第2話余計なことはしない俺の筈なのに

マリナからの真っ直ぐな視線は、俺の鼓動を速くさせた。

ベールを纏ったかのような、ふんわりピンクの頬や、艶のある唇は血色が良く、幽霊でないことは一目瞭然。


「良かったぁ。開けてくれて、ありがとうございます。……あのぅ?」


「はっ! ケホケホ、いや、んと、ごめん」


「ん? 何でごめんですか?」


「だから胸を見ちゃたこととか、幽霊扱いしたこととか?」


「いえいえ、この状況では無理もないです」


とりあえず俺は事情を訊くため、マリナを和室に通した。

俺が飲み物の用意をしている間、ちょこんと正座をしたマリナはキョロキョロと落ち着かない様子だ。


「その格好じゃ風邪引いちゃうよね、よかったらコレ着て。俺は廊下に出てるから。それと、はい紅茶、あたたまるよ」


マリナは礼を言うと、紅茶の入ったマグカップを両手で包み込むように持ち上げ口に運んだ。


「頂きます。ふぁぁすごくホッとします。こんなに美味しい紅茶が淹れられるなんて尊敬します」


「え……あーなら良かった。俺の名前は豆田臨。じゃ、着替えが終わったら声掛けて」


「はい!」


マリナの口元が弧を描いた。


(まいったな、女の子に褒められるって、こんなに嬉しいんだっけか……)


 ◇


(なるほどぉ! マリナさんは人魚の国からやって来たんだね! 遠いところからいらっしゃい……って信じられるかよ普通!)


着替えを終えて、俺のセーターとデニムパンツ姿のマリナは、一生懸命に事情を説明してくれている。

時にコロコロと表情を変え、部屋の物に興味を持ち脱線する。


「そういういきさつで、なぜかマメタリンさんのお部屋にテレポートしてしまって……あ、少し待ってください。今、わたしが住むはずの家の住所を、ナビでサーチしてみますね」


マリナはウーン……と唸ると寄り目で口を尖らせた。更に魚のエラのように耳が動く。


(プッ! おいその顔芸! サーチってやつをする時は毎回それになるのか?)


「お待たせしました。えーと、『さくら通り5丁目のメゾンみずみど101号室』だそうです。近くですか?」


「近いもなにも、この部屋の住所だよ」


「え?! だってここはマメタリンさんのお部屋ですから、おかしいですね……もう一度サーチしてみますね! ウーン」


(やべぇ、オモロー! その顔芸、癖になるわ)


「お待たせしました……はぁ」


「どした?」


「はい、どうやらおばあさまが間違えて、1年3ヵ月後のこのお部屋を契約をしてしまったみたいです。わたしの荷物なんかも1年3ヵ月後に届くかと……わたしがエデンに戻るのと入れ違いです。どうしよう」


「なるほど……つじつまが合ってるよ。今12月だよね。俺は再来年3月に高校を卒業して、実家に帰るんだ。だから1年3ヵ月後、この部屋から引っ越すことになってるんだよ」


(大家さん、せっかちだからなぁ。もう入居者募集したのか?)


マリナはうつ向いて、紅茶のゆらぎを見つめていた。

演技など出来そうにないので、本当に困っているのだろう。

いつもの俺なら警察に相談するという一択だ。巻き込まれたくない。

だが、驚きの言葉が俺の口から飛び出した。


「だったら、ここに住めばいいよ。俺はバイトと学校があるから留守がちだし。あーマリナさんがイヤじゃなければっ」


(俺、どした?)


それを目を丸くして聞いていたマリナは、突然上半身を伸ばして、座卓を挟んで座る俺に抱きついて来た。


(!!)


俺は今、顔から耳まで真っ赤だろう。


「マメタリンさんって本当に本当にお優しい方なんですね。わたし嬉しくてどうしよう! ありがとうございます」


マリナの顔が俺の耳に触れたと思ったら、ほんの数秒で離れてしまった。


(ほへ? あぁもう終わり? って俺は何を期待してるんだ、アホ!)


気を取り直して時計をみると、18時を回っている。


「もうこんな時間か。マリナさん、お腹空いてない?」


グゥー


「うそ、やだ恥ずかしい」


「いや、別に恥ずかしい事じゃないよ。さては俺の天然パーマ頭が焼きそばに見えたな?」


「はい実は……お腹ペコペコで……」


「マジなの?! じゃあ、焼きそばはないけど、メシにするか!」


 ◇


一緒にキッチンに立って、夕食の鍋の準備をしていて俺は思った。

マリナは頭が良く、とても気が回ると。


「野菜は火の通りが均等になるように切る」

「はい!」


「何でいちいち遠回りしてるの?」

「はい、だってマメタリンさんの作業のお邪魔になってはいけないと思いまして」


「やべぇ、鍋は完成したのに米炊くの忘れたぁー」

「大丈夫です、炊いときました! キラーン」

「おお、マリナ様」


「「頂きまーす!」」


「んー! マメタリンさんの言う通り、白菜はそぎ切りにして正解です! クタクタのシミシミでほっぺた落っこちちゃいそうです」


マリナは満面の笑顔を俺に向けた。


「だろ。いっぱい食べてな」


(こういうとこだな。直感でマリナがウチに居てもいいなって思ったのは。俺の肯定感を上げてくれてありがとうな)


「あとさ、マメタが名字でリンが名前ね」

「ふむふむ、もぐもぐ」


細かな相づちを打つマリナ。


(ぜってぇ流してるな)


「マリナさんて何歳なの?」

「17才です」

「お、ためじゃん!」



 

 

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