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 Lazarus16ラザロに与えられた次の試練は、古典的なゲームジャンル、2D対戦型格闘ゲームだった。ウチらの辺りではわりと流行っているゲームジャンルだと言える。……後進国特有の乏しい資源の中貧乏たれから、栄達に至るための材料を探せば、まず最初に出てくるのはスポーツだが、俺達みたいなオタクどもfucking nerds.にはエンジニアか、ハッカーか、プロゲーマーになる道ぐらいしか残されていない。この場所GH11443にしてみても、そもそもはそういうエンジニア・ハッカー・プロゲーマー崩れ社会不適合者の行き着く先みたいな、そういう要素が強くあった。

 そういう場所では、手っ取り早く上達できるような、初期投資の少ないものが盛り上がる。2D対戦型格闘ゲームもそういうジャンルの一つだった。FPSがPCスペックを求めるのに対し、2D対戦型格闘ゲームは対戦相手があればよい。熱帯オンライン対戦にしてみても光回線があればよく、第一それにしたって必須じゃない。重要なのは対戦ができる環境、もっと言えばその相手がどれだけの数いるか――である。

 ある時――パキスタンだったか?――でとある2D対戦型格闘ゲームのプレーヤーが、国際大会に出場するための様々な障壁を乗り越えて参加した先で驚異的な結果を残した末に……まるで先進国の色白オタクどもwhite pigs.をあざ笑うかのように、浅黒い肌のオタクwinnerはこう宣言してみせたのだ。

「俺の国には、俺よりも強い奴が何人もいる」

 ――と。

 まあ、パキスタンのそのゲーム周りが今どうなっているのかは定かではないが、国際的に孤立しつつある名目上の祖国トルコの、そのまた微妙な立ち位置に立たされ、独立運動PKKに参加するか、自らの民族的個性を押し殺す山岳トルコ人になるかの……まるで2D対戦型格闘ゲームみてえな択を迫られていた頃の俺にとってはじつに切実な逸話だったんだ。

 そんなもんだから俺もそこそこに2D対戦型格闘ゲームはやり込んだ。国際的に名が知られているタイトルを中心に、マネーマッチや賞金付き大会の多いタイトルに絞り、幾つか練習をしているタイトルがある。今回、Lazarus16新入りに投げつけられたタイトルは、伝統的かつ保守的なタイトル、『グランドファイター20XX』だった。――日本人が好き好むゲームの最新作。そもそものゲームが2D対戦型格闘ゲームの基本的な型を生み出した伝説的なタイトルではあるが、2D対戦型格闘ゲームが増えた現代では、数ある候補のうちの一つでしかない。その長きに渡る伝統故に開き直ったシステムを搭載することもあり、このタイトルもまたeスポーツとしての側面を強調するために非常にミニマルなシステムを採用しており、中々アツい。

 相手になるのは、この場所で格闘ゲーム以外に能が無い劣位の奴。とは言えコイツは能無しというわけでもない。特化しているぶん厄介で、キャラ対策はバッチリ出来ている。俺もそれなりにこのタイトルをやり込んではいるが、実際に対戦となれば土をつけられかねない相手だった。

 勿論、そいつ自身やる気満々だ。格ゲーしか能が無いぶん、追い詰められている。despair turns cowards courageous絶望が臆病者を勇敢にするという奴だ。相手としては侮れる感じじゃあない。

 Lazarus16スーパールーキーはチャットルームでこう発言する。

<私、まだコントローラーを持っていません。誰かスティックを貸してくれませんか?>

 俺は言う。

<ボタン式で良ければあるが>

<ボタン式は駄目なんですよ>

<贅沢言いやがる>

<んじゃ俺が貸そうか>

 そう言い出したのはレトロゲームオタクのLuther218ルターだった。

<流石懐古主義者nostalgist。レトロな機器ガジェットならお任せってか>

<そういうわけじゃない>

<じゃ、どういうわけよ>

<どうでもいいだろ>

<Lazarus16、お前の座標は?>

<Square265ですよ>

<んじゃ発送手続きしとくわ。明日には届くだろ>

<おお、ありがとう! 助かります!>

<それほどでも>

 俺はこの時、一つの違和感を覚えた。

 Luther218nostalgist。こいつはそんなにフレンドリーな奴じゃあない。寧ろ人見知りで、新入りには人一倍厳しい方だ。自分の専門知識に誇りを持つ反面、それ以外に何か際立ったスキルを持つわけでもないから、新人を見ると潰したくてしょうがない。……そういう奴が、なぜLazarus16新たなる脅威に世話を焼くのか?

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