08、『力』の試練



「ニコラ、しつこいけど配信で色んな人に見られるけど本当に良い? 後で文句とか言わない?」


「二言はない。誰に見られても問題なしである」


「おっけー」


 ニコラの許可も貰えたことなので、ハルカはさっそく目元に装着された『アイショットカメラ』を起動する。


 すると目の前に宙に浮かぶ簡素なウィンドウが表示された。


 項目としては『スタート』と『停止』の二択を操作するのが基本であり、スタートを指でタップすれば配信開始、停止をタップすれば配信停止と簡素ながらシンプルで分かり易い作りになっている。


 他にも『設定』という項目も選択することが出来るが、今回はもう配信用に設定を整えてる為ダンジョン内部でこの項目をいじることはない。


「じゃあスタートするよ」

「勝手にすると良い」

『私に許可は取らないのですカ?』


 ウィンドウのスタートをタップしようとすると、隣に居た迷宮案内人に口を挟まれる。


 彼はモンスターなので特に許可を貰う必要はないだろう。

 人間の言葉を喋るだけで基本的には敵対関係にある。


 若干罪悪感はあるもののハルカは『スタート』をタップして配信を開始した。


「はい、『ハルカの迷宮探索ちゃんねる』でーす。皆、見えてる? 声は聞こえてる?」


 チャット:来た!

 チャット:遅いぞ

 チャット:おけ

 チャット:見えてるよー

 チャット:音量も大丈夫

 チャット:わくわく

 チャット:ニコラちゃんはよ


 耳元に装着されたインカムを通して、視聴者が打ち込んだチャットの読み上げも同時に開始される。どうやら映像音声共に問題なしとのこと。


 ハルカのカメラは、所有者であるハルカ自身の目線をアングルとして配信画面に落とし込む[人工アイテム]だ。

 

 どういう原理かは知らないがとても高額だったので問題なしでなければ困る。


「じゃあ自己紹介ね、私は新人探索者の今野 ハルカでーす。よろしくよろしく」


 チャット:ニコラは?

 チャット:幼女まだ

 チャット:ニコラちゃんどこー?

 チャット:ニコラちゃんの配信見に来ました

 チャット:配信の枠間違えたかな


「お前らいい加減にしろよ」


 チャット:ごめんて

 チャット:冗談やん

 チャット:怒るなよ


 目線の先で手を振って視聴者に挨拶を交わす。

 どうやらこの馬鹿野郎達はニコラしか求めていないようなので、ハルカはさっそくニコラを映すことにした。


「じゃあニコラ、皆に挨拶してね」

「名乗る義理もなし。くだらん、時間の無駄である」


 しかしツンとした様子でそっぽを向かれてしまう。

 表情を心底つまらなさそうにさせていたので、本気でどうでも良いのだろう。


 先ほどニコラには呼び出せる時間が30分しかないと説明したので、こんな茶番はさっさと終わらせて欲しいと思っているに違いない。


 チャット:ニコラちゃん来た!

 チャット:かわいいw

 チャット:めっちゃツンツンしてて草

 チャット:今日もタイムアタック頼むぜ

 チャット:前回4分やっけ

 チャット:自己紹介してよー

 チャット:音魔法楽しみやわw


 こちらはハルカと違って受けが良い。


 あんなぶっきらぼうな態度のどこが良いのかまるで分からない。まあ分からないから底辺配信者なんだろうなとハルカは自分を無理やり納得させる。


『そして私は迷宮案内人と申しまス、皆様どうか──』


 チャット:誰?

 チャット:は?

