02、交渉成立



 チャット:この幼女ずっと黙ってんな

 チャット:おーい、喋ってくれぇ

 チャット:伝わる訳ないだろ

 チャット:ハルカちゃんずっと起きないしもう放送事故だろこれ



「……ん?」


 目を覚ますと焼け焦げるような匂いと、インカムからチャットを読み上げる音が聞こえて来た。


 パチパチと火の粉が舞っている。

 誰かが焚火をしているようだった。

 煙は出ていないようだが、あれは何なんだろうか。

 

 暖かい。

 そう思ったと同時にハルカは我に返ってガバリと身を起こした。


「やっば!」


 ダンジョン内で気を失っていた。

 それは自殺行為にも等しい行いだ。


 化け物達が蔓延るこのダンジョンで気絶するなど、襲ってくださいと言っているようなものだ。


 ハルカは辺りを見渡し、焚火のそばに白い髪の小さな女の子しか居ないことを確認すると、ほっと胸を撫で下ろす。


「良かった~、化け物じゃなくて」


 じゃない。


「あなたは誰?」

「本気でそれを聞いているのか貴様」


 白髪少女がツンと吊り上がった目を更に鋭くさせる。

 不機嫌なのか眉間に皺を寄せる顔も大変可愛らしい。


 チャット:ハルカちゃん起きた!

 チャット:寝起き一番で「誰?」は草

 チャット:まずお礼言いなよ

 チャット:ずっと見守ってくれてたんだぞ

 チャット:寝呆けてんのか?


 視聴者と少女の両方から正気を疑われる。

 どれくらい気を失っていたのかは知らないが、目の前の少女はずっとこちらのことを介抱してくれていたらしい。


 彼女は一体誰なのか。

 見た目外見はずっと幼く、背丈も小さいので少女と言うよりはもはや幼女だ。


 年齢を10も数え無さそうな彼女が、16歳のハルカを窮地に追いやったピッグマンを、たったの一撃でぶっ飛ばしたことを覚えている。


 だから何者かという意味を込めて『誰?』と聞いたのだ。


 自分のことを助けてくれた相手に不躾にもそれを口にしてしまったので、幼女からは正気を疑われてしまったが。


「頭を打っていたようだったがイカれてしまったか?」

「い、いや……、あの、その……」

「まあ良い。記憶が混乱しているのだろう」


 焚火のそばですっと立ち上がった幼女が不機嫌そうに腕を組み、こちらの顔を覗き込んで来る。


「オレは貴様を助けた。お前を助けてやって欲しいと言われたのでな」

「だ、誰に?」

「ふむ、おかしなことを言うな。それを言った誰かは、貴様のことを『主』と呼んでいたぞ。今はその声も聞こえなくなってしまったがな」


 さっぱり何を言っているかは分からなかったが、その『助けてやって欲しい』と目の前の幼女に願った相手は大体察しが付く。


「これかな?」


 ハルカの首元に掛かっていたネックレス。

 その先端に飾られていたのは四角いキューブの様な形をした[アイテム]だ。


「なんだそれは」


 幼女が首を傾ける。

 

「これは[アイテム]って言ってね、私みたいな探索者を助けてくれるお助けアイテムなんだ」


「ほう、それを使ってオレをここへ呼び出したという訳か」


「ですです。まあ私はこの[アイテム]を使ったのは初めてだったから、どんな効果を持ってるのかも分からなかったけど、お陰で助かったよ。ありがとね」


 藁にも縋る思いでハルカがそれを使用すれば突如として空間にヒビが走り、中から白髪の幼女が姿を現した。


 それが今、目の前に居る女の子だ。

 彼女が自分を助けてくれた。


 それがこの[アイテム]の効果だった。


「自己紹介がまだだったね。私はハルカ、あなたは?」

「ニコラ・アラメルタである」


 ハルカが向き直って名乗ると、幼女は腕を組んだまま淡々と自身の名を口に出す。どうやらぶっきらぼうな性格らしい。


 名前からして日本人ではないし、長く腰の辺りで切り揃えられた白い髪もまた同じ日本人には見えない。


 生意気そうなツンとした目は深い紫色で、見ていると吸い込まれそうな力強さがある。こんな子供は見たことがない。


 チャット:ニコラちゃん!

 チャット:日本人じゃないよね

 チャット:いや日本語喋ってるだろ

 チャット:俺っ娘ニコラちゃん

 チャット:声可愛い

 チャット:聞け! いくつか聞け!

 チャット:どこ住みか聞いてくれ頼む!


