06、同接30000人




 化け物が跋扈し、命のやり取りが盛んな危険地帯であるダンジョンは、その出現から20年も経つと世間からは娯楽の一環として見られ始めた。


 単純に数々の[アイテム]が発掘され続け、攻略する側である『探索者』の装備が整ってしまったことに加え、ダンジョンの攻略情報の詳細が出回った為、ダンジョン探索の危険度が極端に下がってしまったことが原因だ。


 だからハルカの様に、ダンジョン探索の様子をネットで配信する探索者まで出て来た。



「げ、今日の配信、3万人くらいに見られてたんだ」


 夜。


 ダンジョンから無事に生還を果たして自宅に帰って来ていたハルカは、自動アップロードされた今日の配信動画の『最大同時接続者数』を眺めていた。


 これはハルカの配信を見ていた視聴者の数の最大値を指す単語だ。


 ライブ配信サイトのレポートを確認する限り、同時視聴者数は最大で3万を超える数値が記録されている。


 丁度、ニコラがキングピックマンを討伐した瞬間の数字だった。


「い、いつもは30人くらいしか見てくれないのに……」


 ハルカは配信者としては底辺である。

 理由としては探索者としての実力が無いからだ。


 足を伸ばすのは低難易度のダンジョンばかり。魔物、一般的にモンスターと呼ばれる化け物と戦っても、逃げるが勝ちといった手段を取ることが多い。


 ダンジョンのボスと戦うなんてとてもじゃない。


 だから見栄えがしないのだ。それでは視聴者の興味関心を惹くことは出来ない。今ではダンジョン配信者など掃いて捨てるほど居るのだから。


 しかしモンスターに殺されかけた瞬間はどうだ。

 視聴者数は1万を超えている。


 ネット掲示板やSNS等で、ピッグマンに殺されかけている配信者が居ると噂が広まったのだろう。


 残酷な現実だが、そんな刺激的な場面に釣られて視聴者が集まり、そこで登場したのがニコラ・アラメルタという激つよ幼女だった。


 【魔法】という見たこともない異能を使ってダンジョンを瞬く間に攻略。次いではボスをも余裕を見せながら討伐し、わずか4分で迷宮踏破を達成してしまった。


 ニコラの日本人離れしたビジュアルと、ちんちくりんな愛嬌ある幼女の姿も相まって、アーカイブされた配信動画は投稿されてから僅か3時間で60万再生を超えている。


「ぬぅぅ! くやしぃ~!」


 デスクの上でハルカは頭を抱えて項垂れる。


 今まで何度もダンジョン配信を投稿して来たが100再生も行けば良い方だった。それがここに来て急に60万再生と来た。


 チャンネル登録者数も150人程度から2万人程に激増している。これはニコラの次のダンジョン攻略を期待しての数値だろう。


 彼女が魔法を使用している場面も勝手に切り抜きが作られ、そちらも既に万再生を超えている。


 コメント欄ではニコラを絶賛する声の中から、何故かハルカは情けない悲鳴だけが時間指定で撃ち込まれていた。


 ハルカは試しにカチリとクリックしてみる。

 すると開かれたのはニコラの高速移動に悲鳴を上げているハルカの場面だった。



(だゃわあああああああああ!? )


 @user-B9SP6w9w2m

 14:09

 ここくっそ情けなくて好き


  ▽@user-c5q2n8d4

   草

  

  @user-d1k7z3t8

  どんな表情で叫んでるのか見れないのが残念


  @user-e4r9v5j2

  ニワトリ絞め殺した時の声



「うわ言いたい放題」


 しかし事実なので何も言い返せないのが情けない。

 だゃわああああ、なんて叫んでる人間はハルカも初めて見た。

 まあ自分なのだが。


 そんなみっともないハルカとは打って変わって、ニコラの戦闘を称賛するコメントは多数ある。というか大部分がそうだ。特に魔法を使用した場面が視聴者を楽しませているらしい。


 ハルカは自身のチャンネルのアーカイブに書き込まれていたコメントの時間指定リンクをクリックしてみる。


 すると画面にはニコラが無音の拍手によって、一撃でキングピッグマンを討伐するシーンが映し出された。



(コ、今度ハ何ヲスルツモリダ……ッ)

(些細な『音』も音撃術士が操れば死神の囁きになるだろう。これは【音魔法】──『白拍手』である)


