17、分断作戦



「ちなみに先ほど挨拶で『ばず』とやらは達成出来たのか?」

「どうだろう」


 引き続きダンジョン:エリア『悪霊の館』の探索中、視聴者が増えたかどうかが気になったのだろうニコラが幽霊共を蹴散らしながら尋ねてくる。


 これでもし、仮に挨拶一つでバズっていたとするならば、世の中の配信者全てがニコラを恨むか羨ましく思うだろう。


 しかしハルカも視聴者数は気になるので、アイショットカメラを操作して『設定』の項目から同時視聴者数を確かめると、そこには『48654人』という数字が表示されていた。


 昨日のエリア『水中神殿』での最大同時接続者数は4万人程だったので、単純に考えれば約8000のプラスだ。


 この数字はニコラの挨拶でいきなりガクッと増えた訳ではなく、日を追う毎にニコラの認知が広まっているからこそ伸びた数字だろう。


 その他にも色々と要因はあるだろうが、確かなことは探索配信はそれだけ世間で人気のコンテンツということだ。


 そんな界隈でニコラという名前が一つのコンテンツに成り掛けている。


「すごいよニコラ、昨日より8000人増えてる」

「ほほう! これがばずか!」


 バズではないが、普段ツンとしているニコラが表情を明るくさせて喜んでいるのでハルカは良しとした。


 チャット:おめおめw

 チャット:配信中に数字の話するの笑う

 チャット:これからも応援するぜ

 チャット:ニコラちゃんの音魔法見るのが最近の日課

 チャット:喜んでんのかわいいなw

 チャット:いいねー

 チャット:トゥイッターだとバズってんね

 チャット:もうファンアート出てんの草


「それで、次は何をすれば、ばずが出来るのだ」


「う~ん、皆ニコラのかっこいい所が見たいんじゃないかなぁ。切り抜き動画っていうのをファンの人が作ってくれるんだけど、やっぱり【音魔法】使ってる場面のことが多いよ」


「ほう、以前も【音魔法】に興味があると言っている者が居たな。ならば存分に見せてやろうか、それで喜ぶと言うのならばな」


「おお?」


 意気込んだニコラが、廊下の先にあった一つの扉を蹴り破った。ダンジョンの構成物は普通破壊出来ないのだが、どうしてニコラは平然とそれを破壊出来るのか訳が分からない。


 蹴りを入れる瞬間、僅かに足元が光ったのできっと【音魔法】を使用したのだろう。でなければニコラの細い足が扉を蹴り破るなんてことは出来ない。


「ハルカ、中を見てみろ」

「う~ん……」


 扉の先にあったのは寝室だった。

 

 一見してただ寝具が置いてある部屋にしか見えないのだが、ベッドの上に置かれた大量のぬいぐるみ達はどれも何十年と置き去りにされたように古びており、なんとも言えない不気味さをハルカに感じさせる。


