05、期限は1日



 チャット:ダンジョン踏破おめおめ

 チャット:ボス戦まじで一瞬じゃん

 チャット:ピッグマン可哀想で草

 チャット:音魔法やべぇなw

 チャット:ニコラちゃんハルカちゃんおめ!

 チャット:こんな呆気ないダンジョン踏破とか初めて見たわ



 ニコラがダンジョン:エリア『異界洞窟』のボスを一瞬で倒してしまった興奮も冷めやらぬ内に、キングピッグマンの遺骸が黒ずんで崩壊を始めた。


「あ、ほらニコラ。ボスのドロップ品が出て来たよ」

「ほほうっ!」


 後方で倒れていたボスの黒ずんだ体が崩れて消え去り、中からやたらと煌びやかに装飾された宝箱が出現する。


 ほほう、だなんて言って宝箱に駆け寄っていくニコラの姿は、その時ばかりは見た目相応に見えた。


「小娘! これがドロップという奴か!」

「そ、そうだよ。その中身がニコラの言う秘宝だと思う」

「『声』が秘宝と言うものだからどんな物かと思えば、実に簡単な作業であったな。ここに来た甲斐があったというものだ」


 その簡単な作業を達成する為に、世の中の探索者は万全な装備とスキルを固めてキングピッグマンに挑む。ニコラは4分で終わらせてしまったが。


 ハルカは乾いた笑みを浮かべる。


「良かったねニコラ」

「ふふ、ふふふ、これでオレの願いが成就する。悪魔共め、首を洗って待っていろ。帰ったら根絶やしにしてくれる」


 チャット:めっちゃ嬉しそうやん

 チャット:ニコラ、ニッコニコで草

 チャット:嬉しそうな顔がもう癒しだわ

 チャット:ボスを煽ってた奴の表情じゃないなw

 チャット:中身なに?

 チャット:キングピッグマンって何落とすんだっけ?


 ぶっきらぼうな表情を破顔させて、満面に喜色を浮かべるニコラがパカリと宝箱を開けた。


「……なんだこれは」


 すると、中から出て来たのは一つの革袋だった。

 

「それは[何でも袋]だね。袋の口に入る大きさの物なら無限に出し入れ出来るインベントリ系アイテムだよ」

「え?」

「すごいよね、無限に収納出来る袋って。夢の[アイテム]だよ」

「いや、ちがっ……、それじゃない。欲しかったのは、それじゃない」


 どうやら欲しかった物とは違ったらしい。


 目に見えて落胆したニコラが悔し涙を浮かべながら、どすどすと地面を殴っていた。拳は痛くないのだろうか。


「それじゃあ協力はここまでだね。ここまで送ってくれてありがとう。それじゃあバイバイ」


 そんなニコラを余所に、ハルカは展開された脱出ゲートへと足を向ける。


 それは門の様な形をしており、中は黒い空間に繋がっている。そこに足を踏み入れればダンジョンから脱出することが出来る。


 チャット:ん?

 チャット:待て待て待て

 チャット:バイバイするんじゃねぇ

 チャット:慰めてやりなよ

 チャット:このクズが!

 チャット:誰のお陰で脱出出来たと思ってんだ?

 チャット:ハルカちゃん冷た過ぎて笑う


「なんか今日だけで私の株がすっごい下落してる気がする」


 チャットの読み上げを聞く限り絶対気のせいではない。

 

 しかしハルカがそそくさとこの場を後にしようとするのには訳がある。何か嫌な予感がするのだ。


「……待て、小娘」

「うっ」


 嫌な予感が的中する。

 いつの間にか背後に居たニコラに呼び止められてしまった。


「な、なに?」

「『なに』ではない。貴様、オレを謀ったな」

「そんな横暴な」


 謀るとは酷い言い草である。


 ハルカはボスのドロップ品が秘宝かもと言っただけであり、ニコラはそれを自身が望む秘宝と勘違いしただけだ。


 そもそもニコラは『言っても信じない』と言って、自身の目的を口にしなかった。誰かが悪いというならば、悪いのはニコラである。


「貴様はここに居た化け物が使用する【スキル】とやらを知っていたな。それは事前に情報を仕入れていたということである。すなわち、何がドロップするかを知っていてもおかしくはない」


「そうだね、でも謀ったは違うんじゃない?」


「小娘……、貴様はあえてオレから目的を聞き出さなかったのだ。ドロップするこの革袋が、必ずしもオレの目的と合致するとは限らないからな」


 嘘は通じないぞ、と言われたハルカの背筋に悪寒が走る。


 たった今、キングピッグマンを一撃で倒してしまったニコラに、明確に敵意を向けられてしまった。


 チャット:なになに?

