第10話 赤城太斗(あかぎたいと)
「おはようございます!!」
剣道部の部室に入った
全員が漆間を見て、少し複雑な表情を見せる。
微笑んで会釈してくれる3年生。あからさまに鋭い視線を送ってくる2年生。素知らぬ顔を決め込む1年生。反応は様々だ。
漆間は卓球部からこの剣道部に引き抜かれた。引き抜いたのは剣道部の監督、
剣道部は常に県大会上位、全国大会出場を毎年のように争う強豪校。全国制覇も一度や二度ではない。そんな強豪校の監督が、わざわざ卓球部から引き抜いたのだ。
2年生が1年生に話し掛けている。
「赤城、お前さ、あいつのこと知ってるか?」
「あ~はい、知ってます。クラスは違うけど、”まきょう”って珍しい名前だし、卓球部の1年では一番強いかも」
「へぇ、じゃあ安座真さんが連れてくるくらいだから、剣道も強いんだな?」
「いや、剣道のことは聞いたことないです。でも、きっと強いんでしょうね、じゃなきゃ・・」
卓球部から剣道部に引き抜き、と言えば、小中と剣道をやってて全国でも有名な少年剣士だった、とか、どこかの道場の師範の息子で、道場きっての有望株だった、とかいうものだろう。だが、漆間は違っていた。
漆間に剣道の経験はない。まったくの素人だった。
ガラッ!
その時、部室の引き戸が開き、監督の安座真が入ってきた。
「はい、みんな!練習の前にちょっといいか?」
「はい!」
全員が声を揃えて返事する。
「みんな真鏡のことは聞いていると思う。私が卓球部から引き抜いたんだ。卓球部の監督からはずいぶん言われたがな、真鏡が剣道部に行くと言ってくれたから、ここにいるわけだ」
あの安座真監督がそれほどまでに欲しい選手とはどれほど強いのか?部員たちの興味がそそられる。
「でだ!真鏡はな、剣道経験ゼロなんだよ」
「・・・は?ゼロ?」
赤城の口からつい声が漏れた。あっ!という表情で口に手を当て、周りを見回す。全員が赤城と同じような表情だった。
「お!赤城!ビックリしただろ?真鏡はな、道着の着方も防具の付け方も、竹刀の持ち方も分からない素人だ。でだ赤城、真鏡の指導係をやってくれないか?」
「僕、ですか?」
赤城がつい声を出してしまったからか、それとも最初から決めていたのか、安座真は赤城を漆間の指導係に指名した。
「ああ!私はお前が適任だと思う!赤城、頼めるか?」
「ん~、はい!分かりました!」
礼を重んずる武道の中でも、特に剣道は人間性が鍛えられる。しかも竹刀という枝ものを持つため、戦う姿勢にはその人の性格も強く出る。赤城はその礼儀正しい振る舞いや、外連味けれんみのない戦い方からも皆の信頼を得ていた。
「じゃ真鏡!赤城が今日からお前を指導してくれる。なんでも頼りにしていいぞ!」
「ああ、なんでも俺に聞いてくれ!真鏡!よろしくな!」
「はい、よろしくお願いします!赤城君!」
赤城が真鏡の指導係、それだけで他の部員たちは、もう真鏡漆間に何も言えなかった。安座真の狙いは、そこにもあったようだ。
にこにこと笑いながら赤城が漆間に近づいてくる。そして肩をポンポンっと叩いて言った。
「敬語なんかいらないよ。もう俺、漆間って呼ぶからさ、俺のことも太斗って呼んでよ」
「ああ、太斗!よろしくな!」
いい奴だな、漆間にもそれがすぐに分かった。
赤城太斗の気の色は、透明感が美しい青色だった。
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・
僕は小学1年まで沖縄に住んでいた。そしてその夏、僕と母さんは東京に移り住んだんだ。でも、その母さんは僕の本当の母親じゃない。本当は小学1年の時の担任だ。
僕の本当の母親は、僕を狙う怪異との闘いで命を落とした。そのとき僕を守ってくれた担任、真鏡優梨先生が僕を引き取って、本当の子供のように育ててくれた。
でもこのことは、小学1年からずっと、ずっと忘れていた。
本当の母親の存在も、怪異との戦いも、優梨先生が僕を引き取ってくれたことも。
僕が覚えていたのは、”
そして僕は、高校生になった。
中学から卓球部に入っていた僕は、千葉の高校に進学した。スポーツ校で卓球部も強かったが、それにこだわったわけじゃない。文武両道を掲げる校風に惹かれるところがあったからだ。そして当たり前のように卓球部に入った僕を、剣道部の監督の安座真さんが引き抜いたんだ。
あの夏の夕方、教室で聞いた安座真さんの話、そして見せてくれたもの。
僕はそのとき、はっきりと思い出した。
今の母、
僕の力を気付かせて、引き出してくれたのも、安座真さんだ。
僕はこの力を、もっともっと強くする。
そのために剣道部に来たんだ。安座真さんに鍛えてもらうために。
鍛えてもらうのは、剣道じゃない。
僕の、霊力だ。
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・
つづく
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