なぜだガルム!?〜天才美人吸血鬼女王、大親友で実質両想いな同盟国の王(イケメン狼男)に求婚するも何故か断られる〜

バーチャル害獣“蠱毒成長中”

「何故」と言われましても……


 昔々、との表現が適切かは判り兼ねますが、少なくとも"現代"ではないさる時世……

 読者諸兄姉の暮らして居られます世界に於いては概ね架空のものとされる妖魔や幻獣のひしめく世界がありました。


 そしてその世界の片隅には、四方を温帯域の穏やかな海に囲まれし島国"ロムレムス王国"があり……さる魔物の為政者により統治されしこの国こそ、此度の"物語"、或いは"騒動"の舞台に御座います。

 さて、この一見穏やかそうなこのロムレムス王国で、一体如何なる騒動が繰り広げられるので御座いましょうか?

 その一部始終を、此れより覗いてみることと致しましょう……。



 ――魔導王歴109年 合成獣の月 第42日 ロムレムス王国の城郭にて――



「――では、此方の資料は福祉事業部へ返却して頂けますかな」

「畏まりました。ではそのように」


 平年よりも早く梅雨が明け、夏の日差しも強くなりつつあったその日、

 島国ロムレムスを統治する狼獣人ライカンスロープの為政者"ガルム"は城の執務室にて書類仕事に励んでおりました。

 長きに渡り続いた書類仕事は秘書に指示を出した所でひと段落、さて一旦休憩でもしようかと、彼はそのように考えておりましたが……


「陛下ぁぁぁぁ! ガルム陛下ぁぁぁぁ!」


 どうやらそうは問屋が卸して下さらぬようでした。


「……やけに騒がしいですね、アナンシ宰相。一体何事ですか。何か我が国を揺るがす一大事でも?」

「はい、それはもうっ! 一大事ですわよガルム陛下っ! 実に凄絶なっ、我が国の危機に御座いますわっ!」


 人型蜘蛛アラクノイドの宰相アナンシは、細長い節足を絡まりそうなほどせわしなく動かしながら答えます。

 その慌てようと口ぶりから察するに、この島国に恐るべき危機が迫りつつある事実は想像に難くありません。

 ですがその割に、対するガルムは異様なほど冷静そのもの……

 まるでアナンシの言わんとする事柄を概ね察知しており、更には彼女の言う『一大事』をあたかも然程騒ぐ程でもない些事と考えているかのようでした。

 ただそれでも彼は為政者として"万一"を想定……決して部下に冷ややかな目線を向けたりはせず、あくまで真摯に向き合うので御座います。


「……我が国の危機、ですか。具体的にはどのような事態なので?」

「はい、申し上げますわっ! つい先程、ネレイデス洋沖合を航行中の漁船から海軍へ緊急通報がありましたのっ!

 曰く、北東ドラクリオス半島方面より我が国へ向かう飛翔体が確認されたとの事っ!

 調査機関の見立てでは、強大な魔力と生命エネルギーの反応からしてッ――」

「十中八九"かの御方"で間違いない、と?」

「はひッ! 仰る通りで御座います……!」


 幸か不幸か、アナンシの報告事項はガルムが予想した通りの内容でした。


(やれやれ、また"彼女"か。懲りずに困ったものだな……)


 獣人の国王は、忠臣の報告が想定外の"万一"でない事実に安堵しつつ、内心頭を抱えます。

 一方、そんな主君の様子を知ってか知らずか蜘蛛女の宰相は尚も震えながら状況を悲観しておりました。


「先月に引き続きまたしても"かの御方"が来てしまわれるのですわ……! 」

「案ずることはありませんよ宰相。全て小生にお任せ下さい」

「はひぃ……」


 震えるアナンシを執務室奥の隠し通路から外へ避難させたガルムは、慎重にドアへ忍び寄ります。


("彼女"は決して邪悪ではなく寧ろ善良な方だが、それでも油断のならん相手だ。用心するに越したことはないっ………!)


 ゆっくりとノブに手をかけた、その時……


「ロムレムスの王ガルム! 我が愛しの狼よ、貴様を愛する我が馳せ参じたぞ!」

(何っ、窓からっ!? しかも""だとっっ!?)


 背後凡そ数メートル。

 がしたかと思うと、執務室内へ凛々しくも妖艶な女の声が響き渡ります。

 慌ててガルムが振り向けば、そこには予想した通りの人物が佇んでおりました。


「……なんともはや。矢張り貴女様でしたか、エストリエ女王陛下」

「うむ。如何にも我であるぞ、愛しのガルム……!」


 その人物こそは、絶世の美貌を誇る吸血鬼ノスフェラトゥ"エストリエ"……ここロムレムスより遠く離れしドラクリオス半島のバトリー王国を統べし女王なので御座います。


「然し"女王陛下"とは……我らの仲であろうに、やけに他人行儀な呼び方ではないかな?」

「別段問題ありますまい。元より貴殿と小生は公私共に切っても切れぬ縁のある親しき間柄なれど、空く迄も他人に御座いましょう」


 読者諸兄姉としましては既にお察しと思いますが一応補足させて頂きますと、ロムレムスとバトリーは古来より同盟関係にあり、両国の歴代為政者らはプライベートでも密に付き合いのある親友同士……それはガルムとエストリエの代にあっても例外ではなく、両名がこうして対面し親し気に語らう光景自体はごく自然なものに御座います。

 ただ、その関係には一つ歴代為政者らとは明らかに異なる異質な点がありました。それこそは……


「ふむ、それは確かに……。然し"そう"であるならば、我らの関係を"親しい他人同士"より密なものへと昇華させるべきとは思わんか?」

「……申し訳御座いません、陛下。小生めは生憎と貧民筋でくずれの殺し屋上がり……即ち浅学なもので、高貴なるお生まれであらせられる陛下の高尚なお言葉は聊か難解でして……」

「ガルム、貴殿なあ……仮にも一国一城の主、民を導く指標にして国家の象徴たる者が己を卑下するとは到底褒められた真似ではないぞ?

 そも即位後程なくして世界最難関と名高きユグドラル共和国の名門ミミル国立学園大学に現役合格、公務と学業を並行してそつなくこなし見事首席卒業してみせた貴殿が浅学とは何とも笑えぬ冗談ではないか。

 ……然し実際、言い回しが難解であるとの指摘も事実か。であればより簡易かつ率直に、噛み砕いて告げるべきであろうな」


 この時ガルムは内心『別に何を告げずともこの場から立ち去ってくれればそれで万事解決するのだが』と思っておりましたが、ここで下手に口答えをするとより話がややこしくなるとも理解していた彼はあくまで沈黙を貫いたので御座います。

 さて、一方対するエストリエの口から出た言葉というのは……


「単刀直入に言おう……ロムレムスが国王狼獣人ライカンスロープガルムよ、我を貴殿の后とするがよいっ」


 事実上の求婚だったので御座います。


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