07、ダンジョン:エリア『試練の遺跡』




 探索者がダンジョンへ潜る手段は2つ存在する。

 一つ目はダンジョン協会が管理するゲートを利用する方法だ。

 

 ダンジョン協会が運営する施設内に存在する『転送ゲート』と呼ばれる門を使用すれば、出入口の管理されたダンジョンへと転送して貰うことが出来る。


 利用するには『探索者カード』というIDカードに似た許可証の発行が必要不可欠だが、手厚いサポートを受けられるので普通の探索者はこの方法を利用する。


 もう一つは野良のダンジョンへと潜る方法だ。


 この方法はまだ誰にも見つかってない空間の歪の中に入り、未発見のダンジョンに侵入して誰の邪魔や指図を受けるでもなく自由に探索する方法だ。


 ただし、メリットはほとんどない。


 未発見のダンジョンをダンジョン協会に報告せず侵入することは違法であり、中で何かあっても協会から救助者を送られるというサポートも受けられないのでデメリットばかりが目立つ。


 それどころか攻略情報も出回ってないので危険度が高く、何も情報がない中で初見殺しを受ける機会が増えるだけなので、基本的に入ったら生きて出て来れることはほどんどない。


 なのでハルカの様な探索者になって僅か二ヶ月の初心者は、本来の手段であるダンジョン教会で管理されているダンジョンへと潜る。



「おはようございまっす! メイさん!」

「あらハルカちゃん」


 協会が運営する施設内にて、ハルカがダンジョンへと潜る為の手続きを済ませる為に受付へと歩を進めれば、そこには見知った仲の女性がこちらに頭を下げていた。


 美人と有名な事務員の佐野 メイさんだ。


 探索初心者であるハルカを気に掛けて、当時は色々とダンジョンのことを教えてくれたのでハルカは頭が上がらない。それと同時に気軽に話し掛けられるお姉さん的な存在でもある。


 昨日も配信を見てくれていたようで、ハルカがピンチだと知ると急いで救助者をダンジョン:エリア『異界洞窟』へと送ってくれたらしい。


 救助者とは入り違いになってしまったが、転送ゲートで脱出した先で心配したと本気で怒られてしまった。


「今日も早いのね」

「へっへへ、配信探索者なので」

「死にかけて泣いてた癖に」

「うぐっ」


 痛い所を突かれたハルカが思わず押し黙る。

 その様子を見てメイはくすくすと笑っていた。


「そういえばハルカちゃん、ニコラちゃんって子に付けられた腕輪はどうなったの? 大丈夫?」


「い、いやぁ~、まあ大丈夫なのは大丈夫なんですけども」


 メイにはハルカが声と声を結ぶ【音魔法】のことを知られている。


 手首に付けられた腕輪のせいで、ハルカが強制的にダンジョンへ行かなくてはならなくなってしまったことを知る人物でもある。


 だから彼女は親身になってくれている。


「もし危なそうならまた救助隊の人に連絡出来るけど」

「あ、いえ! そこまでしなくても大丈夫ですよ!」

「ハルカちゃんがそう言うなら良いんだけど……」


 救助隊は協会が抱えている選りすぐり探索者達のことだ。


 彼らは強力な[アイテム]で装備を固めており、そこらのダンジョンのモンスターなら手も足も出せないほど強い。


 また何かしらの理由でダンジョン内部で身動きが取れなくなった探索者の救護や、犯罪を犯した探索者の撲滅に駆り出されることもある。


 つまりメイはこう言っているのだ。

 救助隊を使ってニコラを討伐することも出来ると。


 そうすればハルカの腕輪は外れて晴れて自由の身を取り戻すことが出来る。


 しかしハルカとしてはその選択肢は視野にない。

 腕輪の効果は怖くて試せないがまだ本物だとは限らない。それに、


「私はニコラに利用される立場ですけど、それだったら私だってニコラを利用したいじゃないですか。うへへ」

「あー……、ニコラちゃん、ネットで人気だったもんね」


 動画を見た、と言うからにはその反響も知っているのだろう。

 ハルカがニコラをどう利用しようとしているかを察して困ったような表情を浮かべていた。


「せめて足元を掬われないようにね。ニコラちゃんって、ちょっと普通じゃないから」

「心得てます! だって、どうしても大金稼がないとですから!」

「はいはい、じゃあ大金稼ぐ為にまずは探索者カードを見せて頂戴ね」


 ハルカが言われた通りに『探索者カード』と呼ばれる一種のIDカードを提示すると、メイがそれを受付カウンターの横に設置されていた機器に通していく。


「それじゃあ、今日はどこに行くの?」


 必要な手続きが終わったのか、メイが探索者カードを差し出す。

 それを受け取ったハルカは満面の笑みで答えた。 


「はい! 今日はエリア『試練の遺跡』に行きたいと思ってます!」







 ダンジョンに入る方法は至ってシンプルだ。

  

