10、最終試練



『ウオラァッ!』


 迷宮案内人──モヤの化け物が巨大な腕を突き出すと、真っ黒な煙が吹き出してニコラに襲い掛かった。


「むッ」


 一直線に突き進む煙をニコラが飛び退いて躱すと、その後方で衝撃音が大部屋に響き渡る。煙の癖して質量を纏っているらしい。


『ウハハハハッ!!! ちょこまかと逃げ回るだけカ!』

「──『白拍手』」


 ニコラが反撃に回り、無音の拍手を化け物に浴びせる。


 この攻撃は殺傷能力を持つまでに増幅させた音波に指向性を持たせ、敵の内部へと侵入させて炸裂させる【音魔法】だ。


 しかし魔法を浴びせた化け物には、あるべき内部構造が存在しなかった。


 体をモヤで包んだ訳ではない。

 全身が黒い煙で構成されており、音波を炸裂させても効果がまるでない。


 つまり攻撃が無効化されている。

 煙の体はダメージなど受けないということだろう。


『なんだそのチンケな攻撃ハ! 俺に耐久テストをするんじゃなかったのカ!』


「随分と厄介な体をしているな」


『この体は俺様のスキル【煙体】ダ! 全ての攻撃を無効化させる最強の体ヨ! 誰も俺様に勝てやしなイ! 怒らせるべきじゃなかったのダ!』


 振り回される巨大な腕がニコラを追い掛け回して追撃を止めようとしない。


 しかしニコラの表情にはどこか余裕が見え隠れしている。

 質量を伴った煙の攻撃を避ける為に、あれだけ動き回っているのに汗一つとして流していなかった。


「に、ニコラ……?」


 大部屋の隅に身を寄せているハルカは目線をニコラから離さない。


 なぜああも追い詰められているのに冷や汗すらかかないのか。ハルカにはその理由が分からなかったが、今も煙の攻撃を避け続けている術は理解出来ていた。


 反響定位、エコーロケーションだ。


 恐らく音波でこの大部屋全体の動きを細かく把握し、化け物の攻撃の起動を予測して必要最低限の動きで避けている。視覚や反射神経だけで躱している訳じゃない。


 だから煙の流動体を利用した背後からの奇襲も、振り向くことすらせずに回避している。


 キングピッグマンの大斧を紙一重で避けたのもこの技術だろう。


 チャット:やばくね?

 チャット:これ勝てるのか?

 チャット:白拍手も通じねぇじゃん!

 チャット:だああああああ防戦一方だ!


 実際の現場に居ない視聴者はそれに気付かず、ニコラが苦戦していると勘違いしている。だから心配する声が大多数を占めている。


 だが、ハルカの目にはしっかりと映し出されている。

 カメラの解像度が映し出せない、ニコラの楽しそうなあの表情が。


『く、くソッ!!! どうして当たらなイ!』

「どうした? 煙の体もどうやら疲労が溜まるみたいだな?」

『ほざケッ! 何をどうしたってこの優勢は覆らないのダッ!』

「だと思うか?」


 何を思ったかニコラが煙の化け物との距離を縮め始めた。


 一切の攻撃が通用しないと分かっていての特攻に、流石のハルカも心配が勝ってしまい、ついついニコラの名を叫んでしまった。


「ニコラッ!?」

『馬鹿メッ!!!』


 煙の拳が突き出される。

 ニコラが小さな体を捩り、身を回転させて直撃を避けた。

 勢いそのままに地を蹴って更に化け物との距離を縮めていく。


「ハァ、……ハァ! また避けやがっタ!」


 化け物がついに息を切らし始めた。

 真逆にニコラは呼吸を一切乱さない。


「さて、果たしてこれが通じるかどうかだな」


 やがて肉薄したニコラが両手を煙の体内へと突き入れる。

 化け物は疲労が溜まってしまい対処に遅れてしまった。


 ニコラの両手が閃光を瞬く。


『何をすル!?』

「音波もエネルギーだ。極限まで集中させればやがて発火点に至り、炎へと昇華するだろう。これは【音魔法】──『共鳴白火きょうめいびゃっか』である」

『ヌッ!?』


 ボンッ!!!

