リコーダーとコデマリ

高那りょう

第1話

私は小学生の時、音楽の授業でリコーダーに出会った。


リコーダーはピアノやギターなどの楽器に比べてすごく簡単なのに、しっかり音が出る。


それは今まで『楽器は難しいから無理』と思っていた私に衝撃を与えた。


リコーダーに出会ってからは昼休みに音楽室へ行き、ひたすらリコーダーを吹き続けた。もしかしたら他の人から変な人だと思われてたかもしれない。でもそんなことも気にならないくらい私はリコーダーが好きで、なりより演奏が好きだった。




ある日の昼休み「一緒に吹こうよ」と誘ってきた人がいた。それがマリとの出会いだった。


「名前で呼んでいい? 確かコデだったよね」


「その呼び方は……あまり好きじゃないから」


「え、なんで?」


「コデってダサくない? っていうか女子につけるような名前じゃないし……」


「でも私は好きだよ」


マリとは同じリコーダー好きということで、すぐに意気投合した。


昼休みになれば音楽室で、放課後になれば家の近くにある河川敷で吹いた。


それぐらい私たちはリコーダーが好きだった。


そしてそんな私とマリの関係は中学生になっても続いた。小学生の頃と変わらず、昼休みと放課後は一緒にリコーダーを吹いた。


楽しかった。嬉しかった。二人で音を奏でる、その時間が。




小学校から中学卒業まで仲が良ければ、その先もずっと仲良しなのだろうと普通は思う。でも私たちは違った。


中学校の卒業式で「これからも一緒に吹こうね」と私たちは泣いて言った。でも実際、高校生になるとリコーダーを吹くどころか、一緒にいることすら無くなった。


もちろん高校に入学して、しばらくは連絡をしあった。


でもお互い別の高校というのもあって予定が合わなかった。


「明日予定空いてる?」と聞くと「ごめん、明日はちょっと……」と返ってくる。


逆にマリが「予定空いてる?」と聞いてくれた時、私は「ごめん、明日は無理かも……」と入力して送信する。


そんなすれ違いが数回続いた時、私は連絡するのをやめた。


何回も連絡するとしつこいやつだと思われそうだし、誘ったところで会うことはできないと勝手に心の中で決めつけていた。




それからは普通に高校生活を過ごしていった。高校で新しくできた友達とお昼を食べて、放課後は一緒に遊んで、最後には「また明日ね」と言って家に帰る。


これだけでも充実した毎日だと思っていた。だってすごく楽しいから。


でも、なんか違う。中学の頃はもっと……


「……あれ?」


気づくと視界が滲んでいた。


「なに、これ」


目から、頬へ。頬からどんどん下へ。そしてポツリと何かが落ちる。


その時やっと私は気づいた。


「泣いてる……」


自分が泣いてる理由はすぐに分かった。


「あぁ、あれ全部マリとやってたことだ……」


お昼を食べて、放課後遊んで、一緒に帰る。


それらは全部中学生の頃に、マリとしてたことだった。変わってしまったんだ。何もかも。




次の日からは、なぜかリコーダーを持ち歩くようになった。学校に行くときも、休日に遊びに行くときも必ずバッグの中に入れていた。


理由なんてない。ただなんとなく持っていたかった。


そういえばマリと会わなくなったのも『なんとなく』だった。なんとなく距離を置いて、なんとなく生きていたら、マリは遠くに行ってしまった。


「また、吹けるかな」


そう私はつぶやいた。




ある日、私は学校からの帰り道にある一本の橋を渡っていた。


ここから見える河川敷で、昔マリと一緒にリコーダーを吹いていた。


河川敷を見ると二人で吹いていたのが懐かしく感じる。


「♪~♪~」


「……⁉」


今、何かが聞こえた気がした。


私は思わず立ち止まり、再びその音が鳴るのを待った。


「♪~♪~」


やっぱり聞こえる。しかも河川敷の方からだ。


それにこの音、聞いたことがある。


昔、何回も吹いてきたあのリコーダーの音だ。


「あれ? この曲って……」


しばらく音を聞いていると、それがよく知っている曲だということに気がついた。


そう、これは──


「新世界より……」


この曲は作曲者の『ドボルザーク』が故郷である『ボヘミア』のことを想い、書いたものだと言われている。


そして今、河川敷で誰かがその曲を吹いている。


吹いてる人は一体何に、誰のことを想って吹いているのだろうか。




そして数分が経ち、音は聞こえなくなった。


時間的には長くないのだけれど、不思議と長時間演奏を聴いていたかのように思えた。


「すごい優しい音色だったな……」




そして次の日。


国語の授業で、とある作品を読んだ。


この物語には友人Aと喧嘩をしたが、前みたいにまた仲良くなりたいと思う主人公と、主人公の悩みを何でも聞いてくれる優しい友人Bの二人が出てくる。


ある時、友人Bは言った。


「何をするにもきっかけが必要なんだよ」


「きっかけ?」


「そう、何かするには必ず勇気がいる。そしてその勇気を生むのはきっかけなんだ。君は今の状況を変えたいって思ってるんでしょ?」


「うん」


「それって何かきっかけがあったからそう思ってるわけだ。そして今の君は、状況を変えるきっかけが来るのを待っている。いい? 急がなくていいんだ。じっくり待って、きっかけが来て「今だ‼」って思ったら一歩踏み出せ。どんなに小さなきっかけでもいい。そのきっかけが君を変えてくれるから」