「う、うるさいな。今は私がこの子と喋ってるの」


 インカムから読み上げされてくるチャットが喧しい。

 ハルカが注意すると、ニコラは訳も分からずこちらに冷やかな視線を向けていた。違う。独り言じゃない。


「あ、ごめん。今配信中なんだけど大丈夫かな?」

「はいしんちゆう? なんのことだ」

「あれ」


 チャット:伝わってない?

 チャット:もしかしてライブ配信知らない感じ?

 チャット:今時そんな子おるんやな

 チャット:ネット文化に疎い感じか


 ネット文化に疎いと言うよりも、ハルカが目元に装着している『カメラ』という単語も通じなかった為、そもそもニコラは機械関係全般に疎いといった様子だった。


「今、私が見ている目線を不特定多数が見てるって言えば伝わるかな? だから色んな人に見られても大丈夫? って聞いてる感じ」

「ふむ、そうか。だがまあ、気にしたことではない」

「おっけ、了解」

 

 配信の許可が貰えたので、ハルカは先ほどから気になっていることをニコラに尋ねてみることにした。 


「ニコラちゃんって何してる人なの」

「ちゃん付けはよせ」

「ニコラは何してる人なの」

「……ふむ」


 腕を組んだまま顎に手を当てて考え込む幼女。


 見た目は顔立ちが整っていることもあって愛嬌はあるが、仕草が子供然としていないのでどう扱って良いのか困り物だ。


 見た目通りに扱って良い雰囲気ではない。

 

 服装も見るからに品質の良さそうな純白のローブを身に纏っており、胸元には弁護士や警察官が付けていそうな徽章が飾られている。


 だからニコラが何をしている人なのかと気になったのだが、


「オレはとある目的でここへ来たのだ。どうせ言っても信じないだろうから言わないが、それさえ達成出来ればオレの願いは成就する」


 何者か、ではなく何しに来たのかと聞き違いされてしまった。


「ここへ来たって……、私のアイテムがニコラを連れて来たんじゃないの?」


 キューブを使用したことで発生した空間の歪。

 そこからニコラが現れたので、ハルカはそう認識していた。


「うむ、そのアイテムとやらに交渉を持ちかけられた時、情報を与えられたのだ。この世界には[秘宝]があるとな。オレはそれが欲しい」


「ひほう……? ひほう、秘宝かぁ」


 それならハルカには心当たりがにはある。


「ダンジョンの最奥にボスフロアがあってね、そこに居るボスモンスターを倒すと[レアアイテム]が必ずドロップするんだよ。秘宝って言うのは、たぶんそれのことかな」


「なるほど、恐らくそれだ。ではさっそく向かうとする」


 言ってニコラが指を弾くと何故だか焚火の火が消え失せる。

 まるで魔法。ハルカは呆気を取られる。

 視聴者もチャットで『なんだ今の』とやんややんや騒いでいた。


 なんてインカムから聞こえて来る読み上げにかまけていると、ニコラがさっそくと宣言した通りボスフロアに行こうとし始めたので、ハルカは呆気に取られていた体の硬直を解く。


「ま、待ってニコラ! 置いてかないでよ!」

「何故だ。オレは既に貴様を助けた。これ以上構ってやる義理はない」

「私ここに閉じ込められてるの! 出口が分からないんだよ! でもボスフロアまで行けば脱出用の転送ゲートがあるから、一緒に連れてってよ!」


 ボスフロアに居るボスモンスターを倒せば、今居る『ダンジョン』から脱出が出来る転送用ゲートが出現する。


 だからハルカは藁にも縋る思いでニコラの後を追い掛けた。


 チャット:幼女に助け求めてて草

 チャット:あのさぁ

 チャット:いやでも正解だろ

 チャット:出口分からないんだからまあ気持ちは分かる


 視聴者からは散々な言われようだ。

 しかしだ。ニコラは正体不明の人物だが、ピッグマンを歯牙にも掛けない実力を持っている。


 きっとボスとも良い勝負が出来る筈だ。

 ここで出口も分からず独りぼっちにさせられるよりは、ニコラと一緒に居た方が良い。ハルカはそう確信している。


「論外である。貴様は自身を『探索者』と言っていたな。言葉の真意は分からぬが、化け物が居るこのダンジョンとやらに居るからには、それ相応の覚悟を持ってここに居るのだろう?」


「……うっ。そ、そうだけど」


「なれば自業自得。因果応報である。貴様はオレを誰彼構わず手を差し伸べる聖人と勘違いしてはいないか?」


 それに、とニコラが続けてハルカが身に纏っている防具に指を差した。


「武具、防具を身に付けているな。女とは言え武人という訳だ。一度心に剣を構えたのならば甘えは捨て去るべきである。オレに頼るな、道は自身で切り開け」


 そう吐き捨ててニコラがこの場を立ち去ろうとする。


 チャット:戦国武将かな?

