09、『知』と『心』の試練
第一の試練を無事(?)突破したハルカとニコラ。
その後ろをぶつぶつと呪詛を呟いている迷宮案内人が着いて来る。
なんだか後ろから刺されそうな気がするので、ハルカは前を歩くニコラに後ろを歩いて欲しいと頼むことにした。
「ニコラ、ちょっと後ろ歩いて貰って良い?」
「何故だ」
「ほら、何かあったら私が肉壁になってあげるよ」
「論外である。貴様の身に何かあったらどうする。それに弱者を盾にするほど落ちぶれてはいない。逆に貴様は堂々とオレを盾にすれば良い」
「はい、すんません。そうします」
なんて断られてしまった。
肉壁なんて余計なことを言ってしまったせいだとハルカは自戒する。
チャット:お前今ニコラちゃん盾にしようとしただろ
チャット:あのさぁ
チャット:このクズが!
チャット:主がニコラちゃんを守るんだよ
チャット:先輩やろ!
チャット:気持ちは分かるけどさぁ
ハルカの目線をカメラで見ていた視聴者にはどうやら目論みがバレていたようだ。
だって怖いんだもん、と言い訳を垂れると増して罵詈雑言が飛んできたので黙ることにした。
やがてしばらく通路を進んで行くと扉が見えて来る。
開けて中に入ると、複数の門が外壁に並び連なった大部屋がハルカ達の視界に広がった。
『ふふフ、こちらがお前ら探索者共に第二の試練を課す場でス。題して知の試練とでも言いましょうカ』
「へぇ」
「ふむ」
急にテンションを取り戻した迷宮案内人が意気揚々と広間の中央に立ち、ハルカと視線を合わせてお辞儀しながら解説を始める。
どうやらカメラ視点を意識しているらしい。
エンターテイナーなモンスターも居たもんだなとハルカは他人事に思った。
『さてさて門がいっぱいありますネ。一体どれが次の試練へと繋がっているのでしょうカ。失敗を引けば容赦のない罰が課せられまス。探索者様達にはその英知を持って、正解の扉を引き当てて貰えますよう私は願っておりまス……クククッ』
ククク。
本心が漏れて出ている。
失敗を引き当てて欲しいのだろう。
『ちなみにヒントはありませんからネ、そしてチャンスは一度でございまス』
「実に面倒な試練だな」
本気で面倒臭そうな顔をしてニコラが頭をぽりぽりと掻いていた。
チャット:どれが本物だ
チャット:ヒントとかねぇの?
チャット:無理ゲーやろこれ
チャット:今度は魔法でごり押しも無理か
チャット:魔法でどうにかならないのか
視聴者も理不尽な試練の内容に困惑している。
大部屋に設置されている門は全部で30。
その中から一つしか存在しない正解をたった1回のチャンスで引き当てろと言われているのだ。無理ゲーと文句垂れたくなるのも当然だろう。
しかしハルカはすぐにこの試練の答えを導き出す。
「じゃあ戻ろっかニコラ」
「む?」
『エッ!?』
ハルカが今入ってきた扉を開けると、先ほどとは違った通路が扉の奥に広がった。『罰』とやらが襲い掛かってくる様子もないので、まあこれが正解だったのだろう。
実に性格の悪い試練だ。
だがヒントがないと言われればそうでもなく、先ほど迷宮案内人は外壁に連なった門を指してあえて「正解の『扉』を引き当てろ」と言っていた。
この部屋に『扉』は一つしかない。
出入り口となっている今入って来た扉、それが正解だ。
「ほう、貴様やるな」
「でしょう、もっと褒めて良いよ」
チャット:やるやん
チャット:見直したぞハルカ
チャット:まあ偶にはね
チャット:でもこいつさっき幼女を盾にしようとしたぞ
チャット:今のでプラマイゼロにしてやらんこともない
チャット:あのモンスター流石に可哀想じゃない?w
チャット:ほんまに草
読み上げでも誉め言葉が聞こえてきたのでハルカは胸を張ってドヤ顔をかます。
──チャット:いや攻略情報を見て来ただけやろ
しかし真実を見抜く英知を持つ者も中には居たので、ハルカは調子に乗るのをやめて通路を進むことにした。今度はニコラの前を歩いて。
『貴様ァ! さては事前にこの試練の内容を知っていたナァ!』
「うわぁッ!?」
背後からブチ切れた迷宮案内人が追い掛けて来た。
前を歩いて居て正解、後ろのニコラがモンスターの両手を抑えてくれた。
「迷宮案内人とやら、何か文句でもあるのか?」
『あるに決まっていル! これは探索者の知を試す試練なのだゾ! こんなイカサマが通って溜まるかァ!』
「ははは、何を言っている。知って識るが知識だ。この小娘は知識を持って『知の試練』を突破したまでである。貴様が憤怒を向けること自体が筋違いと知れ」
『グヌヌヌヌヌヌヌッ!!!!』
モヤに隠されている表情を見るまでもない。
迷宮案内人は二度も試練を難なく突破されてもう激怒状態だ。
足蹴にした訳ではないので怒らないで欲しいとハルカは切実に思う。いくらニコラが居るとはいえ怖くて仕方が無い。
そして次の試練。
通路の奥に進むと大部屋が見えて来た。
その中央にて鼻息の荒い迷宮案内人がブチ切れながら試練の解説を始める。
『次は心の試練ダアアアアアアアアア! てめぇらの薄汚ねぇ精神を試してやるから感謝しロッッッ!』
チャット:キレ過ぎやろw
チャット:大草原
チャット:最初は紳士的だったのにw
チャット:しゃーない
チャット:せっかく用意した試練だったからなw
絶対に本人には聞かせられないチャットの読み上げを余所に、迷宮案内人がこちらに中指を向ければ眼前に二つの魔法陣を出現した。
「な、なにあれ!?」
『ハッハァ~ッッッ! これは俺の【スキル】ダ! てめぇらが一番恐怖する存在を呼び出シ、てめぇらの心の中にある恐怖の象徴と戦わせル! それが心の試練、この迷宮の最終関門ダァ!』
私も戦うの?
