04、異界洞窟:ボス戦
ダンジョン:エリア『異界洞窟』
そこは岩壁で出来た大小様々な通路が入り乱れる洞窟の様な構造をしたダンジョンだ。侵入者はまるで迷路の様なこのダンジョンを『ピッグマン』を始めとした異形の化け物と戦いながら攻略を進めることになる。
その最終地点。
ボスフロアと呼ばれる巨大な空間にて侵入者を待受けるのは、エリア『異界洞窟』のボス──キングピッグマンだ。
見上げるほど大きな図体から伸びる両手にはそれぞれスキルを内包した『大斧』と『大盾』が握られている。
大斧は【真空斬】と呼ばれるスキルが付与されており、間合いを無視して対象に斬撃を浴びせることの出来る危険な武器だ。
だが、その真骨頂はその大きさに見合った質量による直接攻撃にある。
「ニコラ、危ない!?」
キングピッグマンが大斧を振り被り、射程範囲で悠長に佇むニコラへと照準を定める。
ハルカが危険を伝えても、ニコラはまずは様子を見てやると言わんばかりに動く気配を見せない。怖くて動けない訳ではない。目線はしっかりとキングピッグマンへと向けられている。
チャット:危ねぇぞ!
チャット:怖い怖い怖いって!
チャット:逃げてー
チャット:受ける気満々で草
チャット:どこからそんな自信が
アイショットカメラを通して画面越しに様子を見ている視聴者も、逃げの一手を指示している。明らかに受けて良い攻撃ではない。
『喰ラエッ!!!』
大斧がニコラ目掛けて振り落とされた。
余波が部屋全体に広がり、爆風が轟々と空気を唸らせる。
直撃だった。
「ふむ、隙の大きい攻撃だな。当たると思ったか、図体だけの間抜けめ」
『ヌグッ!?』
いや、当たっていない。
ニコラは半身を切り、紙一重で斧の直撃を避けていた。
様子を見ていたハルカはどんな胆力してやがんだと驚きを隠せない。絶対に死んだと思わず目を覆ってしまった。
インカムから聞こえるチャットの読み上げも『すげぇ』だの『今のも音魔法か?』だのなんだのと盛り上がっている。
ハルカはそもそもあの小さな体格でなぜ余波に吹き飛ばされないのか不思議でしょうがなかった。
「動かん相手すら当てられんのなら、これはもう要らんな?」
寸前に振り落とされた大斧に、ニコラが片手でコツンと小突く。
たったそれだけ。それだけの小さな衝撃で、斧はビキビキと音を立てて崩壊した。持ち手さえも崩れてしまい、キングピックマンは驚愕を隠せていない。
『ウオオッ!? ナ、ナニヲシタッ!!!』
「何を驚いている。今のは共振である」
共振。
傍らで聞いているハルカにもいまいちピンと来ない。
しかし心当たりのある視聴者が、チャット欄でご丁寧に解説を披露していた。
要するに物体には固有の振動数があり、外部から一致する振動を与えてやると共鳴──つまりは『共振』を起こして振動が増幅、やがては崩壊に至るとのこと。
どちらにせよ人間が使えて良い技ではないらしかった。
ダンジョンの壁を破壊したのもこれと同じ技だろう。恐らくはニコラの言った【音魔法】、エコーロケーションと同種の『音波』を用いた魔法だ。
『グ……ググググッ!』
「怪物の頭では理解出来ぬか? ははは、理解出来ぬのなら次からは武器を破壊されぬよう、確実に攻撃を当てることだ」
次があればな、と不敵に笑ったニコラが両の掌を構えた。
『ブォオッ!?』
驚き狼狽し、ビクリと体を震わせたキングピッグマンが左手の大盾を構えて身を守ることに専念する。
ボスと言われていた化け物の情けないその姿を見たニコラは、口を大きく開けて笑っていた。
「はぁ? はっははは! なんだそのみっともない醜態は! オレが怖いか! 貴様はこのダンジョンとやらのボスではなかったのか! 片腹痛いぞ!」
まるで悪魔みたいな子だった。
ダンジョンのボスをコケにするニコラをハルカはもうただの幼女とは見ていない。
チャット:大爆笑しとるやん
チャット:片腹痛いどころじゃないだろ
チャット:片腹大激痛で草
チャット:ニコラちゃんやば
チャット:キングピッグマン怯えてて笑う
「ならば仕方が無い。怯えている子豚を無理に痛めつけるのも可哀想である。どれ、ひと思いに一撃で終わらせてやろう」
あどけない童顔に悪い表情を貼り付けるニコラが、両手をゆっくりと目の前へと持ち上げた。
ハルカはその動作を見て、次の攻撃がどんなものかを察する。
両手を叩いて音を鳴らすのだ。
音を操ると言っていたニコラならば、ただの拍手が強力な攻撃手段となってもおかしくはない。
「まっずいッ」
ハルカは慌てて耳とマイクを手で覆い隠した。
『コ、今度ハ何ヲスルツモリダ……ッ』
「些細な『音』も音撃術士が操れば死神の囁きになるだろう。これは【音魔法】──『
スンっ、とニコラが両手を叩き合わせた。
しかし音が響く様子がない。
いや、それどころか全くの無音だった。
「な、なに?」
ハルカの想像では拍手の音を何倍にも増幅させた範囲攻撃が飛んでくるかと思ったが、何事もなくただ手を合わせただけに終わってしまい、逆に意表を突かれる。
だが次の瞬間、どこかでボンッ! と何かが弾けるような音がした。
「えぇ!?」
キングピッグマンだ。
このダンジョンのボスであるキングピッグマンの両耳から、勢い良くドス黒い血が噴き出てガクガクと体を痙攣させていた。
そのまま糸切れた人形の様に地面へと倒れれば、口から赤い泡を吹いて気絶。いや、絶命する。
勝負ありだ。
ハルカだけでなく、その一部始終を見ていた視聴者も訳が分からない内に、ニコラとキングピッグマンの勝敗が決してしまっていた。
「に、ニコラ、今のは?」
「音による振動に指向性を持たせ、直接頭の中に送り込んだのだ」
「へ、へぇ」
キングピッグマンが持つ大盾はスキルを無効化する【スキル】を持つ。盾を構えた瞬間から、盾のみならず、その持ち主にも直接的な物理攻撃以外を全て弾くという性質を与える盾。
ニコラの【音魔法】は完全にそれを無視した。
結果だけを見れば、魔法がスキルを上回ったということだろう。
チャット:すげぇ本当に勝っちゃった!
チャット:ええええええええええええええ!?
チャット:音魔法やばw
チャット:何が起きた?w
チャット:ほんまに一撃やん
チャット:ニコラ最強
チャット:魔法の勝ちやね
チャット:そもそも魔法ってなんだよ
チャット:っぱ幼女って訳よ
チャット:ちょっと早過ぎね? やばっ
インカムから流れて来る読み上げが一向に終わらない。
ただの幼女にしか見えないニコラが、一方的にボスを蹂躙して勝利したのだからそれも当然か。ハルカもまだ自分の目を疑っている。そんな光景が眼前で繰り広げられていた。
ふと、キューブの残り時間を確認すると、そこには『閉門まで:残り時間3分』と表記されている。
つまりニコラはダンジョンを踏破すると言ってから僅か4分で、本当にそれを実行してしまった。
純白のローブに白い髪。
幼い童顔も相まって天使に見えなくもないが、やはり悪魔みたいな奴だとハルカは確信する。
「思った以上につまらなかったな」
あくびを溢しながら吐き捨てたニコラの眼前で、ダンジョン踏破成功の証として『脱出ゲート』が展開された。
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