6.5、悪魔憑き
ニコラ 視点
外では雨が降っている。
既に誰も住んでいない寂れた廃屋にて、ニコラは暖炉に火を灯して体を暖めていた。
幼い子供の体は寒さに思いの外弱い。
雨で気温が落ちているせいか、暖を取っていても体が震えてくる。
割れた窓ガラスから差し込む隙間風のせいもあるだろう。
──《ここで何をしているのですか、ニコラ様》
頭の中でまたあの声が聞こえて来る。
「何だ貴様、居たのか。向こうでは一切話しかけてこなかった癖に。それにあのダンジョンとやらに『願いを叶える秘宝』はなかったぞ」
どういうつもりだ、と何もない虚空を睨みつける。
そこにこの声の主が居る気がしたからだ。
──《申し訳ありません。ですが、あの世界に『願いを叶える秘宝』が存在するのは確かです。情報を伏せていたことも謝ります。主が危険な状況でしたので》
「主……、ハルカのことか。お前はあいつと似ているな」
──《私とハルカ様が、ですか?》
「このオレを利用しようとした所がだ」
ニホン、という世界で出会ったハルカという少女。
彼女は一切の嘘を吐くことなく、あえて情報を伏せることでニコラの力を利用して、まんまと目論み通りダンジョンから脱出して見せた。
見たところ年齢はまだ16程だろうか。
何も考えていなさそうな顔をしていながら、思慮深い面を見せる不思議な少女だったとニコラは記憶している。
「お前もハルカも悪魔祓いの力を簡単に利用しよって」
──《その悪魔祓いであるニコラ様は、こんな廃屋で何をしているのでしょうか? 見たところ暖を取っているのは理解出来ますが》
その質問にニコラが押し黙る。
すると『声』は何かを察したようだった。
──《聞いたことがあります。悪魔に呪われた者は『
「……そうだ。だからオレはこんな寂れた所に居る」
──《悪魔祓いの組織から追放されたのですね。そして今、ニコラ様は逃亡生活を送っているという訳ですか》
「その通り。だからオレはこの忌々しい体を元に戻す為に、お前の言った『願いを叶える秘宝』を欲している」
ニコラの居るこの世界では、悪魔と戦うことを生業とする『悪魔祓い』と呼ばれる者達が集まる組織が存在する。
ニコラもそこに所属していたが、悪魔に呪われて幼い女の子の姿にされたことで、悪魔憑きと見なされ組織から身分を剥奪されて追放処分を受けた。
悪魔の呪いは伝染すると言われているのだ。
ニコラはそれを迷信と知っているが、他の者達はそうではない。
だからこんな廃屋に逃げ隠れ、逃亡生活を送っている。
──《ニコラ様の強力な【音魔法】を使えば、無理にでも人間達に言う事を聞かせられるのでは?》
「何を言うか。オレは人の味方だ。そんな悪魔のような真似はしない」
──《ハルカ様には使ったではありませんか》
「本気ではない。契約を結ばせたが同時に礼もする、必ずな」
──《なるほど。お優しいことで》
ふふふ、と声が頭の中で笑みを漏らしている。
ニコラはなんだか不思議な気分になった。
「不気味な奴だ。まるで背筋が凍る様だよ」
得体の知れない声の存在に寒気を感じたニコラが、暖炉に薪を足そうとして立ち上がると、ふらふらと足がよろけてしまった。
軽い貧血だろう。
ニコラが腐りかけているソファに手を付けて呼吸を整えていると、ふとした時に「ぐぅ」と腹の虫が鳴いてしまう。
──《ちゃんと食べていますか? 軽い栄養失調の傾向が見れます。今の幼い子供、それも女の子の体で無理をなさってはいけませんよ》
「この生活でまともな食事にあり付けると思うか?」
──《申し訳ありません。ですが、この生活を続けるといつか……》
「大丈夫だ。たまに向こうの方から食料を持ってくる奴が居る。ちょうど、今みたいにな」
そう言ってニコラが廃屋の玄関を睨みつけた瞬間、扉が何者かに蹴破られた。
