16、具体的に何をすれば良い



「ニコラってそういうの嫌でしょ?」

「なんの話だ」

「あ、いや、さっきのコラボの話」


 ここはダンジョン:エリア『悪霊の館』


 実体を持たないモンスター、つまり幽霊ファントム達が潜むこのダンジョンにて、ハルカはとある物を探しながらニコラに昨日のコラボの話について尋ねていた。


「こらぼ?」


 聞きなれない単語なのか、ニコラが首を傾げながら幽霊を炎で火あぶりにしていく。


 幽霊は窓から飛び出て脅かそうとしたらしい。ニコラは一切反応することなく音魔法──『共鳴白火』で幽霊を焼き払ってしまった。


『グギャアアアアアアアアア!?』


 チャット:少しは驚いてやれよw

 チャット:幽霊って倒せるんだ?w

 チャット:共鳴白火は霊体にもダメージ通せるんやな

 チャット:つえええw

 チャット:まあ【煙体】にもダメージ与えてたし

 チャット:驚いてるところ見たかった……

 チャット:驚かないニコラちゃんもまあそれはそれで


 視聴者はニコラがきゃーきゃー言ってくれるところを期待してたらしい。しかし肝心のニコラはどんな幽霊が現れても無反応である。


 というか霊体にもダメージを通す【音魔法】を扱うので、むしろモンスターの方が驚いて逃げ惑う始末だった。


 恐らく幽霊達は、ニコラが【魔法】が打つ際に放たれる閃光と、『共鳴白火』による炎の光を苦手としているのだろうとハルカは考えている。


『なんだアイツ! みんなニゲロおおおおおお!』

『ニンゲンなら驚けヨッ!』

『聞いてなイ! こんなの聞いてなイ!』


 幽霊達が手に炎を灯すニコラを見て回れ右と一斉に逃げ出す。


 エリア:『悪霊の館』は文字通り幽霊が住んでいる洋館を攻略することになるのだが、攻略方法は館のどこかに隠れている西洋人形を探し出すこと。


 その人形を探し当てる前に大半の探索者が、驚き疲れてギブアップすることになるのだが、期待通り幽霊を恐れないニコラをここに連れて来て正解だったとハルカは思った。


「コラボって言うのはね、私みたいな配信者と配信者が協力しながら、お互いのチャンネルを盛り上げようねって感じのことだよ」


「ふむ、却下である」


 ニコラが幽霊を焼き払いながらかぶりを振るう。

 どうやらと言うか、やはりコラボに対しては乗り気ではないらしい。


「そもそも協力というのは体裁上で言っていることが多く、その実どちらか一方が利益を貪ることが大半である。ハルカ、貴様は都合の良い餌や糧だと思われているのではないか?」


「そ、そんなことないと思うけど……」


「思うけど、とはなんだ。違うと言い切れない時点で貴様に『コラボ』とやらはまだ早い。オレに配信の経験はなく、あれこれ言う権利もないが、貴様がこいつなら絶対に信頼出来ると思える相手が出来てからにした方が良い」


「は、はい」


 チャット:幼女に言い包められんなw

 チャット:なに、コラボ打診来てたんだ?

 チャット:お前年上だろw

 チャット:でも言ってることは正しいからな

 チャット:野郎とコラボしないで欲しいかなー

 チャット:一生百合百合してて欲しい

 チャット:その前にスパチャ解禁しろ


 視聴者からの読み上げでも散々な言われようだ。


 でもニコラの言い分は正しいので言い返せることもなく、そもそもメイの助言でコラボするつもりはなかったので、ハルカは言い返す気もなかった。


「だが、チャンネルを盛り上げるという点については賛成である」

「お?」

「理解出来ぬか。オレは貴様が配信者として大成するべきだと言っているのだ」

「うおお?」


 逃げ惑う幽霊達を尻目に堂々と廊下を歩くニコラが、何やら思いがけないことを言ってくる。


 今日も配信開始時に『挨拶なんてくだらん』とか言ってた癖に、チャンネルを盛り上げることには賛成だと。


 一体どういうことなのだろうか。

 今度はハルカが小首を傾げた。


「貴様が配信者として大成する度に、視覚を共有している者の数が増えるのだろう? なれば自然とオレの元に『願いを叶える秘宝』の情報が入ってくるやもしれん」


「うわ、打算的だなぁ~」


「だが貴様にも利がある話だ。今のオレとハルカ、互いに利益を得るこの関係こそが真に協力と呼べるモノである、覚えておけ」


「うっす」


 ニコラはその偉そうな話し方のせいで、言い分に妙な説得力がある。


 確かにこれは双方に利益が有り、真に協力と言える関係かも知れないが、肝心の配信に掛かっている手間を費用を考慮していない。


 ハルカはダンジョンでも外界と通信出来る人工アイテム[アイショットカメラ]を34万円で購入し、その他必要機材も合わせると60万近い金が飛んでいる。


 この資金を集めるのにどれくらい苦労したことか。

 

