"相思相愛"なのは紛れもない事実、か

「……」


 エストリエの"求婚"にガルムは呆れて頭を抱えます。その心情を台詞として書き起こすならば『またか』とか『もう何度目だと思っている』或いは『好い加減にしろ』といった所でしょうか(と言いますのも、エストリエの求婚はこれが最初ではなく、彼女はある時期を境に数えるのも億劫になる程ガルムへの求婚を繰り返していたので御座います)。


 とは言えそもそもの話として、その辺に転がっているような小汚く卑しいはしため破落戸ごろつきや、或いはいかにも信用に値せず厄介そうな見掛け倒しの外道、はたまた自身の嗜好から外れたような相手ならばまだしも、

 ガルムにとってエストリエとは、己の性嗜好・性癖に紛れもなく合致する絶世の美貌の持ち主であり、為政者・戦士としても敬愛すべき優秀な人格者にして、腹を割って話せる大切な親友に御座います。

 そのような相手からの求婚とあれば初回で快諾していてもおかしくはない筈でしたが……


「どうしたガルム。このような時に黙り込むなど貴殿らしくないではないか~。

 言いたいことがあるならばはっきり申してみよ。我らの仲だ、配慮も忖度も必要あるまい?」

「……では率直に申し上げますがね女王陛下、貴女様からのその申し出に対する小生の返答は只の一つしか存在し得ません」

「具体的には?」

「――謹んで、お断り申し上げます」


 然しこの獣人の王は、今に至る迄幾度となく親友からの求婚を突っ撥ねておりました。

 当然それは此度であってさえ例外ではなかったので御座います。


「ふむ、依然変わらずか。思えば貴殿はいつ何時とて常に変わらず"そう"であったな。

 我が相談すれば如何なる些事にも全力で手を貸し、我が国が窮地と在らば如何なる献身も惜しまず、

 まさに"我が頼めば何でもしてくれる"貴殿が、然し何故か我が求婚にだけは首を縦に振らぬ……。

 実に不可思議にして晦渋かいじゅう難解、理解し得ぬことこの上なきことよ」

「小生の立場より言わせて頂くならば、幾度となく断られて尚諦めず求婚を試みられる陛下こそ理解に苦しみますがね……概ね、求愛求婚の類いは一度断られた時点で諦めて身を引くのが世の原則に御座いますれば」

「仕方あるまい? 貴殿を諦めるといった発想にそもそも至れんのだし、貴殿への愛と劣情は留まる所を知らぬのだからな……。

 貴殿を妻として愛し、番として求め、后として支え、貴国ロムレムス自国バトリー双方の発展と繁栄に向けて尽くしたいといった、それらの思念情念は紛れもなく本物なのだ。

 我が親友、鋭敏なる感覚を以て万物万象の本質を見抜く慧眼を持つ傑物たる貴殿であれば、その程度も察せぬ朴念仁ではあるまい?」

「ええ、それは勿論ですとも」


 一見して暇を持て余した権力者の戯言とも見て取れるエストリエの言葉が、その実伊達や酔狂による狂言妄言の類などではない事実を、ガルムは確かに理解しておりました。


「元より我ら、種は違えども同じく魔物……人間ヒト神性カミ程に肩書きや法規・形式、文化や倫理のしがらみに縛られ囚われもせぬ以上、我らが婚姻の契りを交わし夫婦めおとと為ろうとも意義を申し立てる者など居らぬさ。

 そも魔物とは個々の自由意思や多様性をこそ重んじ、本質的・根幹的な合理性や公益性を尊ぶ傾向にあるからな。

 不死属アンデッドの中でも特に稀有なるたっとき出自の我と、魔獣属デモンビーストの完成形と呼ぶべき傑物たる貴殿の血が交わり一つとなるならば、社会は寧ろ我らの婚姻を賞賛と喝采を以て歓迎し、力の限り祝福するであろうさ。

 なあガルム……何故貴殿は我との婚姻を拒む? 我はそんなにも魅力に乏しいはしためか? 我は家族として迎え入れるに値せぬのか?

 脳の奥、心の内に眠る本能では我を間違いなく女子おなごとして意識し乍ら、己自身の本心に背き、自らの想いを虚偽で塗り固めると? それが貴殿の義であり善なのか?」


 ずい、ずずい……と、にじり寄り乍ら、エストリエはガルムを問い詰め惑わします。

 狼獣人ライカンスロープとはそもそも、あらゆる魔物の中でも特に貞操に厳しく理性と本能の双方で伴侶を徹底的に厳選する傾向にあり乍ら、然しその反面魔獣属デモンビーストの中でも五指に入る程色に飢えた種族に御座います。


 故、腹を割って話す程に心を許し、如何なる献身も惜しまぬ程に敬い尊び、加えて自身の性癖にこれ以上なく合致した、相性抜群の……まさに"唯一無二の伴侶たる相手"に誘惑されたとあれば、通常忽ち意識を劣情に支配され、衝動の侭に行動していた筈でした。

 然しそれでも、ガルムは微動だにせず……あくまでも頑なに、エストリエからの誘惑を跳ね除け求婚を断る姿勢を保ち続けたので御座います。


「エストリエ女王陛下……貴女様は小生の親友、敬愛すべき最愛の方に御座います。

 貴女様こそは小生にとって世の如何なるモノより美しく魅力に溢れ……如何なる存在とて貴女様の足元にも及ばず、小生を惑わすなど不可能でしょう。

 加えて貴女様はあらゆる智と才に溢れ、またそれらに驕らず常に研鑽と努力を欠かさぬ人格者でもあらせられる……家族として迎え入れるにはこの上なく最適と言えましょう。

 加えてご指摘の通り、小生は貴女様を女性として……恋情色情の対象として意識しております。或いは、貴女様以外の何物も眼中にさえ入らぬ程に、貴女様に魅入られてしまっておりましょう……」

「そうかそうか。……では何故我の求婚を拒む? 長年このやり取りを繰り返し乍らその手の問いには今の今迄一切返答が無かったではないか。

 具体的な求婚拒否の理由を述べてくれ。理由も聞かされずただ拒まれ続けたものだから、近頃はどうにも納得できなくなってきてしまってなあ」


 読者の皆様方としましては『いや理由告げてなかったの?』『てか理由知らなくても少し前までは納得できてたのかよ』と驚かれるでしょうが、

 魔物の価値観や感覚は時に他の種族からすると極めて異質で常軌を逸したようにも見えてしまいますもので、こういった異質・異常なやり取りも比較的日常茶飯事に御座います。


「理由、ですか。そう言えばお話しさせて頂いておりませんでしたな」

「そうだ。いい加減そろそろ教えてくれてもよいのではないか?」

「……ええ、わかりました。小生としても何れはお伝えせねばなるまいと感じておりましたのでね。

 小生が貴女様の求婚をお断りさせて頂いている理由は、大きく分けて三つ……」


 さて、ガルムの語る三つの理由とは……

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