第18話 ブギーマン

 少し時間を置いて、千代が落ち着いた。


「千代、辛いこと話させたね、ホントにごめん。でもね千代、お陰でだいぶ分かったよ。この怪異のこと」

「え?私の話とか、RINGをやらないこととかで、分かるの?」

「ホントか?それに漆間、さっきから怪異怪異って、お前、何者なの?」

「うん、それはまた後でな、それよりも、この怪異のことだ」

 僕は、これまでのことをまとめてふたりに話した。


「まず幸なんだけど、最初にこの怪異にあったとき、幸は怪異の姿を見てなかったよね。そして友達にRINGで、千代には電話でこのことを伝えた。それからRINGで伝えた友達はみんな、この怪異に襲われて、その姿を見た。そしてみんな体調を崩している。幸以外みんな」

「うん、そうだ。でもそれは幸がそいつの姿を見ていないからじゃないのか?」

「ああ、見てないんだよ、幸は。でさ、千代さ、怪異を見た子たち、そいつの姿はどうだって言ってた?」

「え?だから、白いシャツで、赤いスカート、ソックスも白で、おかっぱで、顔はまっくろ、手には真っ赤な手袋をしてて・・」

「だよね、で、幸はなんて言ってた?」

「う~んっと、身長が2mもあって、手足が血に濡れてるって・・あれ?」

「うん、みんな手には赤い手袋、そして白いソックスって言ってるのに、幸は手足が血に濡れてるって、幸は見てないはずなんだよ?おかしいでしょ?」

「う、うん、みんな白いソックスって言ってるのに、足が赤いって言ってるの幸だけだ。あと赤い手袋をはめてるように見えるのに、それが血だって」


 千代がそう話して、首を傾げる。僕は千代を見ながら話を続けた。


「それとね、幸さ、その怪異の姿を、私はすっごく怖い。みんなも怖がったでしょ?って言ったんだ。まるで自分が作ったイメージをみんなが怖がったみたいに」

「でもそんなんじゃさ、幸がどうとか言えないんじゃないか?」

「そうだよね、太斗。きっと幸も気付いてないんだ。いいか?ふたりとも、幸はね、怪異に取り憑かれてるよ?」

「ま、まさか!漆間そんなこと言ったって、誰が信じてくれる?」

 太斗が声を上げ、すぐに口に手を当てる。そして少し声を落とした。

「じゃ、最初に幸がその、怪異に襲われたとき、ホントは逃げ切れてなくて、取り憑かれていた、ってこと?」


「ああ、そのとおりだ。赤城」


 僕たちの座るテーブルに近づいてきた男性が、よく通る声で言った。

「あ、監督・・・」

 剣道部の監督、安座真雄心だった。

「どうしてここに、監督が?」

「太斗、僕が安座真さんを呼んだんだよ。僕の話だけじゃ、もう難しいと思って」


 安座真さんは空いている席に座り、僕の話を引き継いだ。


「ん、幸が取り憑かれてるっていうのは間違いないな。私もこの前から幸に話を聞いていたんだが、ずいぶん巧妙に隠れているようだ。だが・・」

「はい、安座真さん、幸の霊気の色、そして形、おかしいですよね」

「ああ、話の端々で出てくるんだが、あれは・・」

「霊気の形が歪に削がれているように見えました。そしてちょっとした隙に、霊気の色が変わる。幸の霊気は桜色に近い白、でもそこに・・」

「真っ赤な気が混ざる。まるで出血したように」

「はい」


「あ!あの!安座真さんと漆間って、なんのこと話してるんですか?霊気?形とか色って、それが幸になんの関係があるんです?」

 太斗が話に割って入る。

 千代は黙って僕たちを見ている。


「うん、これはもう、お前たちにも言わなきゃならないようだね。私と漆間は、人の持つ気、霊気と言っていい。それがな、見えるんだよ」

「太斗、こんなこと聞いても信じられないだろ?でも安座真さんと僕は、そういう人間なんだ。シャーマンとか、巫女とか、ユタとかいう種類の人間」


太斗は絶句した。


「じゃ、漆間、今日までのこと、私にちゃんと教えてくれないか?」

 そこから僕は、幸と怪異のこと、RINGで繋がった友達のこと、そして今日、幸が言ったことを安座真に話した。

 そして次に、僕が考える怪異の正体について、話すことにした。


「この怪異の鍵は、スマホだと思うんです。最初に幸はRINGの着信で足を止めた。そこが女子トイレだったから、幸はトイレの中に何かいると思った。でも、怪異はスマホの中、幸の手の中にいたんです。そして幸は取り憑かれて、走って逃げたっていう記憶を植え付けられた」

