14、SSランク探索者様
とある視聴者 視点
新人探索者ハルカと坂本 ツヨシのアイテム取引を見届けた佐野 メイは、夜勤明けで軽く眠たかったのでコーヒーを淹れることにした。
休憩室でコーヒー片手にスマホを取り出し、探索者向けの動画投稿サイト『
この動画投稿サイトは、『探索者』を道を切り開く者と称してパスファインダーという名が付けられたらしい。なんとも仰々しいサイト名だなと思いながら、メイはようやく目的の配信者を見つけた。
「あ、居た居たハルカちゃん」
どうやらちょうど今、配信を始めたところだったらしい。
画面の中では両腕しか映っていないが、今日も元気に手を振っている。
(みんな、おっはよ! 『ハルカの迷宮探索ちゃんねる』だよ!)
チャット:おはー
チャット:朝から元気ね
チャット:ニコラちゃんは?
チャット:ニコラはよ
チャット:今日はどこ攻略するん?
チャット:昨日の雑談配信見たぜ
チャット:ほぼ放送事故だったけどな
(うん、そうそう。あの後、せっかく買った16万円の定点カメラが壊れちゃってさー! 普通に泣いたよね。お金稼ぐ為に配信者やってるのに、私何やってるんだろ!)
「ふふっ、確かに泣いてたなぁ」
先日、ダンジョンの中で雑談配信すると言いながらハルカが申請手続きをしようとして来たので、メイは『やめた方が良いのでは?』と忠告したのだが、あえなくカメラが破壊されてしまったようだった。
ダンジョンから戻って来た時は目が死んでいたので、大丈夫? としか声を掛けられなかった。どう見ても大丈夫じゃなかったが。
(あ、ニコラ。ほらほら、皆に挨拶して)
(くだらん、時間の無駄である)
チャット:相変わらずツンツンしてんな
チャット:かわいい
チャット:かわいいw
チャット:可愛過ぎる
チャット:いい加減デレろ
チャット:草
チャット:挨拶はしろw
画面の中で目鼻立ちの整った美幼女がつーんとそっぽを向いている。その瞬間、配信内のチャット欄が「かわいい」の文字で埋め尽くされていた。
やはりというかニコラのビジュアルの良さと、小さい癖に生意気そうなその性格が視聴者達に受けているようだ。
これで実力が無ければただの生意気な子供なのだが、いかんせんニコラは受けの良さそうな謎の技術【魔法】を使用し、瞬く間に迷宮を攻略してしまうのでアホほど人気が出ている。
探索者としても配信者としても実力のないハルカとは大違い。
しかしビジュアルの良さは負けていない筈だと、メイは対抗意識バリバリでチャット欄に文字を打ち込んでいく。
──チャット:ハルカちゃんも可愛いよ
しかし、あわれにもメイのチャットはニコラに対するかわいい連呼に流されて行ってしまった。津波に攫われた子供のように。
ハルカはどうやら読み上げするチャットをランダムに選出しているようで、メイのコメントがハルカに届いている様子がない。
「くっそぉー。ハルカちゃん、スーパーチャット解禁してくれないかなぁ」
いわゆるスパチャと呼ばれるそれは、お金を払ってチャット欄の目立つ位置に、自分のチャットを一定時間固定させるサービスだ。
それさえ使えれば配信者にチャットを読んで貰える確率が跳ね上がる。ハルカの場合は読み上げされる確立が多少は上昇するだろう。
メイは札束で他視聴者と差を付ける気満々だった。
しかしハルカはまだ底辺配信者なのでスーパーチャットが解禁されていない。
「ニコラちゃんも確かに馬鹿みたいに可愛いけど、ハルカちゃんの可愛さにも皆気付いて欲しい……ッ」
ハルカは目がくりくりと大きく、よく砂が目に入ったと言って目元を擦っている。天然の二重もまた彼女の魅力の一つだろう。
肩の高さで切り揃えられた黒髪も艶やかであり、今年31のメイとは潤いが天と地ほども違う。
若さ故か、探索者として運動しているせいなのか、スタイルも良くスレンダー体形だ。ダンジョン協会内では他探索者の野郎共に声を掛けられている所をメイもよく目にしている。
「全部アイショットカメラが悪い」
ハルカの配信は全て、彼女の目線アングルで展開される。
なので声しか聞こえない。ハルカの姿がまったく見えない。
昨日はようやく買った定点カメラでハルカの姿が映されるかと思ったら、ピッグマンに襲われている一瞬のワンシーンしかその姿が出てこなかった。残念。
ただし、過去に1回だけ雑談配信をした時は再生数が117回を記録していた。他のダンジョン探索配信の再生回数が4、50回なのに対してだ。
2倍である。
これはハルカの魅力が成せた数字ではないだろうか。
メイは信じて疑わない。
(だゃわああああああああああ!?)
