第32話 オートマタの物語 6/6

「ん?」


 アキトは不思議そうな顔をしている。

 あ、を繰り返しながら目を泳がせているのだ。不審に思われて当然。


「あ、ありがとう、ございます……!」


「どういたしまして」


 よかった。誤魔化せた。


「さぁて。杖があれば、あの停滞の魔法を使えるよね。怠惰、とか唱えてたかな? あれって、動きを遅くする対象を選べるの? たとえば、あの合成生物キメラだけ遅くする、とか」


「できます。できますけど……」


「だったらやってくれ。力を合わせて奴を倒そう」


「……お断りします。ボクが一人でやります。ボクの役目なんです。役目を果たせなきゃ、ボクは価値がなくなってしまうんです!」


 認めてもらいたい。見捨てられたくない。


「価値が、ない?」


「ええ、そうです。あなたには分からないでしょうね……」


 三百年も前に死んだ人間に認めてもらおうとしている人形の気持ちなんて。もう絶対に認めてもらえないのに。ほかに縋るものがないから。


「分からないな。周りにいる合成生物キメラたちは、君が一人で倒したんだろう? 小さいのも大きいのも全部。こいつらがもし村に近づいたら、どれだけの被害が出たことやら。それを防いだんだ。君自身が無価値といくら言おうとも、俺は君の価値を認めるよ。ミスティ、君は強いし、胸を張るべきことをした」


 アキトは諭すような口調ではなかった。意外そうな、なぜこんなことを言わせるのかという戸惑いを顔に浮かべながら語っていた。だから本心なのだと、心底からの言葉なのだと、ミスティの心にすぅっと染み渡ってきた。


 こんな風に褒めてくれたのは、ミスティの人生で二人目。

 けれど、制作者であるセリーヌ以外に褒められて、喜んでいいのだろうか。

 彼に認められて、それで価値の証明になるのだろうか。


「そもそも役目ってなんだ? セリーヌ・デュフォールが課したのか? セリーヌはそれを一人でやれと言ったのか?」


「一人で……」


 そうは言われていない。

 でも、ほかの人の力を借りたら、自分の価値の証明にはならない――。

 本当に?

 セリーヌはミスティの価値をそういう風に計っただろうか。そもそも彼女は価値を計るなんてこと、していなかった気がする。

 そもそも役目ってなんだ?

 七罪源のカードの回収。

 それは間違いない。けれどセリーヌはもっと根源的なことを言っていた。


 ――私は、私の発明で人が死ぬのは、もう嫌なんだ。


 そう呟くセリーヌの表情が浮かんできた。

 あんなに後悔を浮かべ、あんなに切実に、自信とか威厳とか捨て去って、ミスティに懇願するように言ったセリーヌ。


 そうだ。彼女の本当の願いはそれだ。

 願いを叶えてあげなきゃ。

 そのためには自分の価値を証明するとか、一人でやらなきゃとか、そんなのはどうでもいい。

 長いあいだ、くだらないことにこだわってしまった。

 ミスティ自身も願う。セリーヌが作ったもので誰かが死ぬなんて嫌だ。絶対に。そうはさせない。


「あいつを止めます。アキトさん。トドメをお願いします」


「任せて」


 気負いのない微笑み。

 ああ、とミスティは息を吐く。

 また人を好きになれた。これで二人目。でも同じ好きでもセリーヌに対する好きとは、違う?


「煉獄より来たれ、シン――溢れ出せ、怠惰」


「征け、死霊たち。我が眼前の敵を打ち砕け」


 アキトから闇の魔力が広がり、無数の骸骨たちが現われた。

 具現化された死霊だ。

 うっすらとだが意思を宿している。

 怠惰のカードの能力は、意思持つ者の活動を停滞させること。

 このままではアキトの死霊たちまで停滞させてしまう。だからミスティの操作で死霊たちを効果対象から除外。


 憤怒のカードを取り込んでいる合成生物キメラは、激しく抵抗しようとする。

 けれど、ろくに動けもしない。

 なのに半端に頑丈だから、長く苦しむことになる。

 やがて手足を引きちぎられ、はらわたを引きずり出され、頭を割られて絶命する。

 その圧倒的な破壊は、ミスティの力ではない。ミスティは他人の力で踏み潰された死体の中から、憤怒のカードを拾い上げた。


 ほんの数分前の自分だったら、認めがたい状況だった。

 なのに今は、カードを無事に回収できたと素直に安堵できた。


「ありがとうございます、アキトさん」


 振り返って、お礼。これはスラスラと言えた。

 でも。


「あの……その……」


 続きの言葉が上手く出てこない。

 でも、言わなきゃ。

 言わないと、今日はよかったなぁ、で終わってしまう。

 今日を明日に繋げるために、言わなきゃ。


「またこういうことがあって、ボクが助けてと言ったら……手伝ってくれますか? 手伝って……手伝ってください!」


 言えた。それだけでも凄いと思う。

 もし断られても、平気。

 次に同じようなことがあったら、その人にちゃんと「助けて」と言える、と思う。

 でもやっぱり、断られたくない。アキトと一緒にいたい。もっと何度も会いたい。

 なんだろう? 友達になりたい?

 きっと、そうだ。

 ミスティは友達を作ったことがなかった。

 アキトには、最初の友達になってもらいたい。


「もちろん、喜んで」


 アキトは笑って、手を差し出してきた。

 ミスティはその手を見つめて、握り返した。

 自働人形オートマタに心臓はないはずなのに、凄くドキドキを感じる。

 友達とはこういうものなのだろうか?


 ――違う? これは、もしかして、ボクは恋を?

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