 反対にニコラはどうだ。

 そこに居るだけ。


 そんな話をするとニコラは眉根を顰めていた。

 

「つまり何が言いたい。オレは貴様に[秘宝]を全てくれてやると言った筈だ。それを売った金で賄えば良いだろう」


「それとこれとは話が別じゃない? 私はその見返りにニコラをダンジョンに呼び出してあげてる訳なんだからさ」


 チャット:幼女相手に喧嘩すんなw

 チャット:あのさぁ

 チャット:ハルカちゃんお姉ちゃんでしょ?

 チャット:相手は幼女だぞ!

 チャット:配信中にする話じゃねぇwww

 チャット:草

 チャット:会話しながら倒されてる幽霊かわいそう

 チャット:ハルカちゃんさぁ……


「う……、私の味方が一人も居ない」


 別に配信に出演するなら金くれと言ってる訳ではない。


 大前提として視聴者がこれだけ集まったのはニコラのお陰だが、チャンネルを盛り上げると言うならばこちらに任せっきりではなく、ニコラも協力してくれといった話をしたいだけだった。


「別に喧嘩がしたい訳じゃないよ。私はニコラがもっと協力的だったら、視聴者さんが喜んでくれるかなって思っただけだよ。そしたら人も集まって[秘宝]の情報も集めやすくなるかもってさ」


「なるほど……、一理あるな」


 腕を組んで考え込むニコラ。


『馬鹿メ! 隙有りダッ!』

「む」


 そこに隙見たりと幽霊が襲い掛かって来ようとしたが、炎を纏った回し足りが飛んで無事に成仏する。足でも『共鳴白火』が使えるらしい。器用だ。


「では具体的に何をすればいい」

「まず普通に挨拶してよ。配信じゃなくても基本でしょ」

「ま、まぁ……そうだが」


 日常生活でもくだらんとか言っているのだろうか。

 珍しくニコラが狼狽えている。 


 チャット:ようやくデレてくれるのか?

 チャット:ハルカちゃんやるやん

 チャット:いいね

 チャット:挨拶してよw

 チャット:そうやニコラちゃん、挨拶は基本やぞ

 チャット:ハルカが正しい

 チャット:せやせや!


 先ほど散々言ってた視聴者も手の平返し。

 あのさぁ……とか言ってたのが嘘みたいだった。


「じゃあ、バズの為にニコラもチャンネルを盛り上げようね」

「ばず?」

「皆さん、しばらくお待ちを~。ちょっとニコラを調教してくるね」


 口元を歪めたハルカがアイショットカメラの音声映像を切った。配信は切っていないので視聴者はそのまま待機してくれるだろう。



 やがてしばらく時間を置くと、ハルカは再び音声映像を繋げてカメラのアングルをニコラただ一人へと集中させた。


「み、みんな……お、おおおおオレはニコラ・アラメルタ、です」

「ほら、手振って。愛想良くね」


 顔を真っ赤にさせたニコラが、慣れない笑みを浮かべながら両手で視聴者に手を振り始める。


「ね、願いを叶える秘宝を手に入れる為に、今日もダンジョン探索……中です? だからみんな、お、おうえんして……ね?」

「よく出来ました~!」


 チャット:うおおおおおお!

 チャット:頑張ったw

 チャット:お父さん嬉しいよ

 チャット:大草原 可愛い

 チャット:いいねw

 チャット:こういうので良いんだよ

 チャット:結構無理してて草

 チャット:やるやんハルカ

 チャット:キッズちゃんねるでありがちな無理くり言わされてるやつ

 チャット:かわいいw

 チャット:金払わせろ


 どうやら好評のようである。

 しかし中には『ツンツンしてる方が良い』というコメントを残している視聴者も居たので、ここらへんのバランスはおいおい決めていった方が良いだろう。


 今回はハルカ好みにセットアップしたが、ニコラも自然体の方がやりやすいだろう。ひとまず挨拶してくれるようになれば良いのだ。


「こ、これで良いのかハルカ!」

「おっけーおっけーバッチリだよ。皆かわいいって」

「オレにかわいいと言うな、消すぞ」


 ニコラがこちらに手の平を向けてくる。

 やめろ。


 チャット:かっこいいよ

 チャット:間違えた、かっこいい

 チャット:ごめんて

 チャット:格好良過ぎて惚れた

 チャット:イケメン


「ごめん、聞き違えた。皆かっこいいって言ってる」

「ふむ、嘘……ではないな」

「だって本当だもん」


 ニコラは音を操る性質上、声である程度の嘘は判別出来るらしい。乗りの良い視聴者が居てくれて助かったとハルカは思った。



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