愛する者を喪わない為に、《愛さない》という選択肢を採らざるを得ないのですよ

「単刀直入に申し上げますと……

 小生に性的な接触を試みた者は、何者であれ命を落とし、そのまま魂魄迄も完全に消滅してしまうので御座います」

「なんだと……」


 ガルムの口から告げられた彼の背負う『宿命』……その実態はエストリエにとって実に衝撃的かつ何とも理解困難な代物でありました。


「一体どういうことだ。まるで理解が追い付かんぞ……」

「無理も御座いません。小生も王位継承と前後して知る羽目になりましたのでな」

「比較的最近ではないか……して、一体どういうことだ? 交わろうとした相手が死ぬなどと……

 例えば、触れた相手を死に至らしめる猛毒を纏う皮膚やら、性交の果てに相手を殺す社会不適合者の愚物などの話はそれなりに聞かんでもない。

 雌夢魔サキュバス雄夢魔インキュバスの中には身を重ねた獲物の精気を吸い尽くし命を奪うことを美徳として推奨する派閥も過去にはあった。

 だが貴殿はその何れにも当て嵌まるまい。一体何故そのようなことに……」

「生体兵器としての機能と、帝国による強化措置の産物に御座います。

 より厳密には、性的行為に限らず洗脳や誘惑、及びそれらに関し類すると見做される行為全般ですが……

 ともあれ小生は"そのような行為"を受けるとある種の暴走状態に陥ってしまいましてな。平素では考えられぬ程の精密かつ的確な動作でその発生源を破壊・殺害してしまうのですよ。

 加えてその際には内に秘めし四騎士の各特性が状況に応じて最大限発揮されますので……」

「成る程、ヨルムンガンドの魂魄死毒やヘルの霊魂掌握さえ発動してしまうなら、事実魂魄さえも完全に消し去ってしまえるわけか」

「加えて暴走中はスレイプニルの確定回避とフェンリルの決殺反撃が常時最大出力で延々と発動し続ける為、小生そのものを止めることさえも不可能……

 更に補足させて頂きますと、暴走の引き金となるのは洗脳や誘惑、及びそれらに関し類すると見做されるあらゆる行為ですが……開発自体が初の試みであったが故か、性行為の類いはほぼ全般が誘惑の類と見做されてしまいますので……」

「貴殿との性行為に及ぼうとしたり、或いは最悪そのような意思を見せただけでも即時処刑、か」

「……はい。互いの信頼関係や心身の相性によってある程度抑制はされるらしいのですが、完全な無効化には至っておらず……」


 ガルムの口ぶりと表情から、エストリエは彼の悲惨な過去――今に至る迄複数回、抱こうとした相手を図らずも殺してしまった――を気取りました。

 重婚や不貞と無縁乍ら、それでいて性欲旺盛……ただ一人の伴侶を貪欲かつ誠実に愛し続ける狼獣人にあって、愛すべき伴侶を意に反し自ら手に掛けてしまうとは、何とも耐え難い悲劇に他なりません。


(二の轍を踏まぬ為に、か……)


 愛したならば、欲さずには居られない。

 欲したならば、交わらずには居られない。

 そして……


 例えその相手が、敬愛する偉大な為政者であろうと、唯一無二の親友であろうと、絶対的な不死性を誇る吸血鬼ノスフェラトゥであろうと、彼の内に流れる生体兵器殺戮者機能遺伝子は区別なく、淡々と黙々と、乍ら殺生それを実行するので御座います。


(実に無慈悲。余りにも無情。……然して、為ればこそ"燃える"というものよ)