 チャット:かっこええやん

 チャット:幼女に助けを求める主との差がすごいw

 チャット:軍人みたいな考え方してるな

 チャット:まじでどこ住み幼女だよ


 視聴者のチャットにハルカも同意見だ。

 幼女に助けを求めている自分が非常に情けない。


 そしてはっきりとした。

 ニコラはものの考え方が現代日本人ではない。


 あの幼女は日本語を喋っているが、決して日本人ではない。


「道は自身で切り開けかぁ……」


 だが一理ある。


 ハルカは『女の子だから』とか『まだ子供だから』と言われて甘やかされてきた。それが今の結果ならば、確かに甘えは捨て去るべきだ。


「ニコラ、待って」

「……まだ何か用か」

「ちょっとこれ見てよ」


 振り返ってジト目で睨み付けて来るニコラの前で、ハルカはネックレスに吊下げられたキューブを指で弾いた。


「なんだそれは?」


 するとキューブが青い光を瞬き、空間にウィンドウの様な物が投射された。


 そこに綴られているのはこのキューブの詳細情報。[アイテム]は所持者が明確な意志を持って何かしらのアクションを起こすと、その情報を閲覧することが出来る。



────────────────

──キューブ:【異界深門】

 閉門まで:あと7分

────────────────



「読めぬ」

「あ、文字の方は駄目なんだ?」


 ウィンドウに表示された情報を見て、ニコラが難しそうな顔をして首を傾げていた。


 日本語を喋る癖に、日本語を読み取ることは出来ないなんて訳が分からないが、これはこれで好都合だとハルカは考える。


「ここには『閉門まであと7分』って書かれてるの。これがどういう意味か分かる?」

「……ふむ」


 ハルカはこの[アイテム]を使用したことがない。


 だが、この情報を読み取るに、あと7分でニコラは元居た場所に戻ってしまうということは理解出来る。恐らくそういう意味だろう。


 時間制限が設けられているのだ。


 どこから来たのかは知らないが、ニコラには時間がない。

 悠長に秘宝なんて探している暇はないのだ。


「小娘、これは交渉のつもりか」

「そうだよ」

「オレがこの文字を読めないことを良いことに、実に小賢しいことだ」


 ニコラは恐らくダンジョンのことを何も知らない。

 なにせこの世界では常識である筈の[アイテム]のことを何も知らなかった。

 

 何の知識もないニコラが、ボスフロアに居るボスモンスターをあと7分で倒すことは不可能だろう。


 だからこれは交渉として成立する。


「あとたった7分でニコラは元居た場所に戻される。だからニコラ、私のお願いを聞いてくれないと、もう二度とこの[キューブ]を使ってここに呼んであげないよ」


「オレが居ないと何も出来やしない癖に、随分と強気だな?」


「でもニコラは私の協力がないと、秘宝を手に入れられるか分からない。せっかくのチャンスを逃すかも知れない」


「……ッ」


 言い包められたニコラが不機嫌そうに歯を食いしばっていた。


 今この場ではニコラは強者で、ハルカは弱者。だがその弱者に優劣が傾いている。構う義理がないと言われたが、無理やり義理を作ってやった。


 キューブが再使用出来るタイプなのかも不明だが、ニコラには十分交渉材料として通じるだろう。


 チャット:幼女と交渉してて草

 チャット:ブチキレ幼女かわいい

 チャット:いやまあしゃーないだろこれは

 チャット:ニコラちゃんが居れば脱出出来るよ

 チャット:ピッグマンも一撃だったしな

 チャット:主が逆にやられるパターンじゃないか?

 チャット:怒らせて交渉失敗したら笑う


 また散々な言われようだったがハルカとしては死に物狂いだ。万策尽きた今の状況ではニコラだけが唯一の希望。

 

「……良いだろう。貴様がここから脱出出来るよう手引きしてやる」

「やったぁ!」

「利用されるのは腹立たしいが、オレも貴様を利用する立場だ。くれぐれもそこは履き違るなよ」

「分かってまっす!」


──交渉成立。

 ハルカは『ニコラ・アラメルタ』を仲間に引き入れることに成功した。



  

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