第22話 うるまたちの初陣 ⑬
スマホは次々に着信音を変える。それはまるで悪い病気が伝染しているかのようだ。
そして、全てのスマホの着信音が変わった。
パタリと着信音が消え、円形に配置した机の中心に、薄黒いもやが集まっていく。
「まだだ、全部出るまで待つ」
安座真さんの言葉にみんな頷き、固唾を呑んでそれに見入る。
突然!薄黒いもやはその濃度を増し、加速度的に人型を作る。次の瞬間には、赤と黒の瘴気が渦を巻き、天井に向かって吹き上がった。
瘴気は生徒指導室の天井に突き当たり、天井全体を覆うように広がる。そしてその中心には、あの姿が現れていた。白いシャツ、赤いスカート、おかっぱ頭。しかしよく見ればそれは禍々しい瘴気の文様に覆われ、真っ黒い髑髏の中心には、更に黒い双眸があった。2メートルを優に超えている。幸に取り憑いていた花子さんの比ではなかった。
「安座真さん、こいつ、でかいよ!」
「ああ、おかあさ・・優梨さん、こりゃ、ネットに戻って力を回復どころか、どっかで霊力を吸ってきてますね。くそ、本来の力を見誤ったか」
「それか、逃げたヤツは本体じゃなかったのかも・・分体だったか?」
安座真さんと母さんの話からすると、幸の部屋で闘ったネットのブギーマン、大人の花子さんは、逃げ込んだネット上で瘴気を増大させているか、そもそも分体だったのかもしれない。
どちらにしても、今のこいつが最終形だ。
「まぁぐちぐち言っても仕方ない!安座真君!!最初から出すよ!」
母さんが自分の体を両腕で抱きしめ、霊気を高める。本来の母さんの霊気が膨れ上がり、一瞬後に灰色の霊気が混ざり合う。そして輝く銀色の霊気が練り上がった。
「っ!あああーーーー!!」
母さんの髪が3倍にも伸び、胸がはち切れそうに膨らんだ。
チーノウヤの力だ。
「優梨さん!行きます!!」
安座真さんは木刀を構えている。ボールペンにすら霊刃を創り出す安座真さんだ、木刀の霊刃はその刀身に凄まじい霊気を纏い、真っ白に燃え上がっているように見えた。
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「う、うるま・・あれは?」
天井にまで届く花子さんの瘴気、そしてまばゆい光に包まれた母さんと安座真さんを見て、太斗は言葉もない。
「太斗、見えるだろ?あれが幸に憑いていたブギーマン、大人の花子さんだ。それと母さんと安座真さんの力も。あれが見えるって事は、太斗も結構な力があるってこと。太斗の剣は、霊気を切るからね」
「俺が?うそだろ?千代は?」
「千代にもね、見えてるはず。って言うか、千代は僕の霊気を前から感じてたんじゃない?」
「う、うん、漆間の体が光って見えてたのはある。でも、こんなのと闘うなんて、私に出来る?」
「ああ、出来る。ふたりとも安座真さんの霊刃を見たね?もう霊気に干渉しているから、ふたりの竹刀も霊気を纏ってるよ?ほら」
太斗と千代は、無意識に構えていた竹刀に目をやった。ふたりの竹刀は、うっすらと霊気を帯びて光っている。
「うわっ!ホントだ」
「竹刀が光ってる。これが、霊気なの?」
「それをね、全国大会の試合だと思って相手に打ち込めばいい。鋭く気合いを込めて、ね?」
「分かったぜ、漆間!」
「でも、ふたりの前に俺がやるから、ふたりは幸をしっかり守っておいて」
太斗と千代は、竹刀を握りしめながらうなずいた。
「ほら!安座真さんが切り込む!ふたりともよく見て!」
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安座真さんは無駄のない踏み込みで怪異との間を詰め、机を足場にして飛びかかった。同時に気合いを霊刃に込める。
「ッツッァアアアーーーイ!!」
狙いはやはり怪異の頭だ。鋭い面で狙う。
「グゥガガッガガガ!!」
怪異はその刃に向かって、瘴気の塊をぶつけてきた。打ち込まれた霊刃はその塊を切り裂くが、二つに分かれた瘴気はそれぞれがぐねぐねと形を作っていく。
「っ!!これ、昨日のやつ!」
ふたつの瘴気は、幸の部屋に現れた“大人の花子さん”を形作る。昨晩のそれは、ブギーマンの分体だったんだ。安座真さんの顔に焦りが見える。
「安座真!!慌てるな!!右から行くよ!」
母さんの声だ。チーノウヤの力を使う母さんの霊力は強大だ。両手を右の怪異に突き出すと、声を限りに叫んだ。
「バッチンッ!!」
右の怪異が半分消し飛ぶ。昨晩の失敗は握り潰すというイメージだった。今度は、蒸発させる。
「安座真!残り!!」
