11、トーク配信‐雑談回‐
──『ハルカの迷宮探索ちゃんねる』の放送が開始されます。
チャット:お
チャット:はじまた!
チャット:ニコラちゃんの雑談回!
チャット:ん? どこに居るんだ?
予定された時間に配信がスタートされる。
配信主であるハルカが言うには、ニコラを呼び出すことの出来るアイテム[キューブ]にはクールタイムが存在し、当日中に配信出来るとしたら最低でも6時間後との説明があった。
SNSのアカウントでは8時間後の夜18時に『雑談配信する』との告知があったので、それに合わせて視聴者達は待機していたのだが、
(ちょちょちょ! ニコラ! そっちからいっぱい来てる!)
(ええい! 数が多いな!)
(死ぬ! 死ぬぅぅううううう!)
配信画面に映し出されているのは茶色い岩壁だけ。
そこにはニコラはおろかハルカの姿もなく、どこか遠くから二人の声が聞こえてくるのみだった。
そして何故だかモンスターの奇声まで聞こえて来る。
(プギャアアアアッ!!!)
(来た、来たッ! ニコラ助けてェ!)
(あまり動き回るな阿呆め!)
チャット:ダンジョンに居んのか?w
チャット:なんでだよw
チャット:馬鹿かな?
チャット:そりゃまともに配信始められんわ
チャット:しょっぱなからグダグダで草
いつもの目線アングルを配信に落とし込む『アイショットカメラ』ではなく、今回は定点カメラを使用しているらしかった。
だから岩壁しか映し出されていない。
(オレサマ、オマエ、マルカジリッ!)
(だゃわあああああああああああ!?)
チャット:声近くなってきたw
チャット:意外と近くに居る?
チャット:だゃわあああああああああwww
チャット:ハルカの悲鳴しか聞こえんw
足音が近くなってくる。
何事だと視聴者達が配信を眺めていると、画面の右横から号泣する黒髪の少女が絶叫しながらそのまま左へと駆け足で通り過ぎて行った。
その後、同じく右横から大量のピッグマンが全力疾走で左へ過ぎて行く。
チャット:今のハルカちゃんじゃないかw
チャット:また豚の化け物に追い掛けられてて草
チャット:いや、だから何でダンジョンで配信すんだよ
チャット:アイテムってダンジョン以外だと使用禁止だからね
チャット:あーそれでか
ダンジョンで入手出来る[アイテム]は様々な効果を持つだけに、ダンジョン外での使用は法律によって認められていない。
一部、ダンジョン教会にて信頼出来ると判断された『探索者』にだけ、個数を制限して認可が下ろされる場合もあるが、初心探索者のハルカには当然[キューブ]の使用許可はされていない。
だから自宅ではなくダンジョン内で雑談配信を試みようとし、あえなくモンスターに襲われてしまったのだろう。
チャット:確かニコラちゃん呼び出せるの30分限定やっけ
チャット:じゃあまずいでしょ
チャット:もう結構な時間経ってるよ
チャット:配信始める前に呼び出してるだろうからやばいな
チャット:駄目だこりゃw
チャット:俺の待機時間を返せ!
配信が始まってから既に5分が経過しようとしている。
その間もハルカと思しき女の子の悲鳴がダンジョン内に木霊している。
(ニコラどこ!? 死んじゃう! 私死ぬ!)
(プギュオアアッ!!!)
(にこら! ニコラアアアアアアアアアア!!!)
チャット:うるさ過ぎて草
チャット:いつもこんな感じなん
チャット:初期から見てるけど基本こんなん
チャット:配信者として失格やろw
チャット:賑やかしの才能はあるな
視聴者がどこからともなく聞こえて来るハルカの悲鳴に耳を傾けていると、今度は透き通るような可愛らしい声が画面右奥から近付いて来た。
(どけろッ! 邪魔だ豚畜生共!)
(プギョオオオオオっ!?)
(ブヒイイイイ!?)
キィンッ!
という高音と共に閃光が瞬くと、何かにぶっ飛ばされたピッグマンが5体ほど右から左に通り過ぎて行った。
直後、白髪の幼い女の子が右奥からゆっくりと歩いて来た。
「まったく、今回は化け物が多くてかなわんな。あの小娘はどこまで逃げた」
逃げ足だけは早いな、と呟いたニコラが定点カメラへと向き直った。
「これが4万人の視点と繋がっているとハルカは言っていたな。本当に視覚共有されているのか? う~む、疑わしいものだ」
ニコラがカメラを覗き込むと、大きな紫色の瞳がドアップで映し出された。少し顔を引けば、今度は色素の薄い口元がアップされる。
チャット:ニコラちゃん!
チャット:来たああああああ!
チャット:サービスカット草w
チャット:待ってたよ!
