第6話 母さんの心配

 うるまが入学して1ヶ月、平和な日々が過ぎている。


 優梨先生はやっぱり良い先生。毎日うるまが持って帰る連絡ノートには、日々のうるまの様子が書かれている。

 綺麗な文字で綴られた優しい言葉。子供への愛情が溢れているわ。


「うるま、優梨先生のこと、好き?」

「うん!だ~いすき!!」

 満面の笑み。かわいいわ。でもこれは聞いておかなければ。

「おかあさんと優梨先生、どっちが好き?」

 ちょっといじわるな質問、うるまはなんて答えるかしら。

「えっとね、えっと~、えっとね」

「うんうん、どっちかな?」

「ひまちゃん!!」

「へ?ひまちゃん?」

「うん!ひまちゃんがね!今日病気になったんだよ?」


 どうやらうるまの頭の中で学校でのことを思い出す内に、幼なじみで同級生のひまりちゃんのことを思い出してしまったらしい。


-まぁいいわ、優梨先生、次は許さない。


 私は謎のライバル心を燃やしつつ、ひまちゃんの事を聞いた。

「ひまちゃん、病気になったの?おうちに帰ったの?」

「ううん、あのね、ひまちゃんとっても元気だったんだけど、給食に入ってたお肉が食べられなくって、ちょっと食べたら気持ち悪いって」

「うんうん、豚肉かな?ひまちゃん苦手だもんね、それで?」

「うん、で、先生が保健室に連れて行ったの。でも、その後帰ってきたら元気になってたんだよ?」

「へぇ、それは良かった。たくさん食べなかったから良かったのかな?」

「わかんない、でもね」

「でも?」

「ひまちゃん、帰りに校庭で倒れちゃったの。靴を履いて玄関出たらすぐ」

「えっ?倒れたの?」

「うん、それでね、先生たちが走ってきて、優梨先生も走ってきて、救急車!救急車!って」

「そっか、うるまは一緒だったんだ」

「うん、一緒に帰ろって言ってたから。でもね」

「またでも?なに?」

「僕ね、ひまちゃんが倒れるとき、見たの」

「なにを?何か見えたの?」


 嫌な予感がした。うるまが見たものって、もしかして。


「ひまちゃんね、両足に白いものがくっついてきて、ひまちゃん、それに倒されたんだよ?でね、その白いの、ひまちゃんの顔にくっついたんだ。そしたらひまちゃん、とっても苦しそうな顔になって」

「うるま!もういい、もういいのよ、それはもう忘れていい!」

 私は慌ててうるまの頭を胸に抱いた。


-いやな感じだ。明日、学校に行ってみなきゃ。


 私は職場に連絡し、仕事を休むと伝えた。



 翌日、私は小学校に出向き、優梨先生に断りを入れて保健室に向かった。

 聞けば、ひまちゃんは今日も登校しているという。だけどこれは病気ではない。私の中で疑念が沸いた。


-小学校っていう聖域に入り込める怪異、マジムンの中にもそうはいない。キジムナーは入るだろうが、あれは悪戯くらいでこんな悪さはしないし。いったいなにもの?


 私はそんなことを考えながら、保健室の扉をノックした。

「はい、どうぞお入りください」

 中から保険教諭の声が聞こえた。


 保険教諭は斉藤明美さいとうあけみと名乗った。年齢は40代前半といったところ。優しい表情と落ち着いた声。微笑みながら話す所作は、相手を安心させる。


「今日はお時間いただいてありがとうございます。それで早速なんですが、息子の幼なじみが倒れた件で、ちょっと気になって」

「ひまりちゃんですね。給食で少し気分が悪くなって来たんですけど、アレルギー反応は無くて、すぐ元気になったんですが、あんなことになって私も反省してるんです。念のため親御さんに連絡して早退させるべきだったと」


 斉藤先生の話にはなんの疑念も無い。ひまちゃんは肉が苦手だが、アレルギーとかではなく、単に嫌いなだけだ。それに倒れたのは病気ではない。その原因がここ、保健室にあるのではと思ったが、思い過ごしか。


「明美先生!」

 いきなり扉が開き、女の子がふたり、走り込んできた。

「あら、だめよ?入るときはちゃんとノックしないと。今お客様なんだから」

「でも明美先生、ゆみちゃんがね、ちょっと・・」

「うんうん、分かったから。すみませんおかあさん。ちょっと対応しなくっちゃ・・」

「あ、はい!こちらこそすみません。お仕事のお邪魔でした。それじゃ」


-明美先生!か。子供たちにずいぶん慕われてるのね。優しそうな先生だもんな。


 私は保健室を出ると、その足で校内、校庭とひととおり見て回ったが、取り立てて怪しいものはなかった。怪異がいるところには、少なからず瘴気だまりがあるはずだが。


-とりあえず明日から、うるまに掛ける結界を強くしておこう。


 家に帰る道すがら、私はそう考えていた。




つづく

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