「ああ!優梨!!」
母さんの声に応え、安座真さんが霊刃を振るう。その霊圧は、剣のスピードと相まって怪異の残る半分を瞬時に消滅させた。
安座真さんと母さんが並び、左の怪異に向き直る。
「優梨、こりゃふたりで掛からないと瞬殺は無理だね」
「そうだね安座真、それにこいつの分身体、あと何体出せるんだ?」
「そりゃ分かんないな。コイツ、まだたっぷり余力はあるぞ?それとな、俺、雄心っていうの」
「そっか、じゃ雄心、いこっか!」
「おう!優梨!!」
母さんが先ほどと同じく、両手に霊気を溜め、残った花子さんに向かって突っ込む。
同時に安座真さんは更に間を詰めて、母さんとタイミングを合わせる
「ッタァアアアーーー!!」
「バッチーーンッ!!」
左にいた花子さんは、ふたりの攻撃で瞬時に霧散した。
「よし!次は本体!!」
ふたりは顔を見合わせてブギーマンの本体に向き直り、構えた。
ブギーマンは顎を上げ、天井を見上げている。
「ガガガッガガガガガッガアアアーー!!」
安座真さんと母さんも釣られて天井を見た。そこには、いくつもの瘴気のツララが下がっている。
瞬時に事態を理解した安座真さんが、僕たちを振り返って叫ぶ。
「うるまーー!上からだ!来るぞー-!!」
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・
安座真さんが叫ぶと同時に、僕たちの前に天井から瘴気が垂れ下がってきた。それは床に届くと同時にうねうねと動きながら、大人の花子さんになる。それが2体。
-これは実戦だ。まずひとつ!
僕は先ほどから練り上げている霊気を両手の平に集めた。金色の霊気が僕の手を、腕を包み込む。
「太斗!千代!竹刀を僕に向けて!」
僕はふたりの竹刀の先を掴み、霊気を流し込んだ。ふたりの気で光っていた竹刀は、僕の霊気を混ぜて光度を増し、何倍にも膨れ上がる。
霊刃の完成だ。
「ふたりとも、左のヤツを任せる。連携して打ち込んで!瘴気に包まれないように!」
叫ぶと同時に僕は右の怪異に突っ込んだ。両手の霊気を膨らませ、指で印を結んで硬い霊刃を作りだした。肘から先、そして指先から数メートルも伸びる霊刃。僕は怪異の間合いに踏み込むと、両腕を振って霊刃を叩き込んだ。その一撃は怪異を左右から切り裂くと同時に、その霊気で瘴気の欠片を霧散させる。これは僕の本当の母さん、名城明日葉の技だ。
-1体は倒した、後1体!
僕は太斗たち3人に向き直った。太斗と千代は幸を守っている。ふたりの目の前に迫る花子さんは、何体もの子鬼を産みだして攻撃を仕掛けてくる。動きを封じて瘴気で包み込むつもりだ。だが、ふたりは素早い足さばきで間合いを詰め、霊刃の一撃で霧散させている。
「太斗!千代!子鬼はまかせたっ!!」
僕は後一体に突進した。同時に両腕の霊刃を怪異の中心に叩き込む。怪異の胴体は霧散し、残った頭部と足ももう一太刀で消滅した。
後ろを振り返ると、残った1体の子鬼を太斗が倒したところだった
「幸!大丈夫か?さちっ!!」
太斗は自分の後ろにしゃがんでいる幸に声を掛けた。
「うん、太斗、ありがとう、大丈夫よ」
「ああ!よかった!お前になんかあったら、オレ・・」
僕は幸を守ったふたりに心底感心していた。
「すごいよ太斗、初めて怪異と闘ってこんなに、やっぱお前すごい!」
「ホント、太斗すごいわ、やっぱり剣道が強いって、気合いがすごいからこんなことできるのかな?」
千代も素直に太斗を認めている。でも、すごいのは千代も同じだ。いや、違う。千代は・・
「千代もすごいよ?太斗に負けないくらいすごい、でもね・・」
「でもって、なによ漆間、なんか不満?」
「いや、あのね?」
その時、母さんの声が響く。
「うるま!油断しちゃ駄目!まだ来るよ!!」
母さんと安座真さんは、分体の花子さんを倒しつつ、本体にも攻撃を加えている。ふたりの息はぴったりで、次々生まれる分体も数が少なくなっていた。
「優梨と俺は本体を叩く!!漆間はこいつら頼む!太斗と千代は幸に子鬼を近づけるな!」
安座真さんが叫ぶ。僕は分体を叩くんだ。ざっと、5体。
「まかせてください、ふたりは本体を!太斗、千代!もう少しだ、頑張って!!」
僕はもう一度霊気を練り上げて、5体の分体に突っ込んでいった。
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つづく
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