 けれども、エストリエは尚もガルムとの結婚を諦めるつもりはありませんでした。

 それどころか、彼の背負う"愛する者を殺してしまう宿命"を如何にして乗り越えるべきか、その攻略法について密かに模索し始めてすら居たのです。


(――矢張り、ここは我が一族らしいアプローチを仕掛けるのが得策であろうな。

 無論互いの生命をも脅かしかねん大博打故、計画は綿密かつ慎重に進めねばならんが――

「へっ、陛下ぁぁ!」「ガルム陛下ぁぁぁぁぁ!」


エストリエが密かに策を練り上げようと決意したその刹那……

 執務室の扉を突き破らんばかりに姿を現したのは、鎧に身を包んだ厳つい虎獣人ウェアタイガーの大女と、より大柄な軍服姿の鮫魚人シャーカンの巨漢からなる二人組でした。

 それぞれ虎獣人の女はマフート、鮫魚人の男はフォルネウスという名で、共にロムレムスの軍部で将官を務めておりました。


「おや、お二人共お揃いで……一体何事ですか」

「やぁ、マフート騎士団長にフォルネウス艦長。お邪魔させて貰ってるよ」

「ぎニャっ!? え、エストリエ女王陛下っ……!」

「オイ止さねえかマフートっ! ご本人の前で露骨にビビった態度なんて見せんじゃねぇ!」


 自身を目にした途端表情を強張らせる軍人二人の姿を見たエストリエは『ロムレムスの民衆が自身を恐れている』事実を改めて再認識させられました。


「すみませんねエストリエ女王陛下ァ。こいつ非常時で気が動転しちまってまして」

「申し訳御座いません、女王陛下っ!」

「何、気にするでないよ。諸君らの反応も結局は我の自業自得故にな。

 それより諸君らは何やらこちらのガルム王に伝達せねばならぬことがあるのではないかね?」

「はっ! そ、そうでしたっ! 実は陛下にお伝えしなきゃならないことがっ!」

「我が国へそこそこの危機が迫ってやがります! 早急に対処の方を!」

「焦らなくても大丈夫です。落ち着いて説明して頂けますかな」


 ガルムに諫められるまま、騎士団長マフートと艦長フォルネウスは説明を始めます。


「……単刀直入に申し上げます。

 つい先刻、我が国上空へ突如として魔物の集団が出現しましたッ!」

「過去の記録と照合した結果、何れも我が国とその同盟国に敵対する名だたる犯罪集団の構成員どもであると判明しましてッ!

 確認された集団は凡そ十七!

 中でもコエルフライド・ポテト推進拒食症撲滅委員会、絶倫無双マーラ真理教、無垢なる線路ロリータ・トレインズ、鹿議会ノコシタンタンの四集団が中心のようですッ!」

「なんだと……!」


 二人からの報告を受け、ガルムは頭を抱えました。

 フォルネウスの口から言及されたのは、何れも嘗て諸方で悪逆非道の限りを尽くし甚大な被害を出した魔物の悪党たちだったのです。


「全く……莫大な予算を投じ、国際条約の穴という穴を突いて"向こう五百年はろくに動けぬ"程に叩きのめしたにも関わらず、よもや二十年弱で盛り返すとは……」

「害悪ほど早く持ち直すのが世の常とは言えど、余りに異常な速度だな。

 宛ら庭の雑草や風呂場のカビ、厨房の小蝿が如きしぶとさよ。

 全く、その力を公益の為に用いればどれ程の問題が解決することか……。

 意見や要望が在るならば公の場で正規に訴えを起こす術など幾らでも拵えておるし、

 諸々の精度を用いれば認可外の徒党を組み悪事を働くより余程安上がりかつ効率的であると、

 理解できんあれらでは無かろうに」


 悪党らの呆れた有り様に、ガルムに乗じる形でエストリエも苦言を呈します。

 然し乍らこの時、エストリエは同時にあることを閃いても居たのです。


(ふむ……然しこの状況、使えるやもしれんな)


 果たして彼女の閃きとは何なのでありましょうか。

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なぜだガルム!?〜天才美人吸血鬼女王、大親友で実質両想いな同盟国の王(イケメン狼男)に求婚するも何故か断られる〜 バーチャル害獣“蠱毒成長中” @KDK5109

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