15、レベルアップ



 ダンジョン:エリア『水中神殿』の攻略も終わり、さっそく家に帰ろうとするとハルカは入域管理官のメイさんに「一緒に帰らない?」とお誘いを受けた。


 どうやら車で自宅まで送ってくれるとのことだったので、ハルカは大喜びで車の助手席に座り、メイの隣でスマホを弄っていた。


「うへへ、今日は4万人も見てくれてたのかぁ~」

「嬉しそうね、ハルカちゃん」

「そりゃそうですよ! だって4万人ですよ!? いくらニコラ目当てなんだとしても、私嬉しくって!」

「中にはハルカちゃん目当ての人も居るかもよ?」

「それはないかなぁ~」


 自分を目当てとしてくれている人が居るのなら、どうして先ほど自動アーカイブされた動画には、ハルカについて書かれたコメントがないのかまったく理解出来ない。


 どんなに下へスクロールしても皆ニコラ、ニコラと口を揃えている。


 トゥイッターを見てみても、呟かれているのはニコラのことばかりだった。中にはファンアートを書いている人までいる。


 結構有名な絵師だったようで投稿1日で5000いいねも付いている。実に景気が良いことだ。ちなみにハルカのファンアートはない。まあ配信自体が声だけの出演なのである方がおかしいのだが。


「今までソロでやってた時はダイレクトメッセージなんかも一切来なかったんですけど、ニコラが来てくれてから何件かコラボのお誘いとか貰ってるんですよねぇ~、複雑だなぁ~」


「ふ~ん、コラボね」


 ぐいっとメイが運転しながらスマホの画面を覗き込んでくる。

 前を見ろ。


「あれ、メイさん興味ありです?」


「興味というか、心配かな。ニコラちゃんが来てからまだ2日、3日でしょ? その段階でコラボ申請してくる相手って、なんか後先考えてない人みたいな印象受けちゃかな」


「そうかなぁ~?」


 ハルカは今までチャンネル間同士のコラボなんてしたことがないので、コラボだのなんだのとそこらへんのことはあまり良く分からない。


 しかしメイはなんだか詳しいようなので、ハルカはコラボ申請を送ってきた相手のチャンネル名を何件か口に出してみた。


「『ゆめプー』さんはどうです? 私この人のこと知らないけど」

「駄目ね。結構野蛮な野郎4人組の探索者だから、ハルカちゃんとニコラちゃんの未成年コンビのコラボ相手として相応しくないわ」

「あ、はい」


 メイが指二つを重ねてバツマークを作る。

 よく分からないが相応しくないらしい。


 向こうのチャンネル登録者数は29万人なので、どちらかと言えばハルカ側が相応しくない気がするのだが、なんて思いながらハルカは次のチャンネルを口に出す。


「『冒険ジャーニー』さんはどうです? 登録者数80万人ですごいですよ。結構女性ファンも多いみたいで、私も何回かこのチャンネル見たことあります」

「そいつはヤリチ……ん゙ん゙ッ! 女の敵だから駄目」

「今何か言い掛けませんでした?」

「言ってない。そいつは炎上したことあるから駄目」

「あ、はい」


 絶対何か言い掛けていたが、ハルカは頭にクエスチョンマークを浮かべながら次の候補を口に出していく。女の敵とはなんだろうか。きっとモンスターの類だろう。


「あ、女性探索者グループからも来てますよ。『姉子肌』ってチャンネルです。登録者数は31万人ですね、どういう人達なのか気になるなぁ」


「その子達は過去に結構エグい炎上してるから駄目。元々は4人グループだったんだけど、その炎上が原因で今は3人に減ってるのよ」


「……メイさん、やたら詳しいですね?」


 いくらなんでも配信者情報に詳し過ぎではないだろうか。


 新人とは言え同業者のハルカがちらほらしか見聞きしたことないチャンネルでも、メイは的確に過去の炎上などを言い当てている。調べたら本当に炎上していたのだ。


「……メイさん」

「なに?」


 ハルカは試しにカマを掛けてみることにした。 


「この、『エスケープ』さんなんてどうですかね。登録者数は2000人程ですが、チャンネル名がちょっと格好良くて気になります」


 このチャンネルはハルカと同じく新人探索者3人グループで運営されている。


 開設されたのもたった三ヶ月前なので、いくら配信者に詳しいメイでも網羅しているといったことはないだろう。


「まだ新人探索者達の3人グループね。ちょっと新人過ぎて未知だけど、ニコラちゃんの重りになっちゃうかな。だってハルカちゃんが4人に増えるってことだし」


 どうやら知っているらしい。コンピューターか何かかとハルカは思った。


「あ、でもハルカちゃんが4人に増えたら、それはそれで……ッ。ふふっ、溜まらないなぁ……っ」

 