とハルカが額に冷や汗を流す内に魔法陣が発光を始めた。
解説によればこの魔法陣の中から『恐怖の象徴』が姿を現わすらしい。
「ふむ」
ニコラの眼前に浮かび上がる魔法陣がポンッと軽快な音を発する。
「ふむむ?」
『エッ!?』
しかし中からは何も出現しなかった。
これはどういうことだろうか。ニコラと迷宮案内人は理解出来ないとばかりに小首を傾げている。
ハルカもよく分からなかったが、ふと頭を過った疑問をニコラへ投げ掛けた。
「ニコラは怖いって思ったことある?」
「ないが」
「だから何も現れないんだよ」
『まァ~たイカサマしやがったカァアアアアアアアアア!!!』
恐怖が無ければ、心に恐怖の象徴なんて存在出来ない。
だから魔法陣は何も呼び出すことが出来なかったのだろう。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
その事実が迷宮案内人の怒りに油を注いでしまった様子。
天井を見上げて奇声を上げている。もはや何かに変身してしまいそうだった。
「あ」
次いでハルカの眼前に浮かび上がる魔法陣が発光を始める。
ニコラの時と同様にポンッと軽快な音を発すると、中から現れたのはブチ切れる迷宮案内人と同じ姿をしたモンスターだった。
どうやら心のどこかであの迷宮案内人を怖いと思ってしまっていたらしい。殺してやるとぶつぶつ呪詛を吐き連ねたり、激怒しながら追い掛けて来たりと、ハルカも怖くて仕方が無かったのだ。
だからこの結果は当然としか言い様がない。
『どうして俺が現れるんだよクソガァ!』
『どうしたんですカ? 何故そうまでして怒っているのでス? そんな様子では迷宮案内人の名折れですヨ? まったくしょうがない人ですネ』
『…………グガガッッッ!!!』
出現したもう一人の案内人がキレてる案内人の肩にポンと手を置く。
『うるセェッ!!!』
『ぐワッ!?』
次の瞬間、怒りの拳がモヤの掛かる顔面に飛んで、ハルカの恐怖の象徴は討伐されてしまった。
あわれ、その身は黒ずんで崩壊し、宙に霧散して消滅してしまう。
「これで心の試練は突破であるな。実にご苦労だった。お陰で労せず[秘宝]が手に入りそうである」
つまらなさそうにしていたニコラがトドメの一撃を放つ。
『いヤ……、まだダッ』
すると、迷宮案内人の顔面を包んでいたモヤが広がり、その身全体を覆い隠してしまった。
巨大な腕をモヤから伸ばし、巨大な脚を突き出し、モヤを広げて体長を何倍にも膨れ上がらせたモンスターがその正体をハルカ達の前に晒す。
その様子をニコラは口元を歪めながら楽しそうに眺めていた。
「はははッ、先ほどの試練が最後ではなかったのか?」
『エクストラステージだッ!!! これが本当の最終試練、てめぇらの耐久性を試してやル! 俺様が一方的に痛めつけることによってナァッ!』
「貴様の耐久テストにならなければ良いがな」
『最後の最後までふざけやがっテッッッ!』
なんだかとんでもないことになったなとハルカは部屋の隅っこに避難した。しかし目線──アイショットカメラは化け物とニコラに向けて離さない。
チャット:おおおおお!!!
チャット:エクストラステージ!?
チャット:今回は戦闘見れないと思ってたから助かる
チャット:俺はニコラちゃんを信じとるで
チャット:案内人がラスボスだったのか
チャット:俺このダンジョンの配信、何回か見てるけど始めて見たわ
チャット:キレさせ過ぎるとこうなるのかw
配信的にも実に美味しい展開だろう。
カメラから表示させたウィンドウの設定項目で『情報』をタップすれば、同時視聴者数は前回と同じく3万人以上がこの配信を見てくれている。
やはりニコラは撮れ高の化身だ。
彼女と一緒に居ればもしかすれば配信者として上を目指せるかも分からない。
「おっしゃー! いけいけニコラー!」
ハルカは嬉々とニコラに声援を送る。
チャット:お前は?
チャット:戦わねぇの?
チャット:探索者だろw
チャット:幼女に戦闘任せっきりなのは草
チャット:あのさぁ
チャット:このクズが!
チャット:まあハルカちゃん弱いし
チャット:ライブ配信で応援上映は笑う
インカムから聞こえて来るチャットの読み上げはまた散々な物だった。
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