その後、主人公は下校中に友人Aとばったり会った。そこで「今だ‼」と思った主人公は心の中に秘めた想いを全部伝え、再び友人Aと仲良くなることができた。


そう、主人公にとって下校中に友人と出会ったことがきっかけになったのだ。


「私にも、きっかけが来るのかな……」


帰り道の途中にある橋を渡りながら、私は独り言を呟いていた。


そういえば昨日、ここから見える河川敷でリコーダーの音が聞こえた。


私は無意識に河川敷のある方向に視線を向ける。


「たまには、吹いてみようかな」


気づけば、私は鞄からリコーダーを取り出していた。


そして私は「すぅー」っと息を吸い、リコーダーに吹き込んだ。


するとリコーダーは音色を奏で始める。


「♪~♪~」


曲は昨日、誰かが吹いていた曲。『新世界より』。


自然と指が動くのは中学生の頃、この曲をマリとひたすら吹いていたからだろう。


マリと吹くときは順番を決めてリレー方式で吹いていた。最初が私で、途中からマリ、最後は二人で吹く。


それはお互いの音を聞きたいという理由で、二人の中では暗黙の了解になっていた。


そしてもうすぐ交代のところがやってくる。隣には誰もいない。


それでも私は、リコーダーを口から離した。


もちろん音は聞こえない。マリはもう隣にいないのだから。


「はぁ、やっぱ一人で──」


そう呟いた時だった。


「♪~♪~」


河川敷の方から音が聞こえた。


間違いない。これはさっき私が吹いていたものの続きだ。


「でも、なんで……」


戸惑いながらも、しばらくその音を聞いていると途中で「ピュッ!!」という高い音が鳴った。


その時、私は確信した。河川敷でリコーダーを吹いているのはマリに違いないと。


マリは昔から高い音を出すのが苦手だ。


特にさっき吹いていた部分。あそこは低い音から一気に高い音へと切り替わる瞬間で、マリはいつもあそこでミスをしては「またミスった~」と誤魔化すように笑っていた。


「……っ‼」


気づけば私は走り出していた。頭で考えるより先に身体が動いていた。


走っている途中、国語の授業で読んだ話のセリフが脳裏に浮かぶ。


『どんなに小さなきっかけでもいい。そのきっかけが君を変えてくれるから』


自分の想いを素直に伝えられなくて、うずうずしてる自分が嫌いだった。


心の中で「また仲良くしたい」って思ってるのに行動できない自分が嫌いだった。


そんな自分を変えたい。


「マリーーーー‼‼」


走りながら叫ぶ。その声が聞こえるように、届くように。


そうしてマリのすぐ近くまでやってきた。私はもう一度呼びかける。


「マ、リ……」


息切れがひどくて声が思ったより出なかった。


それでもマリはゆっくり振り向いて。


「一緒に………吹こうよ」


と、言った。




それからしばらくは二人でひたすらリコーダーを吹いた。


一つの曲を二つの音が奏でていく。その感覚は久しぶりだった。


『ごめんね。私また二人で吹きたいって思ってたのに、なかなか勇気がでなくて……』


するとマリはリコーダーを吹きながら私の方を見て、にこっと優しい笑顔を見せた。


『大丈夫だよ。っていうか私も悪かった。しばらく会わないうちに、どんな距離感で接したらいいか分からなくなちゃって……でも、これからはずっと一緒ね』


マリが奏でる音を聞いていると、そう言っているように感じた。いや、実際に言っているのかもしれない。言葉じゃないだけで。


そうだ、私たちに必要なのは言葉じゃない。


『音』だ。


音が私たちを繋いでくれた。




「久しぶりに吹けて良かったぁ。やっぱコデと一緒じゃなきゃ楽しくないなぁ」


「ちょっ、コデって呼び方やめてって前言ったじゃん」


「なんで? いい名前じゃん」


「全然良くない‼ ダサいし、そもそも女子につける名前じゃないって……」


「まぁ、いいや。とにかく私はコデと吹けたことが嬉しかったよ」


結局呼び方はコデのまま。だけどもう気にしないことにした。とにかく今はマリと一緒にいることがすごく嬉しいから。


「これからも一緒に吹こうね。二人で」


「もちろん‼」


するとマリはなにかひらめいたように言った。


「コデと私……コデとマリ……コデマリ……」


そして私の手をがっちり掴んで。


「つまり私たちは『コデマリ』ってことだぁ‼」


マリの急なハイテンションに一瞬戸惑ったがすぐに。


「あはは、なにそれ~」


と言って、私はマリに飛びついた。




それからは定期的にマリとリコーダーを吹くようになった。


もちろん今日も待ち合わせをしている。


待ち合わせ場所に向かって歩いてる時、ふと一つの花が私の視界に入った。



『コデマリ』



確か、その花言葉は…………『友情』だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リコーダーとコデマリ 高那りょう @takana_ryo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