扉の残骸がけたたましくばら撒かれ、奥からまだ若い男の声が聞こえてくる。
「ようニコラ様。長い逃亡生活にはもう飽き飽きだろ? ここらへんでもう終わりにしようや」
「バイガスか」
「ニコラ様、あんたが悪魔祓いを追い出された時以来か?」
真っ黒なローブに身を包んだ男──バイガスと呼ばれた男が、腰にあった剣鞘から剣を引き抜き、ソファに手を付いて呼吸を整えているニコラに剣先を向ける。
「命乞いは聞かねぇぞ。悪魔憑きは殺せってのが掟だからな」
「今のオレにはまったく厄介な事だ」
「ははっ、厄介で済めば良いけどな、随分かわいくなっちゃってよォ」
外にはバイガスと同じ黒いローブを身に着けた男達が複数待機している。
このバイガスはニコラを討伐する為に派遣された悪魔祓い集団の先鋒、もしくは斥候といったところか。
それに見合うだけの実力をバイガスは持っている。
「ニコラァ! てめぇの首、持ち帰らせて貰うぜ!」
「ならば手ぶらでお帰り願おうか」
「そんな青ざめた顔しながら生意気言ってんじゃねぇ! 呪われて弱ってる今のお前なんざ一捻りだ!」
ニコラは剣を振り被った男に腕を突き出し、手の平から閃光を瞬かせた。
〇
「わ、悪かった……、だから、命だけは……」
「先ほど『命乞いは聞かねぇぞ』と言っていた男の発言とは思えんな」
ニコラに首を鷲掴みにされているバイガスは、降参とばかりに両手を上げてニコラに慈悲を求めていた。
大の大人が嗚咽をかいている姿を見てニコラはうんざりする。
ハルカと言う少女は敵意を向けられても一切物怖じしなかっというのに。
「ニコラ……、あ、あんたが居なくなってから、悪魔との戦いに、押されてるんだ……、だからよ」
「だから、なんだ?」
「お、俺が上に進言してやるから……、だから、助けてくれ……」
「貴様程度が言って聞かせるだけで状況が変わるのなら、オレはここまで苦労していない」
「ぐ、うぅぅ……」
バイガスは腕は立つが所詮は下っ端だ。
この男の言葉で悪魔に呪われた悪魔憑きをどうこうすることは出来ない。
溜息を吐いたニコラは淡々と告げる。
「安心しろ、お前達は生かして帰す。伝令という訳だ。このオレ、ニコラ・アラメルタに手を出せばこうなるとな。追っ手共にそう伝えておけ」
「ひ、ひぃ」
「オレはもう疲れた。二度と顔を見せるな」
そう言ってバイガスを放り捨てたニコラは、近くで倒れる他の悪魔祓いを避け歩きながら、今まで隠れ家にしていた廃屋から離れる。
そして身に纏うローブに付いているフードを深くかぶり、少しでも雨風を凌ぎながら小さな干し肉に齧り付いた。
──《あの男達が持っていた食料、それだけでしたね》
「久しぶりの肉だ。これだけでも栄養になる」
──《この後はどうするおつもりで?》
「次の隠れ家を探す。そこで体力を回復させ、ハルカの次なる召喚を待つことにする」
ニホンで出会ったハルカとは契約を結んだ。
最短あと1日で次のダンジョンへとニコラを呼び出すだろう。
ハルカに付けたあの白い腕輪は単なるコケ脅しだが、臆病そうなあの少女なら多少の効果は望めるだろうとニコラは確信している。
コケ脅しなのがバレればそれまでだが。
「お前、名前はなんと言う」
──《そうですね。キューブとでもお呼びください》
「ではキューブ、お前は良い隠れ家になりそうな所を知っているか」
──《申し訳ありません。こちらの世界の知識はあまりないものでして》
「ふむ、残念である」
──《ですが、隠れ家が見つかるまでのお話相手にはなりましょう。それで少しは寂しさ──いえいえ、暇潰しにはなるでしょう?》
「……そうか、ありがたい」
ニコラはたった今手に入れた干し肉を齧りながら、ふらついた足取りで近くの森の中へと姿を消した。
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