13、初めてのアイテム取引



「私、協会で『入境管理官』を勤めております、坂本と申します」

「は、はぁ……、私はハルカです」


 アイテムを購入したい人が居ると言われて、協会施設内部にある会議室みたいな所に案内されたかと思えば、そこに居たスーツ姿のおっさんに突然名刺を渡された。


 ハルカはまだ16歳の小娘なので、こういった堅苦しい場に慣れていない。


 なので変な汗を滝の様に流しながら、坂本と名乗ったおっさんの名刺をギクシャクしながらロボットの様に受け取る。


 名刺には国際迷宮管理協会総連合第五支部 入境管理官──坂本 ツヨシと書かれている。


 漢字が多過ぎてハルカはなんだか眩暈がしてきた気がした。

 これは坂本が操る【スキル】に違いない。

 きっと名刺に触れると頭がおかしくなるのだ。


「その国際迷宮なんとかって言うのはね、ダンジョン協会の正式名称なのよ」

「あ、そうなんですね、メイさん」


 心配だと言って会議室に付いて来てくれたメイさんが、目を回しているハルカに知識的な補助を入れてくれる。


「ちなみにその『入境管理官』は、私みたいな事務員のことね」

「へ、へぇ~、知らなかった」

「ハルカちゃんはまだ若いけど探索者なんだから、そこらへんも覚えておかないとね。自分が所属している組織の名前とかは特に」

「す、すみません……」


 普段、受付窓口で探索者に対し事務サポートを行っている者は、メイの言う通り入境管理官と呼ばれている。つまりは役職名であり、メイもその一員だ。


 ハルカは知らなかった。

 事務員さんとしか呼んでいなかった。


 目の前のおっさんは訝し気な目でこちらを見ている。

 絶対、まったく最近の若者はとか思ってそうだ。


 しかしその通りなのでハルカは冷や汗を流すことしか出来ない。

 メイさんが付いて来てくれて本当に良かったとハルカは思った。


「ではでは、話を進めましょうか」

「お?」


 急にパッと笑みを作った坂本が手の平をこちらへと向ける。


「ハルカさんの噂はかねがね、最近ではご自身の配信チャンネルも好調で、人気が鰻登りなのだとか」


「私のチャンネル見てくれてるんですか?」


「はい。『試練の遺跡』の探索動画も拝見させて貰いました。知の試練をあっさり踏破した時は、思わず私も息を吞みましたよ」


「お、ほう?」


 あらぬ方向から急に褒められてしまい、ハルカはなんだか気分が良くなってくる。な~んだ、この人絶対良い人じゃんと。


「[キューブ:【異界深門】]を用いて呼び出したニコラ様と協力し、二つのダンジョンを誰よりも早く踏破した時も、私は思わず感銘を受けましたよ」


「あ、それは大半がニコラのお陰ですので」


「何をおっしゃいますか。非協力的だったニコラ様を言葉巧みに操り、協力者に引き入れたのは、何を隠そうハルカ様ご自身の手腕ですよ」


「おぉ~?」


 言葉巧みに操っていると言うのは少々語弊があるかも知れないが、なんとかニコラを協力者として引き入れたのは確かだ。


 お陰で声と声を結ぶ【音魔法】で呪われてしまったが、その甲斐あってか今ではチャンネル登録者数は『5万人』にまで増えた。


 つい先日まで150人程度だったのに。


「ふふん! 言われてみれば確かにそうかも!」

「言われてみれば、ではなく、確かにそうなのですよ」

「えへへ、照れるなぁ~」

「探索者が[アイテム]で武装するように、ハルカ様は[キューブ]などを使って武装しているのです。それは紛ごうことなくハルカ様ご自身の実力です」

 

