第11話 うるまたちの初陣 ②

 僕が剣道部に入って、3ヶ月が過ぎていた。


「漆間、そろそろやってみるか?試合稽古」


 安座真監督に僕を託されたとは言え、赤城太斗はこの3ヶ月間、初歩の初歩から剣道を教えてくれた。自分の稽古もあるのに初心者の僕に付きっきりだ。それでも太斗の力は1年生の中で抜きん出ていた。元々強いこともあるが、きっと見えないところでも努力しているんだろう。


「うん!太斗、頼む!!」


 これまで剣道のイロハから教えてもらい、素振り、打ち込み、掛かり稽古と進んできた。試合稽古はそのまとめのようなもの。これをまともに出来るなら、僕は独り立ちということになる。太斗の指導係も終わりだ。


 つまりこの試合稽古は、太斗から僕への、卒業試験。


「漆間、あんまり気負わなくていいからな、お前スジがいいからさ、いつも通り打ち込んでくればいいから」


 太斗の言うことはお世辞ではなかった。打ち込み稽古や掛かり稽古では、その太刀筋や踏み込み、それらのセンスのようなものが分かるらしい。太斗と僕ほど実力差があれば尚更だ。そして太斗はいつも“おまえセンスある!”と言ってくれていた。

 審判は2年生の先輩にお願いした。


「はじめ!」

 合図と共に太斗が僕の間合いに入ってくる。歩数は最小限、無駄な動きはない。

「ッタァーーーーッ!」

 太斗が気合いと共に竹刀を振り上げる、面を狙うと見せ、太刀筋を変えて胴に来る。僕にはそれが、手に取るように分かった。

 太斗が動けば、影のように気が動く。気は白い人型に見える。影と違うのは、気は“太斗が動く前”に動くんだ。

 だから僕は、太斗の竹刀を簡単に避ける。わけではない。


 僕は素人なんだ。いくら太斗の太刀筋を読めるとはいえ、鋭い太斗の剣を避けるのは難しい。胴に入る竹刀は、間一髪で一本を逃れた。

 後ろに下がる僕を太斗の気が追う。正面からと見せかけ、半歩左に踏み込んで更に間を詰めてくる。その気の動きから一瞬遅れて太斗が動く。僕はそれをなんとか避け、間合いを開けて構えを直す。

 僕に合わせ、太斗も止まって構えを直した。面の中に見える太斗の口元は、少し微笑んでいる。


 よし、次は僕の番、だけど、素人の僕に出来るのは、まっすぐ面を打ち込むことだけだ。

 気合いを込めて足を踏み出す。間合いが詰まる。太斗は動かない、だけど、太斗の気がズッと左に動いた。僕はその気に向かって面を打ち込む。次の瞬間、太斗はまさに、そこに動いてきた。

 太斗は目を見開いている。

「キィエェーーーーイッ」

 渾身の一撃、しかし、太斗は首をわずかに捻って面を避けた。

「ヒュッ!」

 太斗の口から空気を裂く音が漏れる。僕の竹刀を鍔で受けた太斗は、そのまま勢いを受け流して自分の竹刀を振り上げる。それを避けるため僕は後ろに下がって構えを整える。だが、太斗は更に踏み込んで僕の隙に打ち込んでくる。


 太斗の動きは全て読めた。気が先に動くからだ。だがやはり太斗の剣は速い、避けきれない。だがその打ち込みは浅くなり、辛うじて一本を逃れた。


 数度の競り合いの後、太斗が動いた。

 “右!”

 太斗の気ははっきりと右に動いた。

 “そこ!!”

 僕はその気に向かって面を放った。

「トォアァーーーーー!!」

 だが、太斗の気はスッと消え、太斗自身も動いていなかった。僕の竹刀は太斗の右を通り過ぎる。

「ゥリィアアーーーッ!!」

 太斗がわずか一歩踏み込んで、僕の胴を切り裂いた。体がふたつになった、と思った。太斗の一撃は、胴だけじゃない、僕の霊気をも切り裂いたんだ。


「いっぽん!!!」


 審判の声が響いた。


 僕は床に四つん這いで、はぁはぁと上がる息を整えた。ほとんど息をするのを忘れていたようだ。汗が目に入って痛い。


「漆間、ほら」

 太斗が僕に手を差し伸べてきた。僕はその手を取って立ち上がり、礼をして試合稽古を終えた。


「真鏡、お前ホントに初心者、だよなぁ」

 僕に声を掛けてきたのは、審判をしてくれた2年生だった。いつの間にか、僕たちの試合稽古は皆の注目を集めていたらしい。

 その中には、女子部員たちもいた。


「おい、あいつ、赤城の動きに付いていったぞ?」

「まじ?あれで剣道歴3ヶ月って?嘘でしょ」

「太刀筋とか足の運びとかメチャクチャなんだけど、なのになんか・・・」


「・・・スジがいい」


 幾人かが僕のことを言っている。太斗のことも、手を抜き過ぎじゃないか?とか言っているようだ。それはそうだろう、1年の部員で一番、部全体でもかなりの実力を持っている太斗と素人同然の僕なんだ。太斗が手加減するのは当たり前のことだ。

 僕のところに、太斗が近づいてきた。


「お前に教えることは、もう何も無い」

 映画に出てくるなにかのお師匠様のようなことを言う太斗の顔は、満面の笑みだ。

「て言うか漆間さ、俺、けっこう危なかったぞ?何あれ、何回もあったんだけど、お前、俺が動くとこ分かるの?」

「いや、そんなことは、ないよ」

「まぁそうだよなぁ~、でもさ、相手の動きとかで先読みするってのはあるんだよ。それは、そうだな、センスがいい!ってことだな」


 太斗は僕のことを褒めて喜んでくれた。まるで自分のことのように。きっと太斗は良い指導者になるだろうな。


「とにかく!もう明日から、いや今日から!オレはもう漆間を教えない。で、一緒にやろう!稽古」

「ああ!今日までありがとな、太斗!」


 ああ、本当にいい奴だ。

 剣道で目指す目標は、太斗だな。




つづく

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