(叫ぶな、いい加減慣れろ)
(まだ2回目ですけどおおお!?)
チャット:高速移動か
チャット:これズル過ぎるだろw
チャット:でも画面の揺れが前回より酷くねぇな
チャット:ハルカちゃん、高速移動に慣れ始めてんの草
チャット:ダンジョンの壁破壊すんのやばw
チャット:もうこれグリッチだろ
チャット:今回は何分踏破かな
ふと気付けば、画面の中でハルカの情けない悲鳴が聞こえて来る。
どうやらニコラが使う【音魔法】による高速移動でボスフロアを目指しているようだった。
破壊されたダンジョンの壁からは水が噴き出ており、ハルカとニコラの体をびっしょりと濡らしていた。
それもその筈、ハルカ達が今居るダンジョンはエリア『水中神殿』と呼ばれる迷宮だ。音魔法の余波で外壁に亀裂が走る度に、外の水がダンジョン内へと漏れ出ているのだろう。
何かの拍子にダンジョンの壁が壊れるという事案も存在するが、何故か勝手に修復されるので、中に居る他探索者が水責めになる心配はない。
チャット:なんかニコラちゃん濡れてない?
チャット:画面揺れ過ぎて分かんねぇw
チャット:ほんまや! 気付かんかった
チャット:なんでだ?
チャット:水中神殿だからじゃないか?
チャット:よく見たらニコラちゃんの体ライン出てて草
チャット:ちんちくりんかわいいw
画面の中ではニコラが未だハルカの手を引きながら、音魔法による高速移動を続けている。このままだと本当にあと数秒でボスフロアに辿り着くだろう。
「この魔法はなんなんだろう」
ニコラは音波を操る力を自在に扱い、それを【音魔法】だと説明していた。
メイが確認する限りでは『反響定位』『共振』『共鳴』『衝撃波』の4つを主に使い分けているようだったが、この高速移動は音波をどのように操った【魔法】なのか全く分からない。
「本当に面白いわね、ニコラちゃん」
魔法なんて架空の能力だと思っていたが、それを実際に操る者が現れて興味が尽きない。ダンジョンもスキルも十分ファンタジーだが、この音魔法とやらはそれ以上だ。
敵を体内から爆発させたり、炎を起こして一見無敵に思えるボスにダメージを通したりと、基本的になんでもあり。
今も配信画面の中で、ニコラが未知の魔法を披露していた。
(はッははは! その程度の水流でオレを負かす気か!)
ボスフロアに辿り着いたのだろうニコラが、巨大な海竜の様な姿をしたボス──アクアヴァイパーと一騎打ちしている。
ボスが口から水のブレスを放つと、ニコラは避ける様な動作も取らずに腕を伸ばし、音の魔法で正面から迎え撃った。
(音波によって水に急激な圧力の変化を与えるとどうなると思う? 答えは炸裂だ。これは【音魔法】──『
ニコラの手から閃光が放たれた瞬間、アクアヴァイパーが放った水流のブレス自体が炸裂を起こして崩壊した。
辺りに水飛沫が舞う中、ニコラが手と手を重ね合わせる。
(水を操る貴様は、音を操るオレと相性最悪であるな)
【音魔法】──白拍手。
静かに呟かれた無音の魔法がアクアヴァイパーに襲い掛かり、その頭部を内部から破壊する。
ボンッ!