「う~……、気味が悪いなぁ。それで? この寝室がどうかしたの」


「オレは音波を利用し、常にこの屋敷の中全体を監視していた。どのモンスターがどこに居るか、どこに潜んでいるかなどをな。動いている奴など特に分かり易い」


 チャット:屋敷全体を監視出来るのどうなってんだ

 チャット:なるほどね

 チャット:そりゃ幽霊出てきてもビビらんわ

 チャット:エコーロケーション便利過ぎないか?w

 チャット:じゃあ人形の位置も分かるんじゃね


 このダンジョンの探索は常にニコラ先導の元、ハルカは彼女の後ろに引っ付いて歩いていた。


 今回は高速移動を使用していなかったので、何か考えがあって屋敷の中を歩き回っていたのだろうなとハルカは考えていたのだが、やはりニコラには企みがあったらしい。


「このダンジョンの中で、常にオレ達から一定の距離を保つよう、逃げ回っている者が一匹だけ居た」

「あ~なるほど?」


 ハルカ達が通って来た廊下の先は袋小路となっている。


 つまりハルカとニコラから逃げ回っている者が居るとすれば、文字通り袋のネズミとなって、この寝室に逃げ込むしかなくなるということ。


 このダンジョンのクリア方法は屋敷の中に居る西洋人形を見つけ出すことだ。ニコラの言う『奴』とはその人形を指している。


 ニコラはこの寝室に『西洋人形』を追い込んだのだろう。


「オレは無意味に屋敷を徘徊していたのではなく、奴を行き止まりの廊下へ追い込めるよう、策を持って屋敷を練り歩いていたという訳だ」


 あのニコラがカメラ目線で鼻高々に胸を張っている。音魔法に興味があるという視聴者達への説明を意識しているに違いない。


 なんだか絵面が面白かったので、ハルカは絶対にカメラをニコラから離さなかった。


「どうだ、今のを見て視聴者とやらは何と言っている。オレの音魔法を見て格好良いと言っているか?」


 腰に両手を当てて更に胸を張るニコラ。

 ハルカは耳元のインカムに手を当てて、チャットの読み上げを聞いてみる。



 チャット:ない胸張るなw

 チャット:張っても貧乳なのかわいい

 チャット:たまにはかわいい所見せるやん

 チャット:唐突な説明口調で草

 チャット:説明助かる

 チャット:うんうん

 チャット:可愛いが過ぎる

 チャット:まあその音波は俺達には見えないんだけどな

 チャット:考えがあったってことね

 チャット:ほんとかわいいなこの幼女



「みんなカッコイイって言ってるよ」

「嘘である」


 しかしあえなく嘘がバレる。

 本当に声だけで、ある程度の嘘を判別出来るらしい。


 ニコラがこちらをジト目で睨みつけて来る。


「小娘、このオレをそう易々と騙せると思うなよ。視聴者とやらは何と言っている。本当のことを教えろ」


「き、聞かないほうが良いんじゃないかなぁ」


「いいから教えろと言っているのだ! もしまた、オレのことを『かわいい』と言っている愚か者が居るのならば、今度こそ容赦はせんぞ!」


 ニコラが幼い童顔を鋭くさせてこちらに掴みかかって来る。しかし体がちっちゃこいのでハルカはニコラを簡単に押さえ付けることが出来た。


 見た目通り力が弱い。


 以前は迷宮案内人というモンスターを掴みかかって来たところをニコラが押さえ付けていたが、どうやら敵以外にはちゃんと手加減してくれているらしい。


 ただ、それが災いして、今のニコラは大人にちょっかいを掛けようとする子供にしか見えなかった。


「ぐぬぬぬぬぬッ! 離せ小娘! そしてその耳元に付けている物を寄越せ! それを用いて視聴者と会話しているのだろう!」


「駄目! これ私のだから貸せません!」


「くそッ! 一丁前に力だけは持て余しているな!」


 ニコラは肌が新雪のように白いので、少し興奮するだけですぐに顔が真っ赤になってしまう。


 チャット:喧嘩すんなwww

 チャット;かわいいw

 チャット:力比べはハルカちゃんが優勢なのか?

 チャット:そりゃまだ幼女やし

 チャット:意外と仲良いだろこいつらw

 チャット:ダンジョンで喧嘩してる奴ら初めて見たわ草

 チャット:もう姉妹やん

 チャット:妹属性か

 チャット:力比べに負けちゃうニコラちゃんも可愛いねぇ


 こんな読み上げ絶対に聞かせられないと、ハルカはニコラが伸ばしてくる腕を全力で阻止する。


「それを寄越すのだ!」

「あッ!」


 しかし次の瞬間、ハルカは手首と腕の間接を取られ、次いで足まで蹴り払われてしまい体勢を崩されてしまった。


 まさかあの小さな体で体術を繰り出されるとは。

 綺麗に体を崩されたハルカが驚愕に目を見張る。


 床にふわりと背中から押し倒され、その隙を突いたニコラにインカムを盗られてしまった。


──まずい。

 ニコラが耳にインカムを装着する。


 チャット:かっこいい

 チャット:うん

 チャット:ニコラ、かっこいいよニコラ

 チャット:流石だね

 チャット:音魔法はやっぱ格が違うわ

 チャット:ええやん

 チャット:一瞬で流れ変わるの草


「……ふむ。う、嘘ではなかったようだな」


「どうしたの? 何か変なこと言われちゃった?」


「い、いや……そうではないのだが、なんだ? 先ほどの小娘の言葉からは嘘の音がしたというのに何故だ」


 インカムを取られてしまったハルカはもう、チャットの読み上げは聞こえていない。だが、ニコラの困惑する顔を見るに、視聴者達が上手くこの場を切り抜けてくれたようだ。


 前回もそうだったが、彼らの変わり身の早さには目を見張るものがある。きっと他の配信で訓練されているのだろう。


「貴様ら、どこの誰かは知らぬが調子に乗るなよ。そもそも以前、貴様らの質問に答えてやった見返りをまだ貰っていないのだぞ」


 ニコラが耳元にインカムを付けて視聴者と会話している。

 なんだか面白く感じたハルカはそのまま放置してみることにした。


「オレの目的は依然として『願いを叶える秘宝』である。どうだ貴様ら、情報は集まっているのか?」


 ニコラは前回の雑談配信で丁寧に視聴者の質問に答えていた。


 彼女の性格上、もちろんそれはタダではなく見返りとして対価を要求していたが、チャンネル主であるハルカの元には未だ『願いを叶える秘宝』についての情報は寄せられていない。