 @user-f6m2p9c7

 3:34:18

 白拍手かっけぇ


  ▽@user-g8x4q3b5

  これスキルじゃないよな? 強過ぎるだろ


  ▽@user-h2z7v6k1

  必殺技に技名付けてるの可愛い


  ▽@user-j9t5n4r3

  俺もやってみたい。

  今度魔法講座の動画作ってくんないかな

  音魔法覚えて上司に白拍手するんだ、俺は。



「私も必殺技使ってみたいなぁ」


 ニコラは【音魔法】と言っていた異能を使用し、音波を用いての迷宮マッピング、ダンジョンの壁の破壊、果てはボスの討伐までしてしまった。


 それは決してキングピッグマンが使用していた様な【スキル】ではない。


 ハルカが目を覚ました時には焚火まで作り出していたし、指を弾くだけで火を消していた。これも全て『音』を操る【音魔法】が成せる技なのだろう。


 出来ることならハルカも使ってみたいが、ニコラは自身を『聖人ではない』と言っていたので素直に教えてくれないだろうなという確信が持てる。


 ただそんなぶっきらぼうな性格も視聴者には受けたようで、今やSNSなどを中心にアーカイブから勝手に切り抜ぬかれたニコラの姿が拡散されていた。


 気付けば一つの投稿に1万いいね以上も付いている。

 拡散数も似た様な数字が出ている。


「すっごいなニコラってば、一日も経たない内に人気者じゃん。私はもう二ヶ月も配信してるのに~」


 これもあの強さとビジュアルの良さが成せるものか。


 純白の長髪に、新雪の様に白い肌。その整った顔立ちに浮かぶ紫色の大きな瞳は、同じ女性であるハルカでさえ見惚れてしまった程だった。

  

 SNSでは雪の妖精と呼ばれ、次の配信が待ち望まれている。

 訴求力があるとはまさにこのことだ。


 声も愛嬌のある外見通り透き通るように綺麗だった。それが余計に視聴者の心をくすぐるのだろう。


「ほんとに、すっごい子を呼び出しちゃったな」


 首元のネックレスにぶら下げたアイテム[キューブ:【異界深門】]を手の平で転がしながらハルカは呟く。


 このアイテムは親から譲り受けた物だ。


 効果の説明はされなかったが、まさかダンジョンのボスを圧倒する幼女を呼び出せるとは思いもしなかった。

 

────────────────

──キューブ:【異界深門】

 休眠中:残り時間3時間17分

────────────────

 

 指で軽く弾くとその詳細情報がウィンドウとして宙に浮かび上がる。


 今表示されている残り時間『休眠中』とは、恐らくは再使用にまで掛かるクールタイムのことだろう。連続使用は出来ないということだ。


 ニコラが空間の歪に戻ってから確認して見たところ、その時は残り時間が『6時間』と表記されていた。


 そして自身の配信アーカイブを見る限りでは、ニコラは呼び出されてから活動するのに与えられる時間は僅か30分。


 つまりは30分の使用時間に対し、6時間のクールタイムを要するということ。


「強化とかって出来るのかな?」


 ダンジョンで入手出来る[アイテム]の中には強化出来るタイプの物も存在する。もしそれが可能ならば、使用時間が伸びたり、クールタイムが緩和されたりするのだろうか。


 そんなことを考えながら、ハルカが腰を落としている椅子の背もたれに寄り掛かっていると、


────────────────

──キューブ:【異界深門】

 休眠中:残り時間3時間15分


 《提案》

 次回のダンジョン探索は、ダンジョン:エリア『試練の遺跡』の攻略をおススメします。


────────────────


 急に目の前に表示されているウィンドウの情報に『提案』が追記された。


「ええっ?」


 慌てて身を起こすと、更に語り掛けてくるような情報が追記されていく。


────────────────

──《提案》

 こちらのダンジョンはまだボスのドロップ[アイテム]情報が完全ではありません。ニコラ様が望む秘宝が眠っている可能性があります。

────────────────


 まるでキューブが語り掛けて来ているようだった。


「も、もしかして話し掛けてきてる?」


 ハルカが返事を戻すように話し掛ける。

 しかしキューブはそれ以上情報を追記することはなかった。


 会話を望んでいる訳ではない。

 一方的に情報を与えてくれているだけのようだ。


「ちょっと……、調べてみるかな」


 キューブが表示していた情報にはダンジョン:エリア『試練の遺跡』に行けとあった。そこにニコラが望んでいる秘宝が眠っている可能性があると。


 ハルカは半信半疑ながらも、デスクのパソコンでキューブに言われたダンジョンの情報を調べてみることにした。



 

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