 安座真さんは頷きながら聞いている。

「そして幸は、RINGで友達にこの怪異を繋いでいます。そして怪異を繋がれた子たちは、ひとりの時を狙われて、怪異のイメージを見せられた。そのイメージは元々、幸が怖れている“大人の花子さん”のイメージです。だから幸は、みんなも怖がったでしょ?なんて言った」

「スマホから取り憑かれたってこと?でもそれで、なんでみんな調子悪くなるわけ?」

 太斗が口を挟んできた。

「うん、それはね、多分みんな、ほとんどの気を吸われてるんだと思う」

「ああ、漆間の言うとおり、私はその子たちにも会ってきたが、みんなほとんど気が残ってなかった。それでな、これは本物の怪異だって確信したんだよ。ただ正体が分からなくってな、普通学校には、怪異は入って来ないから」

「え!そうなんですか?学校ってその、お化けとか妖怪とかたくさん集まるんじゃ?」

「いや、赤城、それは思い込みだ。学校はお前のような元気なヤツが多いだろ?だから普通の怪異、まぁお化けでも妖怪でもいいか、そういうのは入って来れない、ちょっとした結界みたいなものなんだよ」

「うん、だからスマホなんだと思うんです。スマホが繋がって力を強める怪異、それが狙うのは、今、安座真さんも言った、元気な人間の霊気」

「それが、そんなヤツが幸の中にいるって言うの?」

「そう、太斗、でもこれから言うことをちゃんと聞いてな?こっからが本番なんだ」

 太斗が黙って、そして大きく頷いた。

「コイツの狙いは、千代だ」

 太斗の目が大きく見開いた。


 千代は女子の中でも飛び抜けて大きい霊気を持っている。しかも、まぶしいほどに輝く真っ白な霊気だ。スマホに巣くう怪異は、当然千代の霊気を狙っただろう。だけど、千代はRINGをしない。だから次に狙われたのは幸だ。千代の親友というだけじゃなく、幸も大きな霊気を持っているからだ。それに、日々精神を鍛えている剣道部の女子選手は大概の女子より霊気が大きい。幸の友達から大きな霊気を集めることもできる。


 この怪異は、最初はそれこそちっぽけな存在だったろう。でも、SNSの中でやり取りされる情報は、恨みや、妬みや、それこそ自ら命を絶ってしまった子供たちの怨念という負の感情が溢れている。こいつはその感情を餌にして、ネットの中で育ってしまった。そして長い年月の後、人を通じて現世に影響を与えるほどの怪異になったんだ。


 そして今回、こいつは幸の持つイメージを利用して“大人の花子さん”という怪異を作りだし、RINGで繋がった子たちを襲った。でも本体は今、幸の中にいる。


 だが、こいつは千代を諦めていない。その証拠に。

 僕は改めて、千代の目を見た。千代は黙っている。


「おまえ、さっきから千代の目を使って、何を見てるんだ?」

 千代がハッとして頭を振り、僕の目を見返した。

「うるま!私、なんだろ?ぼ~っとしてたけど、みんなの事を見てるような聞いてるような・・・」

「うん、もう大丈夫。千代の気にね、混ざり物があるのは分かってたんだ。幸が千代に電話で話したろ?そのときね、少しだけ千代に瘴気を植え付けたみたい」

「どうしてそんなことを」

 千代の疑問に答えるのは簡単だった。

「ヤツが千代の隙を伺ってるのさ、すぐ襲えるように」


 千代と太斗は固まってしまった。


「うん、よく分かった!怪異の正体はネットで育った子供たちの負の感情か。それがたくさんの、きっと何千何万という子供たちの霊気を集めて、都市伝説の姿で実体化している。そういうヤツ、アメリカにもいるんだ。なんて呼ばれてるか知ってるか?」

 僕たちは、安座真さんの言うアメリカの怪異のことが分からず、黙ってしまった。


「それな、ブギーマンって、いうんだよ」


 ブギーマン、アメリカの子供たちが長年語り継いだイマジネーションから産まれた怪異。

 子供部屋の奥に潜み、暗闇から子供を狙う、悪意の存在。


 ブギーマンは時を越え、時代を越えて様々に姿を変える。そして今も語り継がれ、成長している。


 ネットに生じ、子供たちの負の心を糧に、長い時間を掛けて成長した現代の怪異。それはまさに、ブギーマンだ。

 それが今、幸の中に、ともだちの中にいる。


 行かなきゃ、助けに!


 僕たちは顔を見合わせた。



つづく

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