 チャット:誰だよ

 チャット:なんだコイツ

 チャット:出しゃばるな

 チャット:こいつ魔物だろw

 チャット:今すぐそこからどけろ


 スッとニコラの前に立って丁寧なお辞儀を披露するモンスター。しかし受けはハルカと同じくよろしくない。不憫である。


『ふふふ、この配信に華を一添え出来るのなら幸いです』

「あ、そう」


 ストリーミングという概念を理解しているらしい。

 黒いモヤの奥でドヤ顔をしているのが雰囲気で分かる。


 残酷な真実は伝えないとして、ハルカはさっそく目の前で行く手を阻んでいる巨大な門の説明をこの迷宮案内人に求めた。


「この門どうやったら開くんです?」

『はイ、そちらは両サイドにある通路の奥、そこにある扉の先に鍵がそれぞれ置いてありまス。そちらを使用して頂ければ簡単に開きますヨ』

「へぇー」


 事前のこのダンジョン:エリア『試練の遺跡』の情報調べていたハルカは、眼前の門が鍵で開く作りになっていることを既に知っていた。

 

 説明を求めたのは視聴者に目的を分かり易くする為もあるが、ダンジョンの知識が皆無そうなニコラに概要を理解して貰うのが最大の理由だ。


 迷宮案内人は簡単に言っていたが、まあ簡単に鍵を集めることは出来ない。通路の奥は大部屋と繋がっていて、そこにはモンスターがわんさかと居る。

 

 そんな危険地帯に突っ込んで鍵を拾ってくるのが、ダンジョン『試練の遺跡』が初めに探索者へと課す第一試練だ。


「どうニコラ、分かった?」

「……ふむ」


 悪気があるのか説明の足りない迷宮案内人の解説に、ハルカが事前に調べていた情報を補足して再度説明する。


 しかしニコラは顎に手を当てて考え込んでおり、二つの鍵穴をじっと紫色の目で眺めていた。


 チャット:大丈夫か?

 チャット:理解してなさそう

 チャット:まだ幼女だからしゃーなし

 チャット:もしやポンコツ系か

 チャット:可愛いから許す


 読み上げでもニコラを心配する声が上がっている。


 仕方が無いのでもう1回先ほどの説明をハルカが繰り返してあげると、ニコラは腕を組ながら更に難しそうな顔をしてこちらに振り返ってきた。


「何故、扉を開けるのに鍵が必要なのだ」


 鍵が掛かってるからだろ。


「話聞いてた?」

「聞いた上で問うている」


 組んだ腕を解いてニコラが門扉に手を添える。


 口元を歪めるその表情を見て、「あ、まずい」とハルカすぐにこの幼女が何をしようとしているかを察した。隣の迷宮案内人はくすくすと笑っている。ハルカはこのモンスターを置いてその場から離れる。


『こらこらお嬢様、まず鍵を探さなければこの門は開きませんヨ。それが第一の試練となっているのですからネ』


「次、オレをお嬢様と呼んだらボスの前に貴様から消すぞ。それとわざわざ鍵を探してやる必要もなし。堂々と正面突破が最善である」


『ハ?』


 コツンとニコラが片手で門を弾いたその瞬間、ビキビキと音を立てて門が崩壊してしまった。


『エッ!?』


 せっかくの第一試練がおしゃかにされて迷宮案内人が呆気を取られている。


 お得意の【音魔法】だ。


 前回のダンジョンでもキングピッグマンの大斧相手にも同じ技を披露していたことをハルカは覚えている。


 確か技名はなんと言ったか。


「何を驚いている。これは共振である」

『はイ?』


 チャット:草

 チャット:出た共振

 チャット:試練とは

 チャット:鍵必要なかったんやね(錯乱)

 チャット:合理主義者

 チャット:鍵は音魔法でした


 あわれ更地となった門扉の前でニコラが悪い笑みを浮かべていた。そんな悪魔にモンスターが肩をプルプルと震わせて怒りを露わにする。


『オ、おのレおのレ……ッ! 私が丹精込めて作った御もてなしの第一試練ヲ! これはまず探索者の力を見る試練なのだゾ!』


「ならばオレは力を披露してやったまでである。文句はあるまいな」


『いヤ……、確かにそうですけド』


「文句はなさそうであるな」


 絶対文句ありそうな迷宮案内人の横を素通りし、ハルカとニコラはもはや門とは言えない門を通り抜けて次の部屋へと続く通路を進んで行く。


 後ろから迷宮案内人が「次で殺してやル、次で殺してやル」とぶつぶつ呪詛を吐きながら着いて来る。


 怖いからやめて欲しいとハルカは思った。


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る