チャット:もう雑談始めようぜw
チャット:今は1万くらいしか見てないよー
チャット:まあ雑談配信やしな
定点カメラの真横にはスピーカーが設置されており、コメントが読み上げされるようにハルカが設定していたので、視聴者のチャットが直接ニコラの耳に届く。
「む、オレの名を呼んだか? ほほう、本当に遠く離れた者と会話出来るのか。まったく珍奇な魔法もあったものだ、便利である」
興味津々とばかりにニコラが目を丸くしてカメラやスピーカーをつんつんと突いている。
チャット:顔ちっちゃw
チャット:かわいい
チャット:顔立ちがもう日本人じゃねぇのよw
チャット:っぱ幼女よ
チャット:お前ら少しはハルカちゃんのこと気にしてやれよ
チャット:ニコラちゃんってどこに住んでんの? 日本人じゃないよね?
「次、オレにかわいいと言ったらこのカメラとやらを破壊するぞ。そして質問に答えるつもりはない。ただ、貴様らはオレの問いに答えていれば良いのだ」
チャット:無茶苦茶言いよるw
チャット:クソガキで草
チャット:でもそこが良い
チャット:俺達に何でも聞いてくれ
チャット:ニコラちゃんの為ならなんでもするよ!
「だがまあ、少しだけなら質問に答えてやらんこともない。代わりに貴様らは対価を差し出すのだ。それが誠意である」
胸に手を当てて『誠意』を口にする幼女。
言い分は無茶苦茶だったが、意外と律儀に問いには答えてくれるらしい。視聴者達はこぞって質問をぶつけ始める。
チャット:どこに住んでんの?
チャット:胸に付けてるバッチって何なんや
チャット:ローブ着てるけどコスプレ?
チャット:スリーサイズ希望
チャット:音魔法教えてくれ、上司に撃つ
チャット:そもそも音撃術士ってなんなん?
スピーカーからチャットを読み上げる音が止まない。
ニコラは困ったような顔をしていたが、少しずつ質問に答えてくれた。
「まず、出身は帝都リヴァリスである。その名を知らん者は居ないと思うが、一応言っておくと北オーラジア大陸の中心だ」
チャット:どこだよw
チャット:知らねぇw
チャット:オーラジア大陸www
チャット:異世界人か?w
「胸元の徽章は高位の悪魔祓いの証である。皇帝陛下から直々に授与された誉れ高き栄誉であり、このローブは悪魔祓いの正装である」
チャット:エクソシストかな
チャット:どこの国の話だw
チャット:設定凝ってるなぁ
チャット:かわいいなコイツ
チャット:草
チャット:強そう
チャット:実際強いからなw
「誰かが音魔法を教えてくれと言っていたな。これは簡単に扱える物ではない。血の滲むような鍛錬を経て初めて身に付く魔法である」
言ってニコラが手を見せて人差し指と中指を立てると、それぞれの指が光を発し始めた。
「音波もエネルギーだ。それぞれの指が発する互いの音波を共鳴させ、何倍にも増幅させた音圧を極限まで集中させる。そして、そこに魔力という燃料を与えれば」
ボウッ、とニコラの指先が火を発する。
「この通り」
チャット:?????
チャット:なんて?w
チャット:すげー
チャット:よく分からんがすげぇなw
チャット:なるほど分からん
「これが【音魔法】──『共鳴白火』である。極めれば何でも出来て応用力も高いが、いかんせん地味でな。音撃術士は人気がないのだ」
チャット:可哀想に
チャット:俺は興味あるぜ!
チャット:教えてよ
チャット:今時間あるでしょ?
「ほう、貴様らは音撃術士に興味があるか。うむうむ、中々見る目があるな。感心である。音魔法を見ても悲鳴しかあげないハルカとは大違いだ」
満足気にうんうんと頷くニコラが「だが」と言って続ける。
「そろそろハルカが危ない。あの小娘は[霧の指輪]とやらを持っているのでしばらくは大丈夫かと思うが、今はどうやら10匹ほどの豚畜生に追われているようだ。なので音魔法を教えるのはまた次の機会とする」
チャット:草生える
チャット:助けてあげなw
チャット:俺なら泣くわ
チャット:ダンジョンで配信しようとするからだろw
「ではさらばだ」
そう言ってニコラが画面の左奥へと消えて行った。
「む、そうだそうだ」
と思ったら左奥からつつつとニコラが戻って来る。
「今回は……なんと言ったか、はいしんとやらは無理そうである。なので、ハルカに頼むから言ってくれと嘆願された台詞を言い残してから去ることにする」
チャット:お?
チャット:ハルカちゃんやばいよ
チャット:なになに
「ちゃんねるとうろくおねがいします?」
チャット:おけ
チャット:もうしたよ
チャット:忘れてたわ
チャット:通知も入れたぜ
「いいねとかもおしてね?」
チャット:いいよ
チャット:ええで
チャット:今押した
チャット:欲しがりさんめ
「とぅいったーもふぉろーしてね?」
チャット:うん
チャット:多いな
チャット:まあ
チャット:それくらいなら
「あと4つ程あった気がするが忘れてしまった」
チャット:多過ぎやろ
チャット:強欲で草
チャット:幼女に何お願いしてんだ
チャット:あのさぁ
「では今度こそさらばだ」
ニコラが手をぷらぷらと振ってその場を後にする。
その直後、閃光と共に轟音が響き、地面が揺れた衝撃で定点カメラが落下した。
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