 チャット:どゆこと?

 チャット:これやばくねぇか?

 チャット:ニコラちゃん怒ってるな

 チャット:主がニコラちゃんを騙してたってこと?


 視聴者もニコラの言い分に困惑している。

 これはしくじったな、と冷や汗を書きながらハルカは向き直る。


「嘘は通じないって言うなら、最初にどうして私を信用したのかな」


「オレは【音魔法】を操る『音撃術士』である。故に分かるのだ、声である程度はな。あの時、ボスのドロップが秘宝やも知れぬ、という貴様の言葉に嘘はなかった」


 だが、とニコラがこちらを睨んだまま続ける。


「他にも『ダンジョン』と呼ばれる場所があるのではないか?」


「……っ」


「この革袋ではなく、他所に存在する秘宝がオレの目的である可能性を思い浮かべながら、貴様はあえてそれを口にしなかったのだ」


「……そうだね」


 音を操るニコラの詰問にハルカは観念したように頷く。


 このダンジョンに眠る秘宝がニコラの目的と合致しない場合、自身の扱いがどうなるか分からなかった。ニコラがすぐに帰還してしまう可能性もあった。


 武器も防具も失ったハルカの唯一の希望がニコラだった。

 その希望を失うことを恐れたのだ。


 だからハルカは情報を伏せていた。

 このニコラ・アラメルタと協力関係を結ぶことに必死だった。


「貴様、悪魔みたいな奴だな。一切の嘘を吐くことなく、このオレを利用するだけ利用しようとするとは。道は自身で切り開けと言ったが見事な機転である」


 そう言って八重歯を見せて笑ったニコラがこちらに手の平を向けてきた。


「気に入った。貴様が再びキューブを使い、他のダンジョンでオレを呼び出すことに了承すれば、このまま生かして返してやっても良い」


 向けられた手の平が光を瞬いている。

 まるでいつでも撃てると言いた気に。


 チャット:やっべぇw

 チャット:ラスボスはニコラちゃんだったかぁ

 チャット:逃げなー

 チャット:勝てねぇぞこれw

 チャット:やっぱ味方って訳じゃなかったか

 チャット:エクストラステージ突入

 チャット:おいおいおい、死んだわ

 チャット:逃げろ


 インカムから聞こえて来る読み上げでは戦っても勝てない、だから逃げろと言われている。


 だがハルカはニコラの言い分が交渉にならないことを既に理解している。


「私を殺せば、もう二度とダンジョンで秘宝探し出来なくなるよ」

「その通り。だがここで言質を取るまで貴様を拷問してやっても良いのだぞ。二度と満足に歩けないよう、足を破壊してやっても良い」

「悪魔みたいな子だなぁ」

「言った筈だ、オレを聖人だと思ったか?」


 すると、まるで見計らったようにニコラの背後にある空間に亀裂が走った。パラパラとひび割れていく隙間からドス黒い空間が現れる。


 ニコラには時間がない。

 しかし助かった訳ではない。今はこの制限時間がハルカの身にも圧し掛かっている。


 自分が元居た場所に戻るまでに返事をしなければ、今すぐにでも【音魔法】を放つと脅し掛けられているのだ。


「い……いいよ」


 ニコラは恐らくチャンスを逃さない為に【音魔法】を放つ気はない。配信を通じてこの状況を不特定多数に見られていることも知っている。


 しかしハルカは頷くことしか許されてない。

 魔法を使った半ば強制的な交渉だ。


「ふむ、了承したな?」

「うッ!?」


 瞬間、どこからともなく現れた真っ白な腕輪がハルカの手首に巻き付く。何事かと驚いていると、口角を吊り上げているニコラの姿が視界に入った。


「これは契約である。声と声を結ぶ【音魔法】だ。自身が一度言い放った言葉を反故にすれば、呪いとなって貴様を身を蝕むだろう」