 配信に送られて来ているコメントも全て確認したので間違いない。


「……なに? どうしてその秘宝が欲しいかだと? 何故、答える必要がある。貴様らには何ら関係のないことだ。教える義理はない」



 チャット:いや義理はあるでしょう

 チャット:じゃないと協力出来ないよ

 チャット:もしかしたら悪だくみしてるかも知れないからね

 チャット:そうそう

 チャット:せめて理由はねぇ



「う……う~む。別に悪だくみをしている訳ではないのだが……」



 チャット:じゃあ教えられるでしょ?

 チャット:答えられない理由あったりするん?

 チャット:困ってるのかわ、かっこいいな

 チャット:説明がないとこっちも快く協力出来ないよ



「そうか。その……、なんだ、恥ずべきことなので理由は言い難いのだが、こう……大きく? なりたいのだ。それがオレの望んでいる姿と言えば良いのか……、元々の姿であると言うか……」



 チャット:wwwwwwwwwww

 チャット:大きくなりたいは草

 チャット:どこの話?w

 チャット:大草原

 チャット;理由が可愛い過ぎるw

 チャット:ニコラちゃん、ちっちゃいもんねw

 チャット:普通に草

 チャット:どんな大層な理由が出て来るかと思えばw

 チャット:大きくなりたかったかー

 チャット:まずはいっぱい食べようね

 チャット:その理由なら探してあげても良いかなぁw



「……くっ。ま、またどこぞの誰かが可愛いと言ったな。貴様らは本当にオレを弄ぶのが好きだな……。どこか遠く離れた所に居るからといって調子に乗りおって……」


 怒りなのか気恥ずかしさからなのか、ニコラの顔がまた赤くなっている。本当に感情の浮き弾みが顔色の出やすいようだ。


 今はつんつんしている目が吊り上がっているので、怒りに感情のパラメータが傾いているだろう。


 しかし視聴者との雑談は弾んでいるみたいだ。これはまた撮れ高狙えるかな、とハルカがニコラの表情にカメラの視点を合わせようとする。


「あっ」

『あ、あんた達ねぇ……、いつまであたしを待たせるのよ……』


 すると、ニコラと同じように怒りの表情を露わにしているモンスターと目が合ってしまった。


 このダンジョンのクリア条件は『西洋人形』を掴まえること。


 その西洋人形が、ベッドの上に置いてある大量の人形達の中から浮かび上がり、宙に浮いたままこちらを睨みつけている。


『最近の探索者共はどいつもこいつも配信配信って……。気を抜き過ぎなのよ、こっちは大真面目に相手してやってるって言うのに』


「に、ニコラ? ねぇニコラ。ぼ、ボスが……」


『これはお仕置きしてあげないとね。あんた達の弱点をもう分かってるのよ』


 西洋人形が怒りの形相を浮かべたまま、ゆっくりと右手を上にあげた。ニコラはインカムに集中していてモンスターの存在に気付いていない。


 これはひょっとして、今までで一番まずい事態なのではないだろうか。


『ニコラ・アラメルタ、異界からの訪問者。こいつを消すには[キューブ]を破壊してしまえば良い』


 西洋人形の右手がパチンッ、と指を弾く。


 一瞬だ。

 ハルカの視界が暗転し、体に浮遊感が纏わり付く。


「や……っばい!」


 この感覚は『転送ゲート』を使用して転移するものと似通っている。つまり、ハルカはどこか別の場所に転移させられてしまった。


 あの西洋人形は恐らく[キューブ]の破壊を達成する為に、強力な音魔法を使用するニコラと、キューブの所持者であるハルカを【転移スキル】で分断させた。


 となれば、ハルカの転移先には強力なモンスターが配置されているに違いない。ただ脅かすだけの幽霊達ではない戦闘に特化した、それこそボス級のモンスターが。


『……来たな、侵入者』

「うっわ。つ、強そうだなぁ……」


 暗転した視界が元に戻れば、ハルカは見知らぬ大広間に居た。


 その中央にて、巨大な剣を担ぐ首無しの鎧人形──『デュラハン』と呼ばれるモンスターが待ち構えていた。




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バズれ迷宮攻略RTA幼女 ー現代日本には存在しない【異世界魔法】で、難関ダンジョンを片っ端から最速踏破するー ラストシンデレラ @lastcinderella

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