立場上、【我々だけの問題】ではありませんので……

 さて、ガルムがエストリエを愛し乍らも彼女の求婚を断り続ける三つの理由とはなんなので御座いましょうか。


「第一に、我が国の民衆……取り分け官僚や議員などの政府関係者、またこの城に勤務する各種従業員らに顕著なのですが、彼らはすっかりと貴女様を恐れてしまっているようでしてね」

「なんだと……!?」

「無論、それでも尚紛れもなく心の底から慕い敬ってはいるようなのですが、匿名でのアンケート調査によると

 『元々王侯貴族かつ特有の雰囲気や風格もあって近寄り難かったが、求婚し始めて以後は輪をかけて近寄り難く感じるようになった』

 『個性的かつ行動力に溢れたお方なのもあり、対応を誤ると何をされるのか分からないので怖い』

 といった意見が数多く寄せられておりまして」

「ぬぅっ、成程……それはいかんな。我としては当然、ロムレムスやそこに暮らす民に害を為すつもりなど毛頭なく、かえって国も民も我が統治下にあるが如く尊び愛しておったのだが……」

「……僭越乍ら申し上げますれば、今一度ご自身の立ち振る舞いを客観視なさると共に、対外的な印象の改善に努めるのが宜しいかと」

「うむ、そうだな……」


 根が善良であるが故でしょう、エストリエは口答えもせずガルムの゙指摘を素直な態度で真摯に受け止めて行きます。


「第二に、我々の婚姻が原因で両国が窮地に立たされてしまう危険性が決して低くはないのも問題でしょう」

「……と、言うと?」

「陛下、冷静にお考え下さいませ。確かに陛下の仰有られた通り、我らの婚姻は貴国と我が国の同盟関係をより強固なものとし、両国へ更なる発展と繁栄を齎すことでしょう。

 それは世界各地の歴史的事実が証明しております故に……」

「うむ、そうであろうとも。故に――

「なれど、この世界に於いて文明を担いし存在は魔物だけでは御座いませぬ。

 魔物より非力乍らそれを補って余りある知恵と繁殖力に秀でた人間ヒトに加え、

 個体数は希少な魔物の足元にさえ及ばぬものの圧倒的な力に加え事実上不老不死にも等しい生命力を誇る神格カミ……

 これら二勢力と魔物の関係は現在でこそ比較的良好であり互いに共存の道を歩みつつあるとは言え、ほんの二千年前までは対立関係にあった相手でしょう」

「……そうだな。世界各地、各勢力には未だ先の大戦で負わされた傷に苛まれ、前に進めず苦しみを抱える者が数多いるのは紛れもない事実……。

 他勢力への憎悪を募らせ反逆を企てる者らの存在も囁かれるこの時代に、大国を統べる魔物の為政者同士が唐突に婚姻したとなれば、事実好からぬ事態を招きかねぬとの懸念は尤もだろう」

「加えて双方の価値観や思想体系、文化や風習、主流とされる性癖に至る迄我ら魔物のそれとは存外かけ離れていることも珍しくはありません」

「つまり、我らの婚姻を異質にして邪悪なもの、適切ならざる狂気の沙汰と見做した他勢力の者らを敵に回す恐れも少なからずある、と」

「……杞憂に終わるならそれに越したことはありませんが、過去の事件事故や裁判の記録を考慮するとどうにも考え過ぎとは思えず……」


 結局の所、ガルムがエストリエからの求婚を拒むのは『国土とそこに暮らす民衆を守るため』……為政者として至極真っ当な理由があったのでした。


「成る程、理解した。だがそれでもガルム、貴殿の妻になるとの夢を我は諦め切れんな」

「概ね予想はしておりましたが、矢張やはりですか」

「うむ、矢張りだとも。このエストリエ、世に生を受けしその時より夢の実現を諦めるような真似などそうはして居らぬ。

 無論、如何なる夢も諦めなかったとは言わんが……ガルムよ、貴殿を女、また妻、そして后の立場で愛し共に生きるとは我が内にあって断じて譲れぬ野望でな」

「此れ程迄に危うさを述べて尚、諦めて下さいませんか」

「無論だ。対外的印象に関しては改善を図ろう。元より幼き時分には『王位に値せぬ一族の恥』と誹られ育った我だ。宿命や世間の風評に努力で抗うのには比較的慣れておる。

 どれほどかかるか計り知れぬが……何、我自身王位を継ぐに値する者となるのに凡そ二世紀半、その事実を嘗て謗った者らに認めさせるのに一世紀余り費やしたのだ。何十世紀であろうと努力してみせるさ。

 他勢力の絡む諸問題に関しても言うに及ばず……

 どの道三大勢力の共存が進み垣根も取り払われつつある昨今にあっては避けて通れぬ話であろうし、

 改めて一連の問題に向き合う好機と捉え、本腰を入れて関連する政策や法案の整備に取り組む他あるまい。

 無論根深い問題故、完全な解決には相当な時間を要すであろうから、次第によっては次世代か次々世代の者たちへその意志を継がせねばならぬやもしれぬ。

 なれど各勢力にとっての落とし所、問題の着地点を見出し区切りをつける程度であれば、余程長く見積もったとて精々二、三世紀前後……我らの在位中には少なくとも達成可能であろう」

「間違いありませんな。或いは寧ろ、向こう一世紀以内に着地点へ"到達せねばならぬ"程度の覚悟さえ必要かと」


 為政者としての矜持と覚悟の籠ったガルムの言葉に、エストリエは満足げに頷きました。


「……さて、それでだガルムよ。斯くして貴殿の懸念する問題への解決案が定まったとなれば、即ち我らの婚姻もまた我らの在位中には内定したも同然と言えよう。此れでも未だ我からの求婚を断るか?」

「ええ、謹んでお断り申し上げます」


 空く迄もガルムは頑なに、エストリエからの求婚を拒みました。


「まだ納得できんか」

「ええ。断じて貴女様を愛していないわけでも、貴女様の言葉を信じられないわけでもありませんがね。

 寧ろその点に関しては小生自身、紛れもなく好転するであろうと確信しております」

「であれば、なぜだガルム? なぜ空く迄も我の求婚を拒む?」

「単純明快に御座いますよ、陛下。

 ……『第三の"理由"』。解決のし様もない、最も重大な問題点の故に、小生は貴女様との婚姻を拒まざるを得ないのです」

「第三の理由、か。我自身の抱える問題第一の理由世相や環境に因る問題第二の理由と来た以上、察するに次は"貴殿の抱える問題"と言った所か?」

「如何にもその通りで御座います。より厳密に、仔細を申し上げるならば……」


 躊躇いがちに言い淀みながらも、ガルムは言葉を紡ぎます。


「エストリエ女王陛下……

 小生は貴女様を、遠からず殺め、消し去ってしまう宿命を背わされているので御座います……」

「……なに?」


 ガルムの口から出たまさかの言葉に、エストリエは唖然とせずに居られませんでした。

 果たして、彼の口から語られた恐るべき"宿命"の真相とは……

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