 通行証の役割を持つ『探索者カード』を認証装置にかざすと、協会の施設内部に設置されている転送ゲートが開く仕組みになっている。


 どこに転送されるかは受付のメイさんに申請することで自由に選ぶことが出来る。


 ゲートの前に立ったハルカは、親から譲り受けた[キューブ]を手に取って静かに呟く。


「お母さん、今日も見守っててね」


 扉の奥は真っ暗で何も見えない。

 しかしそこへ一歩踏み込めば、一瞬の浮遊感の後に景色が一変するのだ。


「……んッ。 何度通ってもこの感覚は慣れないなぁ」


 真っ暗闇に足を伸ばしたかと思えば、次の瞬間には石材を何層にも積み上げられた外壁に囲まれた空間に転移する。


 足元には固い石畳が引かれ、上を見上げればどこまでも高い天井が見えた。


 ひんやりとした空気に肌を撫でられながら正面を見据えると、何十メートルはあろうか巨大な門が大広間にてハルカの行く手を阻んでいる。


 そして、門の傍で侵入者を待ち構えていたモンスターが腰を曲げて丁寧に一礼してきた。


『お待ちしておりましタ、探索者様ですネ?』

「うおっ……そ、そうでーす」


 一礼を解き、上体を起こしたモンスターはスーツを来た人型の化け物であり、頭は黒いモヤが掛かっていて表情が全く分からない。ただ、笑っているのだけは雰囲気で理解出来る。


 こいつは『迷宮案内人』と呼ばれるモンスターだ。


 ハルカは事前に情報を仕入れていたので、この妙に人間っぽいモンスターが出待ちしているのを知っていた。


『で、探索者様はお一人ですかナ?』

「いやいやまさか、私みたいな初心者が一人で来る訳ないですって」


 そう言ってハルカが胸元のネックレスに下げられたアイテム[キューブ]を握り締めてニコラの姿を思い浮かべると、突如として空間に亀裂が走り、ドス黒い空間が顔を覗かせる。


──「ふむ、約束は守ったようだな。感心である」


 太々しくどこか偉そうな口調をしている癖に、やたら可愛らしい声の主が真っ黒な空間から姿を現わす。


『……なんト』


 迷宮案内人はまさかもう一人の探索者が、こんな珍妙な登場の仕方をするとは思ってなかったらしく、少々驚いた様子を見せていた。


「して、今回はこいつをはっ倒せば良いのか?」

「いやいやいや、駄目だよニコラ」

「何故だ」

「この人……って言って良いのかな。とにかく、この人は無害だよ。むしろ私達には有益ではっ倒したら駄目なの」

「ふむ、そうか。気配は化け物の類をしている癖に不思議な奴だ」


 さっそくモンスターに手の平を向けて好戦的な顔を見せるニコラを宥める。可愛い顔をしてる癖にどうしてこんなに血の気が多いのか。やはり普通ではない。


「小娘、ここにオレが求めている秘宝があるのか?」

「いや、まだ分からない」

「ならば何故ここで呼び出した」

「ここでドロップする[アイテム]の情報がまだ出揃ってなくて、もしかしたらニコラが欲しい『願いを叶える秘宝』があるかもなんだって」

「なるほどな、十分挑む価値はあるということか」


 どうにか納得してくれた様子だ。


 これで役者は揃いましたと言わんばかりに、ハルカは迷宮案内人と呼ばれるモンスターへと向き直る。


「以上、この2名で攻略に挑みます」

『でハでハ改めましテ、ようこそおいでくださいました探索者様』


 律儀に再び腰を曲げて迷宮案内人が丁寧な礼を披露する。

 その様子をニコラは訝し気な表情で眺めていた。ハルカは若干緊張していた。


『ここは試練の遺跡、探索者様のお力を試す場となっておりまス。存分にお楽しみ下さイ』


 ダンジョン:エリア『試練の遺跡』

 文字通り侵入者に対して試練を課す迷宮だ。


『なお、死しても責任は一切負いませんのでご了承くださいまセ』


 モヤの掛かった顔の奥で迷宮案内人がニコリと笑った。




 

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