第4話 封印の記憶 最終話
「これが私の話の全てだよ」
安座真さんの話は終わった。
その瞬間、僕はどこからか帰って来たような、不思議な感覚に襲われた。
安座真さんの話を聞いていたんじゃない。安座真さんと同じものを見て、感じた。そして今、帰ってきた。だから僕には、その猫たちのことが手に取るように分かったんだ。
猫は四匹だった。二匹は雌の三毛猫、もう一匹は雄の大きな白猫、そして最後は茶色い雄の子猫。
猫たちとその家族の安らぎに満ちた日々、幸せな会話。そしてそれが、壊れる瞬間。
猫たちの気持ち、安座真さんの気持ち、すべてが頭の中で渦を巻いた。そして僕にも、その猫たちがどこに行ったのかが、分かっていた。
気が付けば、僕は泣いていた。
涙は止めようにも止まらなかった。
「何が見えた?」
安座真さんは、泣いている僕の目をまっすぐ見つめながら聞いた。
僕はその質問に答えなかった。
「安座真さん、安座真さんはなんで僕にこんな、こんな話をしたんですか?」
「おお、そうだね、ごめんごめん」
安座真さんの目は急に優しくなり、ちょっと大げさに謝って、そしてこう言った。
「私は中学生の時、人の気を見る方法を教えてもらったんだ。比嘉さんに面を打たれたときにね」
安座真さんの言葉を切っ掛けにして、僕の頭の中に次々とその映像が流れ込んできた。そしてそれが意味することも、理解することができた。
剣道の実力者である比嘉さんが初心者の安座真さんに仕掛けた無茶な稽古、あれは剣道の稽古なんかじゃなかったんだ。
あれは、人の気を見るための稽古。
極限まで追い込んだ安座真さんに、比嘉さんは自分の気を切り離して見せた。比嘉さんの隣に見えた、白い人影がそうだ。
並外れた素質がなければ、きっとそれは見えないのだろう。
でも安座真さんはそれを実体として捉え、打ち込むことができたんだ。
そう理解した僕の顔を見ながら、安座真さんは満足そうに微笑んでいる。
「だから私はね、それから常に、人の気を実体として見ることができるんだ」
やっぱりそうか。言葉に出さず、僕は心の中でつぶやいた。
僕にはもう、安座真さんが次に何を言うのか分かっていた。
「だからね、私には君の気も見えてるのさ。それがどんな性質なのか、今の大きさや、本当はどれほどの能力を秘めているのかも、ね」
安座真さんも、僕の心の声を聞いている。
「でも、ただそれだけのことで、君のことを見てたわけじゃないぞ?」
安座真さんはひと呼吸置くと、こう言った。
「君はいつも、何かを探すような素振り、するよね?」
確かにそうだった。
初めてこの学校に来たとき、部活で体育館に入るとき、卓球の試合に臨むとき。
僕もその答えを探していたんだ。そこで何かを感じてしまう自分が、いったい何者なのかという、疑問の答えを。
「君の気は大きい。凄まじい力だ。私なんか比較にならないくらいにね。君も薄々それを感じていたんじゃないのかな?」
安座真さんの言葉を聞きながら、僕は昔のことを思い出していた。
・
・
小さい頃、僕は弱虫だった。
いつも母の胸で泣いている幼い僕に、母が掛けてくれた言葉。
「アンマークートゥ、アンマークートゥ、おかあさんのことだけ見ておきなさいよ、おかあさんが、すぐにいなくするからね」
母は左手で僕を抱きしめながら、右手で簡単な印を結び、前に突き出して“フッ”と息を吹いた。
その瞬間、母の体から白い気が立ちのぼり、あっという間に膨れ上がる。
僕はその気に包まれながら、母の右手の方向に目をやった。
そこには、母の気に包まれて今まさに消え去ろうとしている異形のものが見えた。
僕は目をしっかりと閉じた。
僕の耳に、母の言葉が響く。
「お前はね、おかあさんよりずっと強いのよ?そのうちきっと、目覚めるよ?」
「そうしたら、その力を・・・」
・
・
「・・くん」
「まきょうくん」
「
安座真さんが僕の名前を呼んでいる。
「真鏡くん、目覚めたか?」
「はい、安座真さん、はっきりと分かりました」
「そうか?本当か?なにが分かったんだ?」
「安座真さん、今喋ってる安座真さんって、安座真さんの“気”ですよね」
僕がそう言うと、目の前の安座真さんは「がはは」と笑って、ふわりと消えた。
「完全に目覚めたようだね、真鏡君」
安座真さんは、教室の入り口に立って僕を見つめている。
「安座真さん、僕」
「ん?なんだ?」
「剣道部で、お世話になろうと思います」
「ほんとか?そうか!歓迎するぞ!!真鏡!」
「はい!お願いします!!」
そうだ、これから僕は剣道部に入る。
この人に教えてもらうんだ、僕の力の使い方を。
そして僕が強くなったら。
あいつらに負けないほどの力を付けたら。
帰ろう。沖縄へ。
そして救うんだ。
おかあさんの、魂を。
逢魔が時に、出会うもの 封印の記憶 了
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