたりして、とってもはしゃいでいたけど、海の中を近づいてくる“こわいもの”に怯えて急に泣き出した。それでお母さんは、急いで駆けつけたの。


 あなたが感じた“こわいもの”は、海に巣くう怪異だった。そいつはあなたを狙って、お父さんの足を掬ったの。お父さんはバランスを崩して倒れたわ。でもあなたを助けようと、腕を伸ばしてあなたを水面に掲げて、自分は水中に沈んだ。


 駆けつけたお母さんはあなたを抱いて、怪異を防ぐために結界を張った。そしてお父さんを助けるために手を伸ばした。でも手が届かない。お母さんはあなたが水を飲まないようにしながら、水中に頭を入れた。


 そこで見たものは、お父さんが両足を何かに巻かれて、深みに引っ張られていくところだった。もう手は届かない。お母さんの霊力も、あなたを抱いたままでは使えなかった。


 そのときうるまは、お母さんの腕を振りほどいて、海に飛び込んだ。そしてお父さんに手を伸ばしたの。あなたのその小さい手は、霊気を纏っていたわ。きっとお父さんを助けたかったのね。でもそれは、お父さんに届かなかった。

 お父さんはうるまを見ながら言ってたわ。


 ありがとう、うるま。強くなれって、言ってた。

 あなたはお父さんを呼んでた。海の中で、一生懸命。


 とうと!とうと!って。


 お母さんも叫んでいたわ。


 しょうま、しょうまーー!って。


 僕の父さん、しょうまっていうのか。名前も顔も覚えていなかった。それどころか、僕がどうして父と別れたのかも聞いていない。お母さんが教えてくれなかったからだ。

 でも千代は見た。それは、僕の潜在意識に埋もれているような記憶だったんだろう。

 もう千代は、僕のことで知らないことはない。


 でもそれは、僕も同じだ。



つづく

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