第7話 ふたりの母 ③
「優梨先生!おはようございます!」
ボクは大好きな優梨先生を見つけて、元気いっぱいあいさつした。ボクの隣でひまちゃんもおはようって言ってる。元気になって良かった!
でも・・あれ?
給食を食べて、もう帰る時間になった。
ボクは廊下で優梨先生に会ったから、朝のことを話そうと思ったんだ。
「優梨先生、ひまちゃんのこと、ちゃんと見える?」
「え?見えるよ?ちゃんと?うん、見える」
優梨先生は目をキョロキョロしてる。ボク、なにか変なこと言ったかな?
「ホント?優梨先生、ひまちゃんがちゃんと見える?」
「うん、見える。うるまくん、ちゃんと見えるって、どういうこと?」
「あのね、ひまちゃんね、体が透けて見えるよ?」
「え!?透けて見える?透明人間、ってこと?」
「うん!透明人間?かなぁ。ひまちゃんの向こう側が見えてるの」
優梨先生はますますキョロキョロしている。そして手をポケットに突っ込んで、電話を持った。
「うるまくん、今から帰るよね、先生、おかあさんに連絡するから、ちょっと一緒に待っておこうね」
優梨先生は慌てて電話を掛けている。あ、話し出した。おかあさんと話してるんだな。
「ねぇ優梨先生、おかあさんに言って。ひまちゃんも透けてるけど、ほら、あの子も、あの子も透けてるよ」
ボクは辺りを見渡して、ひまちゃんとおんなじ透けてる子を指差したんだ。優梨先生はその子たちを見て、小さい声で言ったよ。
「10人、以上?」
優梨先生はボクの手を引き寄せて、しゃがんでボクを抱きしめてくれた。
電話口からかあさんの声が聞こえた。
「優梨先生!すぐ行くから!うるまをよろしくお願いします!!」
かあさんが迎えに来てくれるんだ。そう思ったらボクはとっても嬉しくなって、先生もボクを抱きしめてくれてるから、それも嬉しくて、ちょっと眠くなっちゃった。
ちょっとだけ、寝ようかな。
・
・
「うるまくん、眠くなっちゃった?」
うるま君は私の腕の中で体重を預けてくれている。私は子供が大好き。この重さも心地いい。私を丸ごと信頼してくれているんだ。
私はうるま君のお母さんにもう一度電話を繋ぎ、うるま君の様子を報告した。それと、さっきのことも話しておかなきゃ。
「おかあさん、うるま君、話すだけ話して寝ちゃいました」
「ホント?すみません。でもうるまは本当に優梨先生が大好きみたい」
うるま君のお母さんはもうこちらに向かっているようだ。お母さんが働いている職場は学校にも自宅にも近い。きっとうるま君のためにそうしているんだろう。
「それで、先ほどの話なんですが」
「子供たちの体が透けてる、ってことですね?」
「はい、私も全員のことは分からないんですけど、何人かは知ってる子たちだったんです。それで、その子たちに共通点があって」
「共通点?」
「はい、実は・・」
その子たちの共通点。それは、入学式からこの1ヶ月と少しの間に、全員が学校で体調不良になっているのだ。
原因は様々、朝礼で倒れる、体育で転ぶ、友達と喧嘩する、など。
その後、全員が保健室に行っていた。そして保健室から帰ると、全員が元気になっている。
うるま君は、その子たちの体が「透けている」と言う。
「おかあさん、今うるま君は眠ってしまっています。おかあさんが来るまで保健室で寝かせようかと思って近くに来ているんですが、そのことが気になって」
電話口でうるま君のお母さんが言う。
「優梨先生!うるまを起こしてください!あの子には私が・・いえ、何かあれば分かるので、すぐに!私ももうすぐ着きますから!」
「分かりました、ではお待ちしています」
私はお母さんの言うとおり、うるま君を優しく起こした。
「うるまくん、うるまくん、起きて。目を覚まして。おかあさんがもうすぐ来るってよ?」
「うん、優梨先生?」
うるま君は目をこすりながら私を見上げ、そして私の背後に目をやった。その目は私ではないものを見つめているようだ。
その瞬間、私はその場の空気が凍り付くのを感じた。冷たい空気の壁を突き抜けたような感覚。そして感じる違和感。
低学年はもう帰る時間とはいえ、小学校には高学年もいる。先生たちもたくさんだ。なのに・・
「静かだわ。ううん、なんの物音もしない。誰も、いない?」
見回すと私とうるま君だけ、廊下に取り残されたように感じた。心なしか廊下の光量が減り、うす暗くも感じられる。
ふと、うるま君が私の手を引くのを感じた。
「優梨先生、あそこ、あそこにみんながいるみたいだよ?」
「みんな?みんなって、あのみんな?」
うるま君が指差す先、そこは保健室だった。
私は気持ちを集中してうるま君の指差す先を見つめる。なんだろう?そこには、子供たちに感じる生気のようなものを感じる。
-あそこに、うるま君が透けているという子たちの生気が、集まってる?
そのとき、腕の中にいたうるま君の表情が変わり、とっさに私の後ろに隠れた。
その目には涙が溜まっている。同時にその目は、一点を凝視している。
「せんせい、ゆうりせんせい、あれ、こわい」
-いけない!なにかいる!!
そう思ったとき、声ではないなにかが私の頭に響いた。
“なんだぁ、なんだぁおまえは、おまえいいちからもってんだなぁ”
“でもそれよりなぁ、そいつだ、すげぇなぁ、ほしいよぉ、そいつのちから、ほしいよぉ”
“おまえのうしろの、そいつな、よこせよぉ、よこせよぉ”
“じゃますんのならおまえ、死なす”
私の膝はがくがく震えている。声を出そうにも恐ろしくて出ない。なんなの?これは!私は後ろにいるうるま君に向き直り、しっかり胸に抱きしめた。
-この子は、この子だけは、私が守る!!
私の背中に、何かが覆い被さってくるのを感じた。
私の胸の中で、うるまくんが叫ぶ。
「おかあさん!おかあさん!!」
-大丈夫、うるまくん、私が守る。おかあさんが来るまで、待ってね。
私は無意識に、私の背中から覗く何かを殴りつけていた。
私の拳に、なにかがひしゃげる感覚が伝わる。
背中から手が伸びてくる。それを握りつぶす。
なにかが潰れる感覚が手のひらに伝わる。
そこには何もいない、はずなのに。
・
・
つづく
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