第30話 オートマタの物語 4/6

「…………来た」


 そしてついに。

 今まで感じたことのない気配。けれどセリーヌが作ったカードだと一発で分かった。

 そのために製造された体なのだ。当たり前だ。


「行ってきます、マスター」


 最初の一枚は、怠惰。

 周りにいる『意思ある者』の動きを限りなく停止に近づける。やがて鼓動も呼吸も止めてしまうという恐るべき能力のカードだった。

 しかしミスティには通じない。ミスティはカードの能力を遮断する。

 危なげなく接近し、回収し、制御した。


「見ていてくれましたか、マスター。ボクは役目を果たしています。これからも果たします。ボクには価値がありますよね……?」


 それから、セリーヌの家に戻ったり。カードを探して放浪したりを繰り返して。


 あるとき、ふと実家がどうなったか気になって調べた。ミスティが大臣を殺した責任をとらされて両親は処刑。赤ん坊だった弟は孤児院に送られ、そこから先の消息は不明だった。

 自分を苦しめた両親が死に、実家は消滅した。自分から調べておきながら、特になんとも思わなかった。

 

 一枚目を見つけてから十年ほど経って、ようやく二枚目の反応。


「……見つけました。あなたの体内に『色欲』がいますね。回収させて頂きます」


 ミスティは森の奥深くにいた。

 数日前に奇妙な三人組と会った場所よりも更に奥。

 そこで待ち受けていたのは、肉塊としか言いようのない不気味なものだった。


 大きさは直径五メートルほど。

 腐りかけの生肉のような、紫と赤のまだら模様。

 心臓のように収縮と膨張を繰り返し、無数にある穴から黄色いガスを吹き出している。そしてイソギンチャクにも似た触手が何本も生え、風の流れと無関係に蠢いていた。

 醜悪。

 できることなら直視したくない外見だ。


 だが、敵を前にして目をそらすなど自殺行為。セリーヌからそう教わっている。


 肉塊は触手を伸ばして、森の魔物たちを体内に取り込んでいた。

 おそらく、この肉塊はもともと、この森でありふれた魔物だったのだろう。

 それが色々な魔物を取り込んで、膨れ上がり、こんな姿になったのだ。

 ただ融合しただけではない。

 取り込んだ魔物の子を出産していた。


「本来、新しい生命の誕生というのは感動すべき場面のはずですが……」


 肉塊の表面が泡のように膨れコブができる。そのコブが分離して地面に転げ落ちた。

 コブを内側から突き破って、得体の知れない生き物が産声を上げる。

 一匹一匹、姿がまるで違う。

 動物図鑑の絵を千切って適当に貼り合わせたかのような、不自然な姿。

 そんなものがポコポコと生まれ落ちてくる。


 更に、あの黄色いガスのせいだろう。

 そこら中で魔物が交尾していた。全く別種であろうとお構いなしに。そして交尾が終わった次の瞬間には腹が膨れ、行為をしていた二種を混ぜたような子が飛び出してくる。


 近頃、この森で目撃されていた合成生物キメラ。その発生源がこれらだ。


 時間が経つにつれ、この肉塊は成長し、色欲の効果範囲が広がり、合成生物キメラの発生は加速していく。

 一匹一匹が弱くても、大軍になれば容易に都市を踏み潰す。そして人間を飲み込み合成生物キメラの材料にする……考えただけでおぞましい。


「ですが、手遅れになる前にボクは間に合いました。一匹残さずここで殲滅します」


 ミスティは闘志をたぎらせる。そして――。


「変、身」


 言葉を放つと、全身が光に包まれた。

 服装が華やかなものに変わる。

 変わったのは外見だけではない。魔力の流れがまるで異なる。

 今までのは、寿命を長く保つための通常形態。この姿は、敵の殲滅とカードの回収のための戦闘形態。

 なぜ戦闘形態がこんなにヒラヒラで可愛い姿かといえば、それは完全に制作者の趣味。


「煉獄より来たれ、シン――溢れ出せ、怠惰」


 どれほど敵の数が多くとも、止めてしまえば問題ない。

 動けなくなった合成生物キメラを杖で殴る。インパクトの瞬間に魔力を放出して破裂させていく。


「まずは元凶に死んでいただくとしましょうか」


 肉塊に接近。

 杖を突き刺して、内部で魔力を解き放つ。

 巨大な塊が、一撃で粉々に弾け飛ぶ。

 血と破片が森に降り注ぐが、ミスティには当たらない。そういう風にコントロールして魔力を出した。

 そして肉塊がいた場所に、カードが落ちていた。

 間違いなく、色欲のカードだ。


「回収完了。二枚目も、ボク一人でできました。ボクは、ちゃんとマスターの期待に応えています……そうでしょう、マスター」


 ミスティがカードを拾い上げると、手のひらの中に消えてしまう。

 七罪源のカードを収納する。それもまたミスティに備わった機能の一つだ。

 あと五枚。

 それを回収し続けている限り、ミスティはセリーヌの人形でいられる。

 では、七枚集めたあとは?

 また無価値になってしまう?


「いえ。封印し続けるのも重要な役目です。七枚集めたら、あの家に帰って……」


 そしてマスターの墓の横に穴を掘って、地面の下で一緒に眠りにつこう。

 ふと、そんな考えが浮かんだ。かなりいいアイデアな気がした。

 けれど、まずはここにいる合成生物キメラを倒すのが先。

 考えにふけるのはそのあと。

 数は多い。

 しかしミスティの敵ではない。

 単調な作業。

 だから、どうしても別のことを考えてしまう。


 マスターに会いたい、とか。

 もう会えない人に認めてもらおうなんてどうかしてる、とか。

 これは本当に自分の価値を証明しているの、とか。


 駄目だ、駄目。考えないようにしないと。

 深く考えたら動けなくなる。

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