愛する者と『共に生きたい』と願うのは至極当然であろう


「エストリエ女王陛下……

 小生は貴女様を、遠からず殺め、消し去ってしまう宿命を背わされているので御座います……」


「……なに?」


 ガルムの発した衝撃の言葉に、思わず唖然とするエストリエ……

 果たして彼が求婚を拒む第三の理由、即ち人狼の王が背負う恐るべき宿命の正体とは、一体如何なる代物なので御座いましょうか。


「そも、陛下は小生の来歴や魔物ひととなりをよくご存じであらせられますね?」

「ん、どうしたのだ唐突に。勿論知っておるさ。無二の親友にして、伴侶つがいに選んだ男のことだ。隅々まで知り尽くしているとも。

 ……無論、公式に記録された内容と、貴殿自身に聞かせて貰った内容に限るがな」

「であれば、試しに説明して頂けますかな」

「ふむ、どうにも意図が分からんが……好かろう。

 ――ロムレムス王国が第百三十代国王"隠牙央褒いんがおうほうなる賢狼王けんろうおう"ガルム。

 古の時代、当時世界を事実上支配していたアースガルズ帝国が指導者たる神性カミ"隻眼賢者"オーディン八世自ら主導した"フレキ・ゲリ計画"により誕生させられ、実践投入されぬまま処分されてしまった"魔物型生体兵器群"唯一の生き残り……」


 読者の皆様としましては困惑せずに居られないかもしれませんが、エストリエの口から語られるは紛れもない事実であり、何でしたら各地に暮らす"幾らか歴史考古学に造詣の深い者"であれば大抵誰でも知っている程度の情報に御座います。


「その後は暫く傭兵として生計を立て乍ら傭兵団『グリパヘリル』を結成。世界各地の戦場で暗躍する内にロムレムス王国へ辿り着き、戦乱の渦中にあった同国を救済。

 王室直々の推薦を受けて王位を継承し、その後紆余曲折を経て今に至る……といった所であろう?」

「丁寧にご説明頂き感謝申し上げます。如何にも小生は生きた軍事兵器、脊髄に骨肉を纏わせ血を注ぎ神経を巡らせた殺しの道具に御座います。

 そしてまた、傭兵と言えば聞こえはいでしょうが、概ねやり口は陰に潜み手段を択ばず標的を屠る殺し屋のそれに他ならず……如何に輝かしく活躍し、賢王や名君と称えられようとも、小生の生まれと本質が殺しの為に生み出された軍事兵器であり、嘗てその性質に甘んじて生きていた事実は永劫消えず揺るがぬ事実なのです」

「さりとて貴殿は『卑しい血筋の己は高貴な王の伴侶に不釣り合い』……などとは、当然言わんのだろう?」

「無論です。概ね魔物にとってそれらが些事たるは他ならぬ小生自身よく理解しておりますのでね」

「であれば……ふむ、件の『宿命』とやらによるものか。確かにフレキ・ゲリ計画の結果世に生を受けた生体兵器群は、その何れも計画を主導していたオーディン八世自身が恐れをなし実戦投入前に処分を閣議決定したほどに有能であったとは伝え聞くが……」

「無論、単に性能が凶悪な兵器であるだけならばまだ好かったのですが……小生はその中でも取り分け厄介な代物でしたもので……」

「と言うと?」

「……そも、フレキ・ゲリ計画にて製造された生体兵器群はかの悪名高き"ロキ家の四騎士"を再現した代物に御座います」

「うむ、我も存じておるぞ。アースガルズ帝国最大の天敵、オーディン一世がこの世で唯一恐れた男"奸計悪神"ロキとその妻"巨人女傑"アングルボザの間に産まれた男女四匹の魔物……

 長女"蒼死騎ソウシキ/神速八本脚"・超越神馬メタフィジクス・アリコーンスレイプニル、

 長男"赫戦騎カクセンキ/暴虐破壊王"・貪婪人狼ラヴェノス・ウェアウルフフェンリル、

 次男"玄餓騎ゲンガキ/深淵猛毒牙"・致命神蛇デッドリー・ナーガラージャヨルムンガンド、

 次女"皓統騎コウトウキ/死支生配后"・最上死神ハイエスト・グリムリーパーヘル

 これら四匹の総称であろう? 確か貴殿は第二子フェンリルの血を引く身であったハズだ」


 ロキ家の四騎士が次男"赫戦騎"フェンリルは姉弟ら随一の武闘派であり、純粋な武力と戦闘センスで以て数多の敵を屠ったとして悪名高い殺戮者でした。

 ガルムの種族が人狼たる以上、彼は生体兵器の中でもこのフェンリルの形質を引き継いだ個体に違いないのだと、エストリエはそう確信しておりましたが……それに対し当人から返ってきたのは些か予想外の返答に御座いました。


「……確かに、貴女様の仰有られた通り小生は暴虐破壊王を模した個体です。

 然し、より厳密には単なる『暴虐破壊王フェンリルの゙模倣体』ではなく、

 彼の模倣を基礎としつつ、他三名の特性をも併せ持つ……言わば四騎士全員の模倣体とも言うべき存在なので御座います」

「……なぁ〜んだとぉ〜?」


 告げられた衝撃の真実に、エストリエは驚愕せざるを得ませんでした。


「……然し成る程、帝国の殺処分からも生き残ったのは其の様な背景があった故か。

 確かに複数匹の血を引く特別な存在ともなれば当時の"命を奪う技術"にも容易に抵抗し得るであろうが、それにしても予想外が過ぎる……」

「申し訳御座いませぬ、陛下。何時か告げねばと思い乍ら、どうしても切り出せず……」

「なに、構わんさ。寧ろ我が親友、伴侶に選びし最愛の男がより特別な存在である事実は誇るべきであろう。

 ……それで、四騎士総ての血を引く事実と件の『宿命』とやらに如何なる関係が? 単に赫戦騎の武力に加え、蒼死騎の駿足、黒餓騎の不死性、皓統騎の頭脳をも併せ持つだけではないのか?」

「……無論、それだけではないのです。計画にあたって、帝国は生体兵器群小生らの身柄亡骸が敵の手に渡ったり、或いはその身に秘めし技術や叡智の流出を何よりも恐れておりました。

 それ故、鹵獲・洗脳・精神支配等への対策として各個体の体内や魂魄へ様々な自衛機能を設けたので御座います」

「うむ、成る程。……然し乍ら、尚も腑に落ちんな。

 帝国の懸念と判断が至極真っ当なのは最早言う迄もないが、貴殿らに備わる"自衛機能"などは、精々が洗脳、精神支配から憑依や色仕掛などといったような知覚・精神・魂魄等々に干渉する行為諸々への耐性付与やらその辺りであろう?

 そのような強化措置ものなど、国家の象徴にして国政の中枢たる為政者にしてみれば幾らあったとて困るまい。

 ましてそれらが貴殿の背負う『愛する者を殺し消し去る宿命』とやらと関係するようには思えんのだがな」

「……確かにであれば仰有る通り『幾らあっても困らぬ便利なもの』でしたが、小生に搭載されし自衛機能は"その程度"に収まらぬほど凶悪なもので……

 己が身を守る為の力を通り越し、意思に関わり無く他者を害する"宿命"、或いは"呪い"と化してしまっているので御座います」

「ほう……」

 

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