 ハルカは坂本とか言うおっさんの褒め攻撃に全力でデレる。


 しかし急に[アイテム]という単語を出して来たことは聞き逃さない。ここからが本番ということだろう。


 大人という生き物の中には、子供を無知な馬鹿とみなして騙そうとしてくる悪い奴が居ることをハルカは知っている。


「そこでですよ、ハルカ様の所持している[アイテム]なのですが」

「キューブは売りませんよ」

「……、ほう。そうですか」


 きっぱりと言い切ると、坂本が表情から笑みを消す。


 隣のメイはほッと胸を撫で下ろしていた。

 褒め攻撃でほだされていると思って心配してくれていたのだろう。


「理由を尋ねても?」


 そう問われたのでハルカは胸元のネックレスから下げた[キューブ]を取り出した。


「別にニコラがどうこうって訳じゃないですが、この[アイテム]はお父さんから譲り受けた物ですので。誰かにあげちゃうってことは絶対にないです」


「なるほど、形見という訳ですか」


「……形見じゃないです。事故で寝たきりですけど」


「んっんっん。これは失礼」


 失言してしまったと坂本がわざとらしく咳払いする。そして、再びわざとらしく溜息を吐いて肩を竦めて見せる。


「どうしても、絶対に、ですか?」

「はい、そうです。諦めてください」

「う~む……」


 難しそうな顔をした坂本が椅子にもたれ掛り、腕を組んでしばし沈思する。しばらくすると何かを思いついたのか、ハルカへと向き直った。


「では、ハルカ様が先日入手した[霧の指輪]はどうでしょうか?」

「そっちも欲しいんですか?」

「勿論です。あれは新発見の[アイテム]だ。そしてその効果は、あのお強いニコラ様を多少ですが苦戦させた程です。欲しがる者も多いでしょう」


──アイテム[霧の指輪]

 その効果は体を煙状にするスキル【煙体】を付与するというもの。


 ニコラには攻略されてしまったが、他のモンスターに対しては一定時間『無敵』になれるという、戦闘において大きなアドバンテージを得ることが出来る強力なアイテムだ。


 昨日、このアイテムの入手方法をハルカとニコラが発見したことで、協会施設内ではダンジョン:エリア『試練の遺跡』に挑もうとする探索者グループで賑わっていた。


 しかしダンジョンの『試練を与える』という性質上、一度に攻略に挑めるグループは一つまで。


 ニコラは9分で踏破してしまったが、あのダンジョンの平均クリアタイムは4時間超えだ。つまり1日に挑める探索者グループは最大でも6グループが限度だろう。


 なにより[霧の指輪]の入手方法を発見したと言っても、迷宮案内人をどうにかボスモンスターに変貌させるまで怒らせなければならないので、方法が確立されたとは言えない。


 だからハルカは直感している。

 アイテム[霧の指輪]はとんでもないレアアイテムになる筈だと。


「う~ん、霧の指輪もレアアイテムだからなぁ~」


「そうですね。あれはきっと恐ろしくレアなアイテムとなるでしょう。入手方法を発見したとは言え、霧状の化け物に対する攻略情報がニコラ様の【音魔法】しかないのですから」


「あれ【スキル】じゃないから誰にも真似出来ませんからね」


「困り物ですよ。だから欲しがる者も多いという訳です」


 そう言って坂本は自身の胸に手を置いた。

 まるで自身が『欲しがる者も多い』に含まれるとでも言いたそうに。


「それ嘘ですよね」

「……え?」

「坂本さんが欲しいんじゃなくて、別の誰かが指輪を欲しがっていて、その代理人……と言いますか、交渉人として坂本さんがここに来てるんじゃないですか?」


 坂本が無表情で胸に当てた手を下げる。

 確証があった訳ではないが、どうやら当たりだったようだ。


「これ、何か分かります?」


 そう言ってハルカは右腕に装着された純白の腕輪を見せる。


「……な、名前は知りませんが[アイテム]では?」

「違います。これはニコラに無理やり付けられた【音魔法】です。私の配信をみてくれている方ならご存知の筈なんですけどね。メイさんは知ってましたよ」


 ハルカの配信を見てくれているメイは『腕輪』のことを知っていた。それを坂本は知らなかった。つまり嘘を付いている。


 後ろに居る誰かが配信を見ていて、坂本に指示を出したのだろう。


「さっき、私がキューブなどで武装しているって言いましたよね? この腕輪をアイテムだと思ったから『など』なんて言ったんじゃないですか?」

「う、う~む……っ」


 ハルカは配信でキューブ以外の[アイテム]を使用して見せたことはない。新人探索者なので単純に他の[アイテム]を所持していないのが理由だ。


 アイショットカメラもアイテムに含まれるが、あれをアイテムだと配信で見抜くことは不可能だろう。視聴者にはカメラとしか言っていない。


「……まあ、そうですね。確かに私は代理人です、はい」


 観念したとばかりに坂本が口を割った。


「誰のです?」

「それは申し訳ありませんが言えません……」

「こっちには顔を出せと言って来たのに、そっちは顔を出さないってことですか」


 ガタリ、とハルカは席から立ち上がる。


「では、この取引は無かったということにしたいです。だって、信用出来ませんからね」


 やはり子供だと思われて舐められていたのだろう。

 少々頭にきたので、ハルカはぷんすかと怒りながら会議室から出て行った。


 その後をメイが坂本に軽い会釈をしてから追いかける。


「……くそっ、生意気クソガキめ」


 取り残された坂本は重たい溜息を吐きながら、背広の中からスマホを取り出してどこかへと連絡を入れていた。


 

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