「そんな! 後だしジャンケンだよそれ!」


「このオレを利用しようとした褒美である。だが案ずるな。目的ではない秘宝は全て貴様にくれてやる。繁栄を約束してやろう、それでこの契約は互いに同等となる」


 やがて完全に開き切った空間の歪にニコラが片足を入れて振り返る。


「まずはオレがこの約束を守ろうか」


 そう言ってニコラがハルカへと放り投げたのは、キングピッグマンを倒した時にドロップした[なんでも袋]だった。ハルカが所持しているキューブと同じ一級品のレアアイテム。


「期限は1日。それまでにオレを再び呼び出せ」

「無理だよ! 私は武器も防具も壊れちゃったし!」

「その革袋を売った金で調達すれば良いだろう。目的の物とは違ったが秘宝には違いあるまい?」

「そ、そうだけど」

「それでは、また会おうハルカ。オレの目的は『願いを叶える秘宝』である。調べられるなら、調べておいてくれ」


 それだけを言い残して、ニコラは歪と共に姿を消した。

 取り残されたハルカはふらふらと力が抜け、その場に座り込んでしまう。


「なんなの、あの子」


 ここから脱出する為に利用しようとしたが終始弄ばれてしまった。見た目は10才にも満たなさそうな子供の癖して、常にペースを握られていた。


 一体何者なのだろうか。なにやら『音撃術士である』と口にしていたが、それ以外の情報は出て来なかった。


 チャット:行かないでくれぇ!

 チャット:あの空間がヒビ割れるみたいな奴なんなんだろうな

 チャット:結局ボス倒せたし結果おーらいだべ、アイテム全部くれるみたいだし

 チャット:またニコラちゃんの配信見れる?

 チャット:もっかい見てぇわ

 チャット:なんか契約とか言ってたし、流石にもう1回くらいは見れんじゃね

 チャット:明日もあるなら絶対見るわ

 チャット:願いを叶えるアイテムなんかあったっけ?

 チャット:知らん


 ニコラが歪の奥へと消え去っても、視聴者のチャットはまだ鎮まらない。


 こっちは訳の分からない腕輪を装着されたというのに、延々と呑気で他人事の様な読み上げがインカムを通して聞こえて来る。


「期限は一日……かぁ」


 今は完全に消え去ってしまった空間の歪に手を伸ばす。

 

 シンと静まり返った大部屋に居るとまるで白昼夢を見ていた気分になるが、伸ばした右腕には真っ白な腕輪が装着されている。


 あの髪の白い女の子が確かに居た証拠だ。

 とても可愛らしく綺麗な子だった。


 同じ女子であるハルカもそう思った。顔面が整い過ぎているのだ。それが逆に不気味に思える。あんな子が街中を歩いていれば誰もが振り返るだろう。


 現に視聴者も「かわいい」とコメントを打ち込んでいたし、またニコラのことを配信で見たいともチャットしている。


 絶対に壊せないダンジョンの壁を破壊したり、スキルを無効化するスキルを魔法で無視したり、ボスを拍手の一つで簡単に倒してしまったりと色々無茶苦茶な子だった。


 そんな化け物に『また会おう』と言われてしまった。


「おっかないなぁ」


 契約を破ればどうなるか分からない。

 純白の腕輪を握り締めながら、ハルカは重たい足取りで脱出ゲートに足を向けた。 


「き、今日はひとまずこれで配信は閉じますね」


 チャット:乙

 チャット:おつー

 チャット:明日楽しみにしてるよ

 チャット:配信してな

 チャット:またニコラちゃん呼んでくれ!

 チャット:ひとまずお疲れ


 読み上げを聞き流しながら、ハルカはアイショットカメラの電源を落とした。



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