 と炎が煙の体内で爆ぜた。


『ゴッ……ハ!? ア、あああア熱づづづああアアアアアッ!?』


「はっははは! どうやら高熱によるダメージは防げないみたいだな!」


『ガアアアアアアアアアアッ!!!?!?』


 一切の攻撃を無効化する【煙体】を持つ筈の化け物が、その場に倒れてもがき苦しんでいる。


 ハルカはこの【共鳴白火】と言われた魔法を見た事がある。


 前回のダンジョンでニコラが焚火をしていたのだ。

 炎の魔法も操れると思っていたのだが違う。音波のエネルギーを利用した魔法だった。


「これは無敵と勘違いし油断した自身への報いと思え!」


 閃光を瞬く手の平を次々にニコラが撃ち込んでいく。

 その度に炎の爆ぜた炸裂音が大部屋を揺らし、同時に化け物の断末魔が響き渡る。


『ごゥッ! ウググガガガガッ!!?』

「久方ぶりに焦ったぞ! 負けずとも勝てないやも知れぬと思わせられた!」

『ドぅワアッ!!!ウギッ! ガウッ! も、もうヤメッ!!!』

「貴様は強い! 褒めてやろうッ!」

『ゴギャアアアアアアアアアッ!!!?!?』


 最後の炎が打ち上がり、大部屋の中央が焦げて真っ黒な炭色に変貌すると、そこには煌びやかな宝箱が残されているのみだった。


「ふむ。もう散ったか。ほらハルカ、終いである」


 振り返ったニコラがこちらへと手招きした。


 チャット:音魔法つえええええええ!!!

 チャット:いやこれニコラちゃんが強いだけだろw

 チャット:共鳴白火であるッ!!!

 チャット:もう音関係ないでしょw

 チャット:やっばwww

 チャット:技名付けてるの可愛過ぎるw

 チャット:幼女最強! 幼女最強!

 チャット:9分! 今回は9分で踏破でーす!!!

 チャット:はええええええええ!!!


 視聴者も大盛り上がりで大変よろしい。


 部屋の隅で縮こまって隠れていた甲斐があったとハルカは満足し、手招きされるがままにニコラの元へ駆けて行く。

 

「と、とりあえずおめでとう。それでニコラ? なんで私を呼んだの?」

「手が震えている、少し調子に乗ってしまった。代わりに宝箱を開けて欲しいのだ。まったく我が身ながらにこの細腕の脆さには反吐が出る」

「共鳴白火だっけ? 結構負担あるんだね」


 ニコラは汗一つ流していないものの、その小さく細い両腕はプルプルと細かく震えていた。強力過ぎる【音魔法】の負担に体が追い付いていないのだろう。


 流石に可哀想なのでハルカは言われた通り、ニコラの代わりに宝箱を開けてあげることにした。


 チャット:あのボス討伐したのニコラちゃん達が初めてか?

 チャット:色んな配信見てるけど、迷宮案内人から宝箱出たところは見た事ない

 チャット:絶対珍しいレアアイテム入ってるだろ

 チャット:ニコラちゃんが欲しい物だと良いね

 