と辺りを舞う水飛沫に赤色が付着した。
決着だ。
チャット:新技すげええええええええ!
チャット:相変わらず必殺技に名前付けんのなw
チャット:草
チャット:かわいいw
チャット:ニコラの戦闘は安心して見てられるわ
チャット:キャビテーションってやつか
チャット:今回は7分でーす!
チャット:水中神殿を7分はすげぇなwww
チャット:新記録やん!
ダンジョン:エリア『水中神殿』のボス──アクアヴァイパーは、新人探索者にとって鬼門とされるボスモンスターだ。
単純に威力の高い【スキル】をぶつけてくるので、攻略情報を持っていても地力がなければまともに戦うことすら出来ないのが最大の要因。
それを正面から堂々と打ち破ったニコラの姿に、視聴者達も興奮を隠せないようだった。次々とコメントが撃ち込まれるので、チャット欄が馬鹿みたいに早く流れている。
「キャビテーション……か」
メイが静かに呟く。
視聴者の中にも気付いている者は居たが、ニコラの使用した音魔法『圧壊白動』は恐らく空洞現象と呼ばれるキャビテーションを用いた技だ。
音波による圧力の変化で水の中に大量の気泡が生まれ、その気泡が再び圧力の変化によって潰れることで強力な衝撃波を生み出す。
アクアヴァイパーが使用したスキル──【水流ブレス】自体が炸裂して崩壊したのはその為だろう。
どう見ても人間技ではないが、魔法を使えばそれが可能なのだろうか。やはり【音魔法】はなんでもありの能力だ。
ニコラ自身が言っていた通り、水を操るモンスターとの戦いでは強力な対抗手段となるだろう。
「この子と居れば、ハルカちゃんは安泰かなぁ」
ニコラは探索者ではないが唯一無二の実力を持っている。
実力も然る事ながら、ビジュアル的な意味でも絵面が映える。
ちらっと見た視聴者数は既に4万人超えだ。
平日の朝にこれだけの人数が集まっていると考えれば末恐ろしい。
きっとこの中には海外の視聴者も混じっていることだろう。
(貴様! なんだこのドロップは! 願いを叶える[秘宝]ではないではないか!)
(私はニコラの役に立つ秘宝が出るって言っただけで~す)
(……どうやら音魔法を浴びたいようだなッ)
(え!? いやいや本当だって! これキューブのレベルを上げる為の[アイテム]なの! 本当だってにこら……、ニコラアアアアアアアアア!?)
画面の中では宝箱を明けた二人の少女がやんややんや大騒ぎしている。
もうすぐハルカはダンジョンから脱出してくるだろう。
メイはそれに合わせて帰宅の準備を進めることにした。
「あら? メイさん、お帰り……ですか?」
「そうだけど、どうしたの?」
隣で入域管理官の制服に着替えていた後輩が、不思議そうな顔をして尋ねて来る。
「いや、珍しく武装[アイテム]を持ってたので、どうしたのかな~って」
「最近物騒だからね」
「あぁ~、メイさん美人ですからね! 襲われちゃうかも!」
「いや、私じゃないんだけどね」
心配なのはハルカだ。
彼女は過去に金銭を巡って悪い大人達に騙され、そのせいもあってか交渉事でよく口が回るようになった。今回も坂本との取引で相手が嘘を付いていると見抜き、即座に交渉を中断させていた。
だが相手が相手だ。
後ろに誰が居るかも知れない者との交渉で、あんなにも心象を悪くしてしまっては、相手がその後どういう行動を起こすか分かったもんではない。
だからメイは武装[アイテム]を隠し持ち、せめてハルカを自宅まで送り届けるつもりだった。
ダンジョン外でのアイテム使用は基本的に禁じられているが、過去に一度でもダンジョン協会から『信頼に足る探索者』として見なされれば、制限はあるものの外界でのアイテム使用が許可される。
「さて、私は帰るからじゃあね」
「おいっす! 尊敬してます、元SSランク探索者様!」
口の軽い後輩を尻目にして、メイはロビーでハルカのことを待つことにした。
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