 メイが何やらぶつぶつ言っている。 

 ハルカはよく聞き取れなかった。


「とりあえずメイさん、やっぱりちょっと配信者に詳し過ぎせん?」

「べ、別にそんなんじゃないわ。私は入域管理官としてダンジョンの情報収集をする為に、色んな配信系探索者のチャンネルを見てるだけよ」

「ふ~ん?」


 確かに入域管理官として、と言われれば納得出来るかも知れない。


 ダンジョン協会は各地に支部があるので、色々な探索者の配信を通して攻略情報を収集すれば、自身が在籍する支部に居る探索者に的確なアドバイスが出来るだろう。


 ハルカもメイには何度とお世話になっている。

 今日もどんなダンジョンに潜ろうかと迷っていると、エリア『水中神殿』に行ってみないかと提案してくれたのもメイだ。


 お陰でアイテムのレベルを上げる[アイテム]を入手することが出来た。


「そういえばハルカちゃん、目的のアイテムはちゃんと手に入った? 私、配信の最後の方はあまりちゃんと見てなくて」


「あっ、配信見ててくれたんですか!? えへへ、ありがとうございます。ちゃんと手に入って既に使ってますよ!」


「そう、それは良かった」


 新人探索者にとって鬼門とされるダンジョン:エリア『水中神殿』の最奥にて待受けるアクアヴァイパーは、中級、上級者探索者でも油断ならない相手だ。


 しかしドロップするのはアイテムのレベルを上げるアイテム[昇華の秘水]なので、割と人気の高いボスモンスターである。


 ダンジョンボスは一度討伐されてから一定時間でしか再生成リポップされないので、アクアヴァイパーは割と競争率が高かったりする。


「ほら! 見てください!」


 ハルカが胸元から取り出した[キューブ]を見せつけるように指で弾くと、宙に詳細ウィンドウが表示される。


────────────────────

──キューブ:【異界深門】Lv:2

 休眠中:残り時間 5時間42分


 [昇華の秘水]により、レベルが上昇

 閉門時間:30分→35分(↑)

 休眠時間:6時間→5時間 50分(↑)


────────────────────


「へえ、意外と上昇率がしょっぱいのね。まあレアアイテムだからしょうがないか」

「そうなんですよ。でもこのままレベルを上げてけば、もっとニコラの活動時間が伸びていきます!」


 現状ではニコラが強過ぎて30分という活動時間でも問題ないのだが、この先のダンジョンではどうなるか分からない。レベルを上げる機会があるのなら上げた方が良いだろう。


 なにより、先日は活動時間の短さがネックとなって、まともに雑談配信をすることが出来なかった。


「これでまともな雑談配信出来るかも!」

「それは活動時間の短さが原因じゃないんじゃない? 一因ではあるけども」


 隣でメイがハンドル片手にクスクスと笑っている。


「いや、でも……ダンジョン外でのアイテム使用は禁止されてるし、私は低ランクの探索者だから許可も下りないし、自宅で[キューブ]を使用する訳にもいかないので」

「まあ、そうだけれども」


 探索者には『ランク』と呼ばれる階級が存在し、探索者カードによって紐付けられている。


 例えば最下級──『Cランク』探索者のハルカが高難易度ダンジョンに挑もうとしても許可は下りないし、外界でのアイテム使用は一切許可されない。


 その上の階級である『Bランク』『Aランク』『Sランク』なら協会から多少の信頼を得られるので、アイテムの使用許可が下りるかも知れないが。


 Sランクの上に『SSランク』階級の探索者も居るが一握りしかおらず、そこまで登り詰める人間は配信なんかしないのでハルカにも一切情報が入ってこない。


「SSランク探索者様と仲良くなれれば、もしかしたら代わりに[キューブ]使ってくれるかも知れないのになぁ~」


 絶対断られる自信がある。

 なんてハルカが溜息を溢していると、隣のメイがまたクスクス笑っていた。


「じゃあ、私とコラボでもしてみる?」

「え? メイさんとですか?」

「嘘よ嘘、じょーだんです」

「びっくりした。メイさんがSSランク探索者なのかと思いましたよ」

「そんな訳ないでしょう、だって入域管理官なんだから」

「確かにそうですね、メイさんいじわるだ」

「ごめんね」


 再びメイさんが意地の悪い笑みを浮かべて笑っている。

 

 騙され掛けたハルカは若干むくれながらも、メイの助言通りに今回送られてきたコラボ申請は全て断ることにした。


 まだ自分には早過ぎる。

 それにニコラが何を言ってくるか分からないのだから




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る