 誰も討伐したことのないダンジョンのボス。

 そいつがドロップするアイテムは一体どんな物なのか、視聴者の皆も気になるのだろう。


 何故、キューブがこのダンジョンのドロップ情報がまだ不完全であると説明したのかの理由が分かった気がする。


「でも何でそれを知ってたんだろう」

「……小娘、どうかしたのか?」

「あ、いやいや、なんでもないよ。じゃ、開けよっか」

「うむ、早く開けてくれ。はやく」

「はいはい」


 普段ぶっきらぼうな態度のニコラが隣で目を輝かせている。この時ばかりは見た目相応に見える。


 早く開けろと肩を揺すってくるので、ハルカはさっそく宝箱を開けることにした。


「おっ」

「……なんだこれは」


 中に入っていたのは『指輪』だった。


 どす黒いリングに真っ黒な宝石が嵌められており、真っ黒な外見も相まって非常に禍々しい。


 試しにハルカが指輪を指で弾いてみると、ウィンドウが宙に投射されてその詳細情報が表示される。


────────────────

──霧の指輪

 使用すると一時的にスキル【煙体】を所持者に付与する。

────────────────


「おお、これ結構強い[アイテム]なんじゃない!?」


 この【煙体】は煙の化け物に姿を変えた迷宮案内人が使用していた【スキル】だ。


 ニコラには火によるダメージで攻略されてしまったが、大概の攻撃を無効化することが出来るので有用な[アイテム]だろう。


 しかし隣のニコラは地面に突っ伏して微動だにしなかった。まあ目的の[願いを叶える秘宝]ではなかったのでこの反応も当然かも知れない。


 チャット:うなだれてて草

 チャット:あ~あ

 チャット:かわいいw

 チャット:さっきのボス倒した幼女とは思えんな

 チャット:服汚れるよ


「ニコラ、服汚れるよだってさ」

「落胆する相手に掛ける第一声がそれか」

「私が言った訳じゃないよ」

「……ずっと思っていたことだが、貴様は誰の会話を聞いているのだ」

 

 むくりと起き上がったニコラが、眉間に皺を寄せてハルカのカメラを覗き込んでくる。配信を眺めていた変態達は『近過ぎw』と大興奮だった。


「ニコラ、駄目だよ。BANされちゃう」


 チャット:されねーよ

 チャット:警戒し過ぎや

 チャット:絶対過去に何かやらかして敏感になってるだろ


「や、やらかしてないもん」

「また何者かと会話しているな。以前、貴様の視線は不特定多数の者に共有されていると抜かしていたことがあったな。そいつらだろう、貴様が会話をしている相手は」

「そうだよ」

「具体的に何人居る」

「ん~……」


 ハルカは[カメラ]を操作して表示させたウィンドウの中から、設定内にある『情報』の項目をタップする。


 そこに表記されていたのは同時視聴者数:40576人という数値だ。

 先ほど見た時よりも約1万人以上増えている。


 きっと新種のモンスターの討伐と、恐らく新種のアイテムだろう[霧の指輪]の情報が出回ったに違いない。


 同じく新種のダンジョンの配信に有名配信者が挑戦した時は、同時視聴者数が100万を超えていたこともあったので、まあ4万人は妥当な数字だろうか。


「すごいよニコラ、4万人が見てるよ」

「よ、4万!? 貴様の視覚が4万人に共有されているのか!」

「そ、そうだけど……」


 普段は冷静な姿しか見せないニコラが珍しく同様した素振りを見せる。


「貴様、もしや高位な魔術師だったりするのか? 4万人との視覚共有など通常ならば考えられん」

「…………そうだよ」

「やはりか!」


 チャット:ん?

 チャット:何言ってんだ?

 チャット:今そうだよって言ったか?

 チャット:あのさぁ

 チャット:幼女を騙して楽しいか?

 チャット:さらっと嘘を吐くな


 またも散々な言われようだったが、嘘を吐いたのにはちょっとした理由があるので許して欲しいとハルカは思った。きっと視聴者も喜ぶだろう。


 それに最初にこちらを騙して契約の魔法で縛り付けてきたのはニコラだ。これでイーブンとして欲しいともハルカは考える。


「良いニコラ? 私は今4万人と視覚を共有しています。そして会話も出来ます。それはすなわち、4万人と情報共有が出来るということです」


「……なるほど」


 腕を組んで顎に手を当てるニコラ。

 どうやらハルカが何を考えているか察してくれたらしい。


「つまり、オレが探し求めている[願いを叶える秘宝]を探す手助けとなってくれるやも知れんということか」


「そうそう、そういうこと。皆ニコラのこと興味津々みたいだから、きっと協力してくれるよ」


 チャット:なんだ?

 チャット:どういうことだ

 チャット:俺達もニコラちゃんに利用されちゃう?

 チャット:そういうことか

 チャット:ハルカちゃんやるやん

 チャット:まかせろ

 チャット:何でもするぜ!

 チャット:靴も舐めます

 チャット:もちろん見返りはありますよねw


 一部調子に乗ってる奴も居るが視聴者は概ね肯定的だ。

 であれば、ニコラ相手じゃ絶対に無理だろうと思ってたアレが出来る筈だ。


「じゃあさ、私と一緒にトーク配信しない?